第62話 閉ざされた港
北方港は、城館から半日の距離にある。かつては王国で唯一、外洋に面した交易港として賑わった場所。
今は、静かだった。潮の匂いが強い。風は冷たく、桟橋の軋む音だけが響いている。
私は辺境伯とガルドに同行していた。
「……想像以上に傷んでいる」
ガルドが低く呟く。倉庫の壁は色褪せ、屋根の一部が崩れている。だが。基礎は生きている。
石積みはしっかりしているし、桟橋も修繕すれば使える。
「完全に死んではいない」
私は手すりに触れながら言う。ガルドが横目で見る。
「令嬢は、楽観的だ」
「数字上、再建費は王都経由の損失三ヶ月分で回収できます」
即答する。ガルドの口元がわずかに歪む。
「……本当に帳簿を読んでいるな」
私は倉庫の扉を押す。中には、古い木箱が積まれていた。埃を被った契約書の控え。北方海洋国家との交易条項。
凍結。破棄ではない。戻す気がなかったのではなく、戻す者がいなかったのだ。
「王都の中央集権政策のとき、縮小された」
補佐官が説明する。
「港の管理権を王都直轄に近づけるためです」
つまり。辺境伯の独自外交を抑える意図。王都は、この港を“弱めた”。今、それが逆に響いている。
私は桟橋の先まで歩く。波が静かに揺れている。遠くに水平線。王都とは違う、広がり。
「船は出せる」
私は言う。
「修繕と人員の再配置が必要ですが、三週間で最初の便を準備できます」
ガルドが息を吐く。無理だと言う前の息だった。
「三週間で?」
「急げば二週間」
辺境伯が私を見る。評価でも疑問でもない。確認。
「できるか」
「できます」
はっきりと答える。怖さはない。戻れば解決する、と言われた。でも。戻らなくても、整えられる。
それを証明するだけだ。風が強く吹く。港は静かだが、死んではいない。眠っているだけだ。
「王都は嫌がる」
ガルドが言う。
「嫌がらせは強まる」
「はい」
私は頷く。
「でも、動かさなければ削られ続けます」
辺境伯が桟橋に立つ。海を見つめる。
「動かす」
短い決断。それだけで、港の空気が変わった気がした。帰りの馬車の中。私は窓から海を見つめる。
静かな場所を選んだ。でも。
静けさは、守るものだ。
港は閉ざされていた。
けれど、閉じたままではいない。
少しずつ、動き出す。
かつて王国で唯一の外洋港だった場所が、なぜ閉じたままなのか。
理由は、たいてい一つではありません。
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