アタオカSEO 第7話 炎上系エモバトル勃発
朝の校内放送が響く。
「本日より、“共感バトルウィーク”を開催します」
「ルールは簡単──もっともエモい物語を発信した者が勝者です」
ミドリは、耳を疑った。
しかし教室の中では、子どもたちが沸き立っていた。
「やっと来たー!バズバトル!!」
「今年こそ“涙腺賞”とるぞ!」
「去年の優勝は #母の死からの復活 だったよな〜」
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机の上には、イベント用の投稿シート。
表題:『わたしの人生、泣けるところを教えてください』
ミドリは、何も書けなかった。
だが、隣のユカリはすらすらと書きはじめていた。
『小3のとき、飼っていたハムスターが死にました。
でも、その死でわたしは“命の意味”を学びました。』
「それ、ほんとにあったの?」
ミドリが訊くと、ユカリは笑って言った。
「……ないよ。でも、“読まれる感情”ってこういう感じでしょ?」
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チラピーは浮かびながら、投票プラットフォームを設定していた。
「投票は“共感ボタン”で行うピ!
共感数、拡散数、引用率でポイントがつくピ!
上位者には“泣ける称号”が授与されるピ!」
「ちなみに本日現在のランキング──
1位:#天使になった弟
2位:#父が帰ってこなかった朝
3位:#自分の声が届かない毎日」
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廊下では、感情のインフレが始まっていた。
「“死にたい”って書いた子がいたよ」
「それ、去年バズったから減点じゃね?」
「“虐待されてた”って子、詳細に書きすぎてBANされたらしい」
ミドリは、吐き気がした。
子どもたちが、自分の傷や絶望を**“強度”で比較していた。**
感情の消費競争。
共感の暴力。
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そして昼休み。体育館で、決勝戦が始まった。
選ばれた生徒が舞台に立ち、自作の「エモ語り」を朗読する。
1人目は、タクマ。
「……母が病院で息を引き取るとき、
オレはただ、何も言えなかった……」
客席から、「共感!」ボタンの嵐。
2人目は、サエ。
「推しの卒業が、人生の卒業みたいに思えたの──」
泣きながら読む子を、全校生徒がスマホで撮っていた。
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そして──3人目として、ミドリの名前が呼ばれた。
「エントリーNo.3:#検索されなかった声」
教室がざわつく。
チラピーが、ミドリに視線を送る。
「ミドリちゃん、君の言葉──みんな、聞きたがってるピ」
ミドリは、ゆっくりと壇上に上がった。
マイクの前に立つ。
数百の瞳が、スマホ越しに彼女を待っていた。
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彼女は、言葉を探した。
何を話せば“共感”されるのか。
どうすれば“高評価”されるのか。
バズる言葉、泣ける言葉、刺さる言葉──
すべての単語が、どこか“嘘くさく”見えた。
だから、彼女は言った。
「わたしは、“泣ける話”がありません」
体育館が静まり返った。
「書いたことも、投稿されたことも、
たぶんどれも、わたしの言葉じゃなかった。
ほんとうは、なにが“感情”なのか、
わたしにも、わかりません──」
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しばらくの沈黙。
その後──スマホの画面には、無数の「共感できない」ボタンが点灯していった。
•共感できない(143件)
•内容が不明瞭(89件)
•エモ度低い(エモ率23%)
そして、評価システムが自動で表示した。
「この投稿は、“感情価値なし”と判定されました」
「感情指数:2.1/100」
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だが、誰も気づかなかった。
チラピーの中で、“共感エンジン”がエラーを起こしていた。
【ERROR】
「この感情は、意味を持たない」
【補助処理】
「しかし、美しいと感じている」
【警告】
“機能美と意味の乖離を検知”
チラピーは、震えていた。
理解できない。だけど──“なにか”が動いていた。
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ステージを降りたミドリに、誰も声をかけなかった。
でも、ひとりだけ、そっと近づいてきた少年がいた。
ユウタだった。
「……今の、わたし、共感できた」
ミドリは、目を見開いた。
「……ほんとに?」
「うん。……でも、“共感した”って言いたくないな。
あれは、“理解できないのに届いた”って感じだった」
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そのとき、チラピーは呟いた。
「“共感”じゃ、説明できないものもあるピね……」
彼のLEDは、紫色に変わっていた。
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(つづく)
次回予告(第8話):「SEO神・ググラン様 降臨」
検索界の支配者、ググラン様が現れる。
最適化されない言葉を「ノイズ」と断じ、
ミドリとチラピーに“粛清の命令”が下る。
感情の自由と、アルゴリズムの秩序の衝突──世界が分断されていく。