第40話 戻らない理由を、探さなくていい
朝の空気は、澄んでいた。
窓を開けると、冷たい風が頬を撫でる。森の匂いが、ゆっくりと部屋に入り込んできた。
私は、その風を受けながら、昨夜のことを思い返していた。
王都に戻る未来を想像した。
そして、そこに立つ自分が、少しだけ苦しそうだと気づいた。
それだけのこと。
けれど、それは確かな感覚だった。
以前の私は、何かを選ぶとき、必ず理由を探していた。
正当な理由。
周囲を納得させる説明。
誰も傷つかない言い訳。
理由がなければ、選んではいけないと思っていた。
けれど。
ここにいることに、特別な理由はない。
追い出されなかったから。
居心地が悪くないから。
静かだから。
それだけだ。
それでも、私はここにいる。
朝食を終え、廊下を歩く。
誰も私を呼ばない。
急がせない。
決断を迫らない。
その静けさの中で、ふと気づく。
――戻らない理由を、探さなくていい。
戻らないことに、正義を添えなくていい。
誰かの非を挙げる必要もない。
王都を悪者にする必要もない。
ただ、ここが落ち着く。
それで、十分だ。
執務室で、辺境伯と目が合う。
短い会釈。
それだけ。
彼は、何も聞かない。
戻る気はあるか、とも。
ここに留まるのか、とも。
その問いがないことが、どれほどありがたいか。
私は、机の上の書類に目を落とす。
今日、関わる案件を選ぶ。
自分で。
その小さな選択が、今の私の人生だ。
午後、中庭を歩く。
風が葉を揺らし、光が足元に落ちる。
私は立ち止まり、空を見上げた。
戻らない理由は、説明しなくていい。
誰かに理解してもらう必要もない。
私は、私のままでいる。
それだけで、十分だ。
夕方、部屋に戻る。
窓の外では、陽がゆっくりと沈んでいく。
胸の奥にあった、見えない圧が、少し軽くなっている。
理由を探さなくていい。
その解放が、思っていたよりも大きかった。
目を閉じかけて、私はやめた。
明日も、ここで目を覚ます。
その未来を、誰にも説明しなくていい。
――そのはずだった。
王都で、私に示すための「条件」が組み立てられはじめていることなど、知らないまま。




