第63話 数字の証明
会議室に並べられた帳簿は、山のようだった。過去五年分の交易記録。港維持費。王都経由の関税増減。
物流停滞による損失推移。私は一冊ずつ、頁をめくる。ガルドが腕を組んで見ている。
「理屈は分かる。だが理想論では困る」
疑いではない。確認だ。私は計算書を差し出す。
「現在の物流停滞による月間損失は、昨年同月比で一割二分」
「このまま続けば、冬までに備蓄余裕が消えます」
ガルドが無言で目を走らせる。
「北方経由に切り替えた場合、初期修繕費は三ヶ月で回収可能」
「関税は王都経由より低く、価格安定性も高い」
補佐官が声を詰まらせた。
「……誤差は」
「三%以内です」
即答する。静まり返る会議室。
私は続ける。
「王都が検査を強めても、北方は外洋国家です」
「封鎖は困難」
「王都が抗議すれば、我々は旧契約を提示できます」
条文番号も示す。凍結条項。破棄ではない。合法。ガルドがゆっくりと椅子に座り直す。
「……本当に読んだのか」
「はい」
「全部か」
「必要な部分は」
彼は、初めて苦笑した。
「なるほどな」
しばらく沈黙。
そして、はっきりと言う。
「損はしない」
それは商人としての最大級の評価。私は静かに息を吐く。
辺境伯が短く言う。
「動かせ」
命令は一言。迷いはない。ガルドが私を見る。先ほどまでの“令嬢を見る目”ではない。
「……レティシア殿」
初めて、敬称が変わった。
「責任は、私が負う」
私は首を振る。
「皆で負います」
それが正しい。誰か一人の責任ではない。会議が終わる。廊下でガルドが立ち止まる。
「王都に戻れば、楽だったかもしれん」
低い声だった。会議のときとは違う速さで言う。
「だが」
少し間を置く。
「戻らない選択をした理由が、今は分かる」
私は何も言わない。ただ頷く。数字は冷たい。でも。整える力は、冷酷ではない。守るために使うなら。
夕暮れ、港へ向かう指示が出る。修繕班が動き始める。閉ざされた港は、まだ眠っている。
けれど。
目を覚ます準備は整った。
王都は、まだ知らない。
削るつもりが、動かすきっかけになったことを。
五年分の帳簿を一度に並べると、一年ずつ見ていたときとは別のことを言い始めます。
数字で押し返す回が好きな方は、★をひとつお願いします。




