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転校生 ― 十代の衝動 ―  作者: 村松康弘
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―――7月下旬。3日前に梅雨が明けた途端、うだるような猛暑が続いていた。テレビでは、今年は記録的な暑さになると言っている。

教室の中はもうすぐ夏休みだと、大半のクラスメイトが日焼けした顔で浮かれている。

もう誰もカズオの存在など忘れて、名前すら口にする者もいなかった。女史ですらカズオのその後を気にしてる様子なはい。常にカズオのことを気にかけているのは、全校の中で俺だけだろう。

・・・そういえば不愉快なことが一度だけあった。

ある日のこと、昼休みが終わり午後の数学の授業がはじまった。・・・数学の教師が黒板に数式を書き出す。俺はなにげなくカズオの席の方を振り向くと、ヤツの机の上にはガラスの花瓶が載っていて、数本の生花が生けてあった。誰かの悪質ないたずらだ。

・・・俺の背筋にざわめきが這い上がる。黙ったまま立ち上がりカズオの席まで行くと、机の上の花瓶を真横に蹴り飛ばした。花瓶は壁に叩きつけられ派手な音とともに、粉々に砕け散った。花と水がぶちまけられる。

教室は一斉に静まりかえる。数学の教師は目玉をひんむいて口を開けていたが、何の言葉も発しなかった。

俺は教室内を見回して、「今度こういうことがあったら、やったヤツを半殺しにするからよく覚えておけ」俺はそのまま自分の席に戻ったが、教師は震え声で支離滅裂なことを言って、その日は授業にならなかった。


夏休みがはじまる間際の夜、俺は自分の部屋にいると、いつものように姉貴がノックもせずに滑り戸を開ける。「コウジ、電話だ。園部から」それだけ言うと出ていった。

俺は玄関にある黒電話を取る。「ようコウジ、あれからもうじき2ヶ月になるが、なんか新しい情報はねえのか?」園部は言ったが、俺の方こそ言いたいセリフだった。

「なんもないですよ、学校はもうすぐ夏休みになるってのに。・・・クラスの連中なんてカズオの存在すら忘れてますよ」電話の向こうはにぎやかな声がしている。小さい店ながらも繁盛しているようだ。

「そういや今日、シートかけっぱなしのカズオのSR、たまにはエンジン掛けてやんねえとと思って、ちょっと走らせてやったわ。あれはいいバイクだわ、つくづく・・・」

・・・園部と玉井は、きっと今でもカズオのことを気にしているのだろうと思った。それから園部と二言三言、どうでもいいことを話して電話を切った。

俺はサンダルをつっかけて玄関を出ようとすると、また電話が鳴る。俺は基本的に電話に出るのが嫌いだが、近くに誰もいないので受話器を上げる。


「もしもし・・・」と言うと、相手は沈黙している。もう一度、「もしもし」と言うと、「・・・コウジか、俺だ」(・・・!)俺は自分の耳を疑った。声の主はまぎれもなくカズオだった。

「カ、カズオか!」つい、どもる。「・・・あの時は助けてくれてありがとう、感謝してるよ。・・・玉井さんとトシにもな」電話の向こうの声は、照れ臭くてたまらないといった感じだ。俺にはその表情も目に浮かんだ。

「それよりお前、今どこにいるんだよ!無事なのか?・・・周りに誰かいるのか?」俺はつい、一度にいろんなことを聞いた。

カズオはクックッと笑って、「ああ無事だ、俺は安全なところで養生してたんだよ。・・・誰にも知られないために、お前にも連絡せずにいたことは申し訳ねえと思ってるよ。・・・新津、来ただろ?」

「ああ、来た。でもあの刑事は、お前をパクるためじゃねえって言ってたぜ」俺はあの時のことを、かいつまんで説明した。

「ふうん、でもサツの言うことだからな・・・そりゃそうとお前、明日にでもここへ来れねえかな?話してえことがあるからさ。・・・俺がいる場所を説明するよ」

俺は電話のそばに置いてあるチラシの裏の白紙に、カズオが言った住所を書き込んだ。書きながらも嬉しさがこみあげてきて、「この馬鹿野郎が!心配かけやがって!」と、何度も罵った。

俺はいろいろ聞きたいことがあったが、「明日、お前が来た時に話すよ」と言うので、電話を終わらせた。

すぐに玉井給油所に電話を入れる。玉井が出たので、カズオの無事を伝えると、「そうか!そうか!」と喜び、電話口で園部にも報告している。


翌日、学校を終えたその足で、町の営業所発のバスに乗る。市街地から来る帰りの高校生は多かったが、バスの中はさほど混んではいない。50分ほど揺られてバスターミナルで降り、中央市場経由の団地行きのバスに乗り換える。

町場のバスは混雑するのと長時間は乗らないせいか、座席が少ない。俺は吊革にぶら下がって街並みをながめている。路線は鴨島のビデオショップに向かった時のルートだった。

出来たばかりの日赤病院を過ぎて、中央市場を越えて18号を横切ってから、3つ目のバス停で降りた。時刻は午後7時になろうとしていたが、外はまだ明るい。そしてこの時間になっても蒸し暑さは続いていて、俺はシャツの袖で汗を拭きながら歩く。

カズオが電話で言っていた5階建てマンションが見えてきた。

「・・・あった。メゾン・ド・イナバ」俺はちょっと高級そうな白壁の建物を見上げる。マンションのエントランスに入り、インターホンで『506号』を呼び出す。じきにカズオが出て自動ドアが開く。

エレベーターはすぐに開いて乗りこむ。(・・・高級そうなマンションだが、あいつはいったい誰の部屋に転がりこんでやがるんだ・・・)俺は無言でインジケーターを見上げていると、最新システムのハコは快適な速度で5階に到着した。


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