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白いミラは昭和通りから大通りを左折する、1階にプールバーがある立体駐車場の交差点を左に曲がり、つきあたりを右へ。もう駅西口のすぐ近くだ。
線路沿いの通りへぐるっと回りこむと、雑居ビルが並んでいた。玉井の説明だと、ふたつ目の5階建てビルの地下がヤツらの根城だという。
説明通りのビルが見えた、細長い建坪の狭い白壁のビルには看板などは出ていなかった。5階すべてにテナントが入っているようだが、1階のネイルサロンのみが店名を表記している。
建物の向こう側の路肩に、茶色のローレルとシルバーのルーチェが蹲っているのが見えた。
ミラはその30m手前に停める、玄関が見通せる位置で、車外の音も聞き取れるようエンジンを切った。
「コウジ、お前恐くねえのか?相手は殺し屋だぞ」園部が聞いてくる。
「恐いといえば恐いでしょうね、向こうはプロだし」俺はビルを見上げながら答えた。
「・・・まるで他人事だな、お前の言い草は」呆れ顔の園部が笑う。
「だけど、相手がどんなヤツでも、俺がやることはひとつですよ」
「ミイラ捕りが、ミイラになってもか?」くわえたハイライトがしゃべる度に、上下に揺れる。
「そうなりゃなったで、仕方ないですね。俺には選択肢はないですから」
園部はしばらく沈黙し、「お前、いつからそんなハードな野郎になったんだよ」と言って火を点けた。
「・・・うーん、カズオに出会ったから、ですかね。・・・格好つけてるわけじゃないですが、俺が俺であるために、相手がいるなら闘い続けなきゃならない、勝ち続けなきゃならない。・・・そんな気がします」
「ふん、ホントにカッコつけたセリフをこきやがる。・・・でもわかるな。お前、俺の相棒によく似てやがるよ。・・・ショウジって野郎なんだが・・・」
園部の話の途中で、玄関から3人の男が出てきた。暗いので人相は判らないが、ダークスーツ姿なのは見て取れる。
前に停まっているローレルに乗りこむ。テールライトが点灯し、やがて走りだしていく。
「・・・3人は帰って行ったのか、地下はどうなってんだろう」俺と園部は、遠くなっていくテールライトを見つめていた。
(・・・ローレルの3人が出ていったってことは、地下に残っているのはルーチェの3人。その内のひとりは親分格のホクロの男。そしてカズオ・・・の可能性が高い)俺は玄関を睨みながら考える。
「あっ!これは・・・!」突然、園部が声を荒げた。振り向くとプラスチックケースを開けている。俺ものぞきこむ。
・・・そこにはオートマチックの拳銃が2丁、スポンジの枠に収まっていた。
「こいつは・・・トカレフ」園部が恐る恐る手にとって眺める。俺は尋常じゃない玉手箱を持たせた玉井の正体がわからなくなった。
「トシユキさん、玉井の親父さんはいったい何者なんですか?」それしか言えなかった。
「・・・わからねえ、普段からハンパな男じゃねえとは思ってたし、だから信頼もしてたが、まさか拳銃を持ってたとは・・・」園部は黒光りするトカレフを、なおも見つめている。
俺ももう1丁を手にとってみる。カズオが手入れしていたS&Wよりも重く感じた。
園部が銃爪の手前の、小さく丸いボタンを押して弾倉を抜いた。丸い孔に真鍮色の薬莢が見える。「8発入ってる」全弾装填されているようだ。
俺も手にしたトカレフの弾倉を抜いてみると、同じく全弾入っている。銃把にはソ連製らしく『星形』が彫ってあった。
・・・俺はこの凶銃を手にした瞬間から、背筋に異様な興奮が這い登ってくるのを、ヒリヒリと感じていた。ゾクゾクではない、肌が1枚剥がされて敏感になった感覚だ。それは快感でもある。
捨て身の覚悟を決めていた現在、手にしたこいつは俺の戦意に拍車をかけている。
「小僧、早くこの俺様をぶっぱなしてみろよ!おもしれえことになるぜ」・・・黒い金属の塊は、自身の精巧なポテンシャルを誇示するように冷たく光る。・・・俺の腹は決まった。
「トシユキさん、俺やっぱ、乗りこみます」無意味に腹の底が熱くなっていた。
「・・・やっぱりそうきたか。俺もつきあうぜ、コウジ」園部の瞳も、異様な陶酔に光っている。熱く冷静な怒り、矛盾しているが言葉にすればそうなるかもしれない。
「ヤツらをぶっ叩くもんがあればもっといいな」園部は車内を見回す。・・・タイヤ交換に使ったらしい40cmぐらいの鉄パイプと、折れて頭が取れかかった大ハンマーが、床に転がっていた。
「おあつらえむきだな、ありがてえ」・・・狭いミラの車内に、2匹の野獣の眼が光った。




