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―――『506号』の玄関ドアの前に立つ、表札はなにも出ていない。インターホンを見ると上部にカメラレンズがついていた。最新のマンションだなと思った。
カズオの町営団地の時のように、呼び鈴を2回鳴らして間を置き、1回鳴らす。内部の音はまったく聞こえないから、中にはどのように響いているかはわからない。
そのうちドアのロックが外れる音がした、ドアを開けるとエアコンの冷えた空気が外に流れ出た。
・・・カズオは玄関のタタキに立っていた。はじめてカズオの家に行った時と同じ、黒いタンクトップ姿なので身体中の刺青が見える。
「久しぶりだな、コウジ」カズオは唇をゆがめたが、あの時の怪我のせいか顔全体が少しゆがんで見えた。
「この野郎、・・・生き返りやがって・・・」俺は不覚にも胸が詰まった。鼻がツーンとしたので、シャツで顔の汗を拭くふりをした。
「まあ、上がってくれよ」カズオはまるで家主のような顔をして、リビングへ続く廊下を歩いていく。部屋に通じるドアはオーク材のような厚い材質で、縦長の厚いガラスが2列はめこまれていて、いかにも高級そうに見えた。
リビング内は快適そのものだ、ひんやりした冷気が部屋の隅々まで行き渡っている。灼熱地獄のような街角には、もう出たくないと思う。
リビングは20畳ぐらいの広さがあり、白で統一した家具や調度品が清潔さを感じさせる。ふかふかの絨毯の中央のテーブルに、カズオと向かい合って座る。カズオは「おっと・・・」と立ち上がり、冷えた缶ビールを2本持ってきた。やっぱりキリン・ラガーだ。不意に、出会った頃を思い出す。たかが4ヶ月足らずだが。
俺とカズオは黙ったまま缶をぶつけて一気にあおる。「・・・誰の家なんだ?ここ」俺はもう一度部屋を見回して聞く。
カズオは缶ピースのふたを開け、1本くわえたタバコを揺らしながら、「もうじき帰ってくるさ。・・・もう1本飲むだろ」と言い、2本持ってきた。
カズオは栓を開けると、「・・・俺、死んだと思ったよ。あの地下室ではゼネラルのヤツらに徹底的にやられた」ヤニの強い煙を吐く。
「まあ、もともとヤツらは、あそこで俺を殺すつもりだったからな」俺は事務机の向こうに倒れた、血まみれのカズオの姿を思い出した。
「俺とトシユキさんで、なんとかヤツらを始末した時、俺はお前がもう死んでると思ったよ。トシユキさんも多分、そう思っただろう。・・・玉井の親父さんが来てくれて、お前の生存に気がついてくれなけりゃ、今ごろは墓石の下にいただろうな、お前」・・・カズオは、「まちがいなく墓の下だろうな」と、クックッと笑った。
俺は、「ところで身体の具合はどうなんだ?」と聞くと、「肋骨と指の骨折はつながったし、身体中の傷もすっかりふさがってるよ。・・・ただ、あのジャンキー先生の縫合のおかげで、刺青の模様がズレちまってるところがあるがな。・・・あれはワザとだな」カズオはまた笑う。
「脳みそや臓モツも大丈夫なんだろ?」「ああ、おかげさんで、がんじょうに出来てるらしいよ。・・・ヨウコさんにもほめられたしな」俺たちはあっという間に、ビールを2本ずつ飲み干した。
・・・玄関のドアが開く音がした、靴を脱いでリビングへの廊下を歩く足音がする、俺はあえて振り向かずにいた。
やがてリビングのドアが開く。「・・・あ、いらっしゃい、川島くん」と、声をかけられた、振り向く。(・・・!)俺はしばらく固まったままだ。ようやく「え?・・・え?・・・どういうことだよ」やっと口がきけた。
リビングに入ってきたのは、百瀬奈緒美女史だった。・・・教室にいる時と同じ笑みを浮かべて、俺を見下ろしている。俺はカズオの方を向き、「いったいどういうことだよ!」
カズオは何の感情もない顔をして、「どういうことって、・・・こういうこと。俺は奈緒美の家で養生してたんだよ」俺はまた驚く。「奈緒美って・・・」
「もともと俺は、奈緒美の提言で長野に、そして中学に来たようなもんだ」・・・俺は何を言われてるのか、さっぱりわからなかった。
それに気づいたカズオは笑いながら、「今から説明するからよ。・・・それから何か食うものねえかな?」後半は女史に言った言葉だった。
「あ、ちょっと待っててね」女史はそう言いながら、キッチンの方へ消えていった。
(・・・いったい何なんだ、この新婚家庭みてえな雰囲気は・・・)俺はしばらく呆然としていた。




