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転校生 ― 十代の衝動 ―  作者: 村松康弘
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「新津から聞いたかもしれねえが・・・」カズオはそう前置きをして話しはじめる。

「今年の1月10日、俺は霞ヶ関の街中にいた。・・・午前11時ごろだったと思う、俺は何か嫌な胸騒ぎを感じた。周りを見ても何の異変もなかったが、身に迫る危険な予感から逃れるために、俺は咄嗟にその場から駆け出した。・・・次の瞬間、俺はライフル弾の衝撃波を感じた直後、すぐ近くで悲鳴があがった。少し遅れて銃声がした。俺は音が発生した方向を見た、100mぐらい先の10階ビルの屋上に男がいるのに気づいた。そしてその姿はすぐに消える。・・・周囲を見回すと婆さんが太ももを撃ち抜かれて倒れている。俺を狙った流れ弾に当たったとすぐに解った。そしてその婆さんのそばで「しっかりして!」と抱き起こしていたのが奈緒美だった。・・・奈緒美は婆さんの孫だったのさ」

カズオは缶からピースを1本抜き、爪の上で葉を詰めてくわえる。


「すぐに救急車が飛んできた、通行人が通報したんだろうな。婆さんは担架に載せられ奈緒美も車内に乗り込んだ。・・・俺はその様子を見て、隊員にどこの病院に行くつもりか聞き出してから、その場をあとにした。そのまま狙撃現場のビルへ走る。当然そこには誰もいなかったが、未使用の弾丸がひとつ落ちていた。ドジなスナイパーだと思ったぜ。・・・それから俺は銃器関係に詳しい情報屋を何人か当たって、ライフルの種類そして狙撃したヤツをなんとかつきとめた。3日かかったがな。・・・俺はスナイパーに電話して罠にはめた、テキトーな理由を言って夜中の築地市場に呼び出したのさ。あとの出来事はコウジには予想できるだろう。・・・ヤツは翌朝市場の人間に発見されて病院に運ばれたらしいが、果たして生きてるかどうかは知らねえ。・・・運よく病院で完治したとしても、俺に『ゼネラル企画』の名前を白状させられたんで、今はきっとゼネラルの連中に始末されてるだろう」

俺はゼネラルの連中の姿を思い出していた。そういうヤツらを何十人も抱えている組織なのだろう・・・。


「俺はスナイパーを潰したあと、婆さんが入院した病院を訪ねた。婆さんは普段ひとり暮らしで、長野の田舎で教師をやってる奈緒美は、どうやっても週末にしか来れない状況だった。・・・俺は自分に罪はないにしろ、俺があの日あの時あそこに存在していたから婆さんは被害をこうむった。だから俺は婆さんの面倒を看るのは当然だと思った。・・・そんなことをしているうちに奈緒美とも親しくなった」

カズオはキッチンに行って、七面鳥の絵のラベルのワイルドターキーと、ゴツいショットグラスを2個持ってくる。テーブルにカタンと置くと、氷も入れないグラスに指2本分を注ぐ。


「そうして婆さんの面倒を看ていたが、3月の中旬になると病院周辺に怪しい連中が姿を現わすようになってきた。ゼネラルがとうとう俺の居場所を嗅ぎつけたってことだ。・・・俺はいい加減、そんな生活にウンザリしていた。殺伐とした憎悪の感情のみが蔓延する『やるか、やられるか』だけの日常。・・・俺は精神的に弱くなってたんだと思う。奈緒美にすべてを打ち明けた。すると奈緒美はこう言った。『違う環境に移って、もう一度やり直そうよ』・・・俺は今さらと思った。が、『田舎の子たちは純粋で、悪ぶってる子もいるけど根はみんないい子たちなんだよ。・・・きっと汚れていない環境の中で生きてるからだよ。カズオくんもきっと変われるよ』とも言った。俺は奈緒美の優しい眼差しを見ていたら、そんな生活も悪くねえなと思うようになった。・・・だからあえて目立たない風体を装って、田舎に紛れようとしたんだ」

カズオはそう言うと、ヤツらしくもないため息を吐いた。・・・だが、じきに笑いだす。

「コウジ、お前みてえな俺の双子がいなけりゃ、俺の再生計画は成功したんだぜ。・・・山上みてえなガキのちょっとしたいじめも受けてやろうと思ってたのによ。あれですべて台なしになった」

俺もおかしくなって笑いだした。「お前みてえな暴力の申し子には無理ってもんさ、気に入らねえヤツを見てりゃうずうずしてくんだろ?・・・岸山を潰したのがお前の失敗さ」


しばらくふたりで笑っていたが、カズオの眼はまた凄惨な光を帯びる。不意に立ち上がりリビングを出ていく。じきに戻るとエレキギターのハードケースをぶらさげてきた。

絨毯の上にそいつを置くと、パチッパチッとキャッチを外してカバーを上げた。・・・中には型抜きされたスポンジの枠に、ライフル銃が収まっていた。

「ウインチェスターM70、俺を狙って奈緒美の婆さんの足を撃ち抜いたのと同型のライフルだ」

・・・俺の親父は狩猟をやっているので、無骨なショットガンはいつも目にしてるが、ライフルを見るのははじめてだった。ウインチェスターは深いこげ茶色に磨かれたウッドのストックで、銃身はショットガンと違って細い。銃爪の上部にスコープは取り付けられたままになっている。

そして台の上に固定して射撃する時のための、バイポッドと呼ばれる前脚も畳まれた状態で装着されていた。カバーを上げた途端、マシン油のような匂いが漂ってくる。

カズオはウインチェスターをケースから出して、バイポッドの脚を延ばしてテーブルの上に、三点支持の状態で載せた。ショットガンよりもかなり小ぶりに見えた。


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