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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第6章 戦闘編2
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戦闘編2:第五話 ラブ・アクチュアリー

自分に出会えない人生は、他者とも出会えない。



伊丹十三(映画監督・俳優・エッセイスト)



 難民を引きつれ、北上するのはいいが、それは難事業となった。


 北上する街道は狭く、整備も行き届いていないので路面も悪い。

 荷馬車が立ち往生する場面など日常茶飯事で、そもそも仕方なしの行動にモチベーションなど望めるはずもなく自然、足は遅くなった。


 北上が長くなればなるほど、物資が足りなくなってくる。


 彼らの顔には疲労以上に不安、不満が広がっているのが見て取れた。


 『無事につけるだろうか』

 『こんなことなら故郷の地で死ねば良かった』


 そんな思いがあるのだろう。


 そんな人々を叱咤しても反発が返ってくるだけだ。

 リチャードはそう思い切った。


 リチャードは列の最後尾にあり、脱落者が出ないように目を配る必要があった。

 先頭は団長が務めて、皆を先導している。


 彼女が前にいるから前に進めるという人の声を聞いたこともあった。


 彼女は決して頼りがいがあるようには見えない。

 しかし、彼女が頑張っていると、自分も頑張らなくては。いや、頑張れると思えるのだという。

 また、困っていると手を差し伸べたくさせられる。


 その意見にリチャードは残念ながら賛同するしかない。

 彼もまたそう感じている一人だからである。

 これまで、行動を共にしてきて何度もそう感じてきた。


 適材適所で後方で遅くなりがちの、老人と子供連れの家族に細かい配慮をすることに忙殺されてリチャードはここ4日、団長の顔を見ていなかった。


 「…こんなに長く顔を見ないのは初めてだな。」

 リチャードは一人ごちる。先頭にいるであろう団長の方を眺めながら。

 「団員さんも…さみしいの?」

 まだ7歳くらいだろうか?リチャードの顔を下から仰ぎ見る小さな男の子がいた。

 「…、そうかもしれない。」

 リチャードは内心驚いていた。寂しい。そんなことは考えたこともなかったからだ。

 彼は寂しいという感情からは無縁の生活をしてきたし、その自分に疑問を感じたこともなかった。一人でいい…。一人でいるのが普通だ。

 ここに来てからも、そうだと思っていた。

 しかし、知らず知らずの内に自分から彼女は孤独を奪い、別のものを与えていったのだ。

 彼がその感情に自覚的になったのはこの小さな子供に指摘されたときであったのは、それが自然体で、少しずつの変化であったためであろう。

 

 彼はそう自覚してから、何とか団長に会う時間を作ろうと積極的に難民の人と話をし、彼が目を配らなくても集団同士が気を付けあって進めるように説得を重ねた。

 

 それは簡単な事ではなかったが、彼はもはや禁断症状に近く彼女に会いたくなってその必死さが伝わったのか、後列の人々は落ち着きを取り戻すことになった。

 彼の前列への視線が誰に向いているのか、後列の人間はみんな知っていたし、そんな彼を、この辛い境遇ではあまりない『ほほえましいニュース』を大切にしたいという感情を想起したこともその要因であろう。


 彼はようやく、前列の彼女に会いに行く時間を作ることが出来た。



 「…お久しぶりです、団長。」

 リチャードは次に会う時に何を言うかいくつか考えていたが、いざ目の前にすると全ては吹き飛び、そんな言葉しか出てこない。

 「あぁ、リチャード隊員。久しぶりだ…。」

 彼女は少しやつれたように見える。しかし、その顔に悲壮感は見られない。

 「その、…お元気でしたか?」

 リチャードは内心頭を抱えた。もっと他に言いたいことがあるだろうと。

 「うん、元気だ。元気でなくてはいかんからな!周りのみんなに元気をもらっている。」

 彼女は周りの期待に応えようと背伸びをしている。そしてそれに今のところ応えられているようだ。

 「それは良かった…。私は団長に会えなくて寂しかった…。」

 リチャードは普段に無い素直さでそう言った。

 「そ、そうか。私も寂しかったぞ。うん。」

 「毎日、あなたが心配でなりませんでした。」

 リチャードは真剣である。その一言に彼女は口元を悔しげにゆがめる。

 「そ、それは…。私は確かに頼りないかも知れないが…。」

 「…。」

 どうも、ゆがんで伝わってしまったが、リチャードは団長の変わらない姿を見て満足してしまっている。

 おそらく今のこの男は彼女が息をしているだけで幸せを感ずることが出来るであろう。

 「…リチャード隊員、口元が緩んでいるぞ?何かいいことがあったのか?」

 「…はい、幸せを噛みしめていたところです。」

 「…そうか?幸せか?」

 「はい。」

 リチャードは満面の笑みを浮かべて唯にこにことするだけである。その様子を訝しげに彼女はリチャードを見るが、その底抜けの笑顔に釣られて笑顔になる。


 そんな彼らの様子を遠巻きに皆、眺めていた。

 眺めながら、夫婦は隣の配偶者の手を握りしめ、恋人は互いに体を寄せ合った。


 「いいわねぇ、若いころを思い出すわね、あなた。」

 「そうだなぁ。」

 「あの子たちが幸せになれるといいわねぇ。」 

 「そうだな…。二人とのいい子だからなぁ。」


 そんな苦しくも、和やかな道行に陰りがさしたのは出発してから5日後の事だった。

 折しも、北上途中の村での滞在中のことだった。


 運命の神はそう簡単に安寧を許しはしなかったのである。


 帝国兵を蹂躙し続けている化け物の魔の手が届いたのであった。



女の運命を第一に気にするのが恋で、自分の欲望を満たそうとばかりするのが肉欲だ。



武者小路実篤『友情』

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