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―――昭和58年 4月
俺は教室の窓際の席で頬杖をつきながら、窓から見える犀川をボンヤリ眺めていた。
・・・始業のチャイムが鳴る。それぞれに散ったりかたまって話をしていたクラスメイトが、しぶしぶ自分の席につく。
今日は3年生に進級して3日目。
しばらくして担任の百瀬奈緒美女史が教室に入ってくる、まだ25歳の若い教師だ。
容姿や顔は、まだ見ようによっては高校生にも見える魅力的な教師で、全校男子の憧れと言っても言い過ぎではない。
・・・百瀬女史の後ろから男子が入ってきた。
耳がかぶるぐらいの長めの髪、色白の痩せた顔にありきたりの銀縁の学生眼鏡、スタンダードな学ランにストレートのスラックス。『地味でさえない』そのままの容貌だ。
日直が「起立、礼」と掛け声をかける。ガタガタと椅子を動かして全員が座る。
「おはようございます、今日からこのクラスに新しいクラスメイトが加わることになりました。紹介しますね」百瀬女史は微笑みながら黒板に名前を書く。
『田中和夫』
(・・・さえない見た目で名前までさえねえな)俺は頬杖をついたまま思った。
「・・・田中和夫君です、一昨日東京から来られました」
『東京』のひと言で誰かが口笛を吹いた。・・・田舎者は東京だ大阪だと聞いただけで舞い上がる。
「・・・田中和夫です。・・・みなさんよろしくお願いします」田中はボソボソ呟くように言うと、頭を下げた。
(どこにでもいる、どうでもいいような平凡なさえないヤツ)俺の印象はそれだけで、なんの興味も湧かなかった。
用務員が机と椅子を運んできて、廊下側の一番後ろに置く。
「じゃあ、田中君の席はそこでいいですね」百瀬女史がそう言うと、田中は無表情にうなづいて席についた。
俺はそんな田中の存在なんかより、今日の帰りに買いに行くLPレコードのことで頭がいっぱいだった。LPレコードは1枚2800円もする。
そうそう頻繁に買える品物ではない。欲しい候補が3枚あった、その中から1枚を選ばなければならない。授業はうわの空ですぐに昼休みになった。
俺は机の上に足を投げ出して、やっぱりレコードのことばかり考えていた。
「おい、田中」声がしたのでそっちを向くと、クラスの不良3人が田中の席に集まっている。田中と呼んだのはリーダー格の山上だ。
山上は『自分はこの学校の番長』を自称している勘違い野郎だ、3年男子の中で一番背がでかくて態度もでかい。
リーゼント風の髪型、流行のタックが何本も入った太いズボンにエナメルの細いベルト、赤かあずき色の靴下、クリームソーダの赤い豹柄の長財布、タクティクスのコロン。
そんなスタイルで校内を闊歩している。腰ぎんちゃくみたいな仲間の、森岡と長谷も同じような格好をしている。
・・・3人が座っている田中に、何か因縁をつけている。からかってるようにも見える。
(山上のバカが、また自分の立場を誇示しようしてやがる。まったくハッタリ野郎が)俺は様子を眺めていた。
実際、山上の話はいつも大きく、どこまでが本当なのかわかったもんじゃなかった。・・・いつか街で不良にからまれて所持金を全部取られたという噂を聞いたことがある。
・・・俺も真面目な生徒ではなかった、タバコも吸っていたし酒も飲んだ、売られたケンカなら喜んで買って、さんざん殴り合いもした。
だがヤツらや、他のクラスの同等のヤツらみたいに徒党を組んでイキがるような真似は、心底嫌だったのでそういうヤツらとは関わらなかった。
田中は何を言われても無表情のままで、返答している様子はない。その内いらだった山上は、田中の肩を小突き、頭を小突いた。
(・・・ん?)頭を小突かれた瞬間、田中は唇の端をゆがめてニヤリと笑ったような気がした。・・・そう見えただけかもしれないが。
眺めていた俺は、その光景に腹が立って我慢がならなくなる。
「山上!お前いい加減にしろ!見てるとムカムカしてくるぜ!」怒鳴りあげてやった。
「なんだと、川島!お前には関係ねえだろ!」山上は振り向いて、真っ赤な顔をして怒鳴りだした。そして俺の席に近づいてくる。
俺は一向に構わなかった、山上とケンカになっても負ける気はしない。多分お互いに目障りな存在なのだ、ここらで決着をつけるのも面白い。
俺は机から足を下ろして立ち上がった。
(・・・ん?)山上の向こうの自分の席に座ったままの田中が、またニヤリとした気がした。眼鏡の奥の目がジロリとこっちを向く。
「山上!やめろやめろ!」森岡と長谷が山上を押さえようといている。俺と山上はにらみ合ったままだ。
・・・しかし、その内に山上の顔から勢いが消えた。「ふん」とだけ言って、3人連れ立って教室を出て行く。
田中はまた無表情に、彫像のような顔で座っていた。




