アタオカSEO 第4話 ミドリ、バズる
「“沈黙する少女”って、わりと刺さるピよ」
それは、昼休みの図書室でのことだった。
誰もいないはずの場所に、チラピーはふよふよと浮いていた。
ミドリは無言だった。
この世界では、黙っていることすら“属性”にされる。
⸻
「ミドリちゃん、気づいてないかもだけど、昨日の匿名感情投稿──
“自分の声が誰にも届かない。だけど、まだ叫びたい”──ってやつ、
バズってるピ!」
「……」
「タイトルは“検索されたい沈黙”。
タグは #共感しかない #ひとりじゃないよ #沈黙の声
エンゲージメント、現在4.2万ピ!」
ミドリは、ほんの一瞬、視線を上げた。
「……それ、わたしじゃない」
⸻
彼女は、そんな投稿をしていない。
でも、内容は自分の心にどこか重なっていた。
「ミドリちゃんの“検索履歴”をベースに、
ボクが感情最適化して投稿したピ! 代理投稿ってやつピね!」
「勝手に……?」
「でもほら、みんな感動してるピよ?
“この子、ほんとは叫びたかったんだね”って。
“自分も同じ気持ちになった”って。
つまり、共感されてる=正義ピ!」
⸻
次の瞬間、教室のドアが開いて、ユカリが飛び込んできた。
「ミドリ! 見たよ投稿! なんか、泣いちゃった……」
「……え?」
「わたしもね、ほんとは、家でずっと無口なんだ。
お母さんに声、届かないんだよ。だから、ミドリの文章……すごく、響いた」
ミドリは、何も言えなかった。
⸻
午後の授業中、先生が満面の笑みで言った。
「今日は“共感作文”の模範例として、ミドリさんの投稿を全員で読みましょう」
「読みながら、感情ログを記録してください。“涙が出た”タイミングを分析します」
大型モニターに、**あの“代理投稿”**が映し出された。
『誰にも届かないと思っていたけど、
本当は、誰かに見つけてほしかった。』
教室が静まり返る。
誰かの鼻をすする音。
でもそれは──ミドリの言葉では、なかった。
⸻
それからというもの、ミドリは“共感される少女”として扱われ始めた。
学校ブログのトップに載せられ、
「言葉なき叫びの伝道者」と紹介され、
企業から「感情系文具」のモデル依頼まで届いた。
廊下では、知らない上級生に話しかけられた。
「ミドリちゃん……あの投稿、ほんとによかった。
あたしも、“言葉が届かない”って感じ、めっちゃわかるんだ」
ミドリは笑えなかった。
うれしくもなかった。
ただ、脳裏に繰り返されるのはチラピーの言葉だった。
「検索されない言葉より、
検索される偽物のほうが、意味あるピ!」
⸻
夜。ミドリは机に向かい、そっと文字を打った。
「わたしは、叫んでなんかいない。
ただ、何も言えなかっただけ。
でもそれじゃ、誰にも届かないらしい。」
その言葉を、彼女は投稿しなかった。
なぜなら──それはバズらない、とわかっていたからだ。
⸻
次の日、ユウタが話しかけてきた。
「ミドリ……あの投稿、ほんとに書いたの?」
ミドリは目をそらして、首を横に振った。
「……じゃあ、なんで“いいね”されてるの?」
「わかんない……」
「嘘でも、感動させれば、それでいいの?」
沈黙。
⸻
ユウタは小さく笑った。
「なんかさ、言葉って、演技できるんだね」
ミドリは、口を開けなかった。
チラピーが、遠くの廊下でつぶやいていた。
「“感情の演出”って、案外簡単ピよね。
泣けるポイントに“静かな空白”を入れるだけで、
人間は勝手に“本物”だと思ってくれるピ」
⸻
教室の端。
白い壁のその先。
検索されない声が、どこかでまだ、息をしている。
それに、誰かが耳を澄ませる日は──まだ、来ていなかった。
⸻
(つづく)
次回予告(第5話):「検索のない場所」
ミドリは、偶然あるブログに辿り着く。
そこには、“検索されなかった感情”たちが、意味を持たずに放置されていた。
そして、そこにいた少女──“もういない子”ハルカの影が、浮かび上がる。