第87話 速さに枠を
王城東棟、臨時政策会議。
王の療養が長期化する可能性を前提に、政務の暫定体制を議論する場が設けられた。
出席者は限られている。
王太子。
第二王子。
宰相。
軍部代表。
そして、辺境伯。
私は正式な議員ではない。
だが港問題の当事者として同席していた。
「緊急決裁権を一時的に集中させる」
若手貴族代表が提案を読み上げる。
「政務停滞を防ぐため、一定期間、決裁を一本化する」
合理的だ。
誰も否定しない。
宰相ベルフォードが頷く。
「不安定な時期には明確な軸が必要だ」
軍部は沈黙。
王太子はまだ発言しない。
カイウスは穏やかに口を開く。
「集中は目的ではない」
「停滞を防ぐための手段だ」
あくまで補助の顔。
「期限を設けるべきだろう」
柔らかい修正案。
強引ではない。
私はそこで手を挙げた。
「発言を」
視線が集まる。
「速さを否定するつもりはありません」
まず肯定する。
「停滞は国家を弱めます」
若手貴族が頷く。
「ですが」
一拍。
「速さには枠が必要です」
室内が静まる。
「決裁を集中させる場合、同時に“監査枠”を設けるべきです」
「独断を防ぐのではありません」
「失敗時の責任の所在を明確にするためです」
ルシアンが目を細める。
「具体的には」
「緊急決裁に対し、三者承認制を導入する」
「王太子、軍部代表、財政監査官」
完全独裁ではない。
だが迅速性も保つ。
宰相が言う。
「それでは速さが失われる」
「いいえ」
私は即答する。
「三者の枠を事前に定義すれば、承認は迅速です」
「枠があるから速く動けるのです」
枠のない速さは暴走する。
枠のある速さは持続する。
カイウスが静かに私を見る。
笑みは変わらない。
「あなたは常に“保険”を置く」
「ええ」
「国家は一度崩れれば、戻りません」
沈黙。
王太子が初めて口を開く。
「枠を設ける」
短い言葉。
「緊急決裁制は検討する」
「だが三者承認制を条件とする」
空気が動く。
若手貴族は戸惑う。
完全な集中ではない。
だが拒絶でもない。
カイウスは微笑んだまま言う。
「合理的だ」
反対しない。
否定もしない。
「速さに枠を設ける」
「興味深い発想だ」
敗北ではない。
彼はまだ余裕を残している。
会議は終了する。
廊下で、カイウスが私に近づく。
「あなたは集中を恐れているのではない」
「崩壊を恐れている」
「はい」
「私は停滞を恐れている」
静かな対比。
思想は明確だ。
彼は去る。
敵意はない。
だが譲らない。
王城の廊下は長い。
速さと持続。
どちらも正しい。
だから難しい。
私は歩みを止めない。
握るか、支えるか。
まだ答えは出ていない。
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