戦闘編2:第四話 成功するための3つのルール
一番先になりたい者は、すべての人の最後となり、すべての人に仕える者になりなさい。
マルコによる福音書
朝、起きると、隣には団長が眠っていた。
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「…落ち着け、俺。大丈夫だ。昨日はそう夕食を食べて、それからそのままベッドに直行したから何もない。何もない。」
俺は仏教徒のようにぶつぶつと独り言を言いながら、横に目をやる。
そこには栗毛の髪をシーツの上に広げ、規則正しい寝息を立てる団長。
その寝顔は安らかで心配ごとなど何もないかのようだった。
「…のんきなもんだ。」
俺は嘆息しながら、団長を起こさないようにベッドを出る。
とりあえず、顔でも洗ってくるか。
村長の家の井戸から水をすくい、顔を洗っていると、夫人が声をかけてきた。
「あら、お早いですね。昨夜はよく眠れましたか?」
村長の奥さんは温和な人柄で、その手料理の腕は昨日堪能済みである。
「はい、そりゃもうぐっすりと。」
疲労がたまりにたまっていたからな。おそらく団長はもっと起きるのが遅くなるだろう。
「大変な任務をなさっていたんですもの、さぞお疲れでしたでしょう。」
夫人は心配顔でこちらを見る。
「疲れましたが、今は誰もが疲れているでしょう。これだけの難民をこの村だけで受け入れるのは難しいのでは?」
そう聞くと、夫人は不安顔である。
「…えぇ、その通りです。今は皆で食料を分け合っておりますが、このままでは来年の種籾にも手を付けてしまいかねません。」
かなり深刻なようだ。来年の種籾に手を付けるといことは来年の収穫量を減らすということだ。村としては大打撃だろう…。俺は昨日、村の様子を見て、村長の話を総合し考えたアイデアを話すことにした。
「どうでしょう?私どもが難民を北へと連れて行くというのは…。」
「え?」
夫人は突然の提案に呆然とする。突然すぎたかと内心苦笑いする。
「いえ、ここから北の地には帝国西方を任地とする神武将のヘルメス様がいらっしゃる。彼に助けの手を借りるということです。幸い…というのは語弊がありますが、彼の部下である兵の方もいらっしゃることですし、話も通りやすいと思います。」
…テバイはもうだめだ。そちらに戻ってもしかたがない。ならば北へと登り、難民の代表者という体で実力者の力を借りることが出来れば上出来。
「…えぇ、えぇ!それがいいですわ!さっそく主人に話してみますわ!」
夫人は手を打って、喜んだ。正直、村にとってこの難民は言い方は悪いが疫病神であったのであろう。
「えぇ、この件に関しては村長に主体的に話を進めていただかないと。」
難民は村長の好意でここで世話になっている身だ。彼らは村長の言う事には耳を傾けざるを得ない。
ささくれ立っている難民に俺のような若造が話を持ちかけても、けんもほろろに追い返されるのが落ちであろう。
俺はできる限りにこやかに夫人にお願いした。ついでに具体的な提案をしたいからと言いくるめて、村長と細かい詰めをしにその後をついて行った。
朝、起きると一人であった。
リチャードはもう起きているようだ。
「これはいかんな…。団長としてこんなにたるんでいるようではいかん!」
私は勢いをつけて起き上がると、着替え始めた。
その着替えの途中で扉が叩かれる。
「団長、リチャードです。起きていらっしゃいますか?」
「あぁ、起きている。ただ、今着替え中でな。しばし待ってくれないか?」
「あ、し…失礼しました!出直します!」
扉越しだがリチャードが慌てる姿が透けて見えるようだった。
「あぁ、大丈夫だ。もう着替え終わる。」
私はそう言いながら最後のボタンを留める。
「は!」
「あぁ、もういいぞ。」
「失礼します。」
入ってきたリチャードの顔が若干赤いのは見間違えであろうか。
「おはよう、リチャード隊員。」
「はい、団長。」
リチャードは心なしかうれしそうな顔をしている。…何かいい事でもあったのか?
「あぁ…、どうしたリチャード隊員。何かいい事でもあったのか?」
「いえ、別に何もありませんが…。」
リチャード隊員はバツが悪そうな顔をする。まるでいたずらを見つかった子供のような顔だ。
「そうか。」
「それよりも団長にお願いがあります。」
「う、うむ。」
話を逸らされたようにも思うが、リチャードの顔は真剣だった。
「団長には難民を率いてヘルメス卿に救援を要請していただきたいのです。」
「む?何故そのような話に?」
「この村にあの数の難民を支えきる地力はありません。このままでは共倒れしてしまうのは必至です。」
「うむ。」
「しかし、難民が行き場を失っているのも事実。そこでヘルメス卿に助けていただこうというわけです。」
「…助けてくれるだろうか?」
「こちらにはヘルメス卿の正規兵がいます。話を聞いてくれますでしょう。」
「…しかし、なぜ私なのだ?」
「私は、自警団の一団員にすぎません。そんな私が難民をひきつれるには説得力に欠けます。しかし、団長ならばその資格があります。何故なら彼らは我々が守護すべきテバイの民衆だからです!自警団の団長が率いるのですから何の問題もありません。」
リチャードが握り拳を上げる。
「そうか…、彼らを守りながら無事にヘルメス卿の元まで送り届けることが我々に課せられた使命だということだな!」
「はい!ではこれから難民の説得に参りましょう。」
「うむ。」
…相変わらず単純な人だ。
村長と話していて分かったことだが、やはり『顔』というのは大切だということだ。
『顔』とは張り付いた面の皮の事ではない。
面子というのか、対面である。
先に立つのはそういう資格を持った人間であると示さないと安心して任されることがない。
俺ではそれを示すことが出来ない。
彼女には、それをすることが出来る。
彼女の家名である『ゲピューラ』というのはこの辺りでは結構知名度のある名前らしい。
正確には彼女の父親がかなりの出来物だったらしく、その声望はかなりのものだ。
彼女が、名乗るたびに『あぁ、彼の娘さんか』と話が通るのだから驚いた。
そのあまりのスムーズさに、呆気にとられたが、これで安心して任せられるので俺は村長と移動中の物資の配給内容を検討しに家に戻った。
「…俺を説得の出汁に使ったそうだが、俺にはヘルメス様にそこまでの影響力などないぞ?」
兵士の様子を見に行くとそんなことを言われた、そんなことは…。
「そんなことは先刻承知さ。それは背中を押すための方便。アレだけの人数が集まれば取り合えず無視はできない。為政者というのは声望というものを無視できないものさ…。」
「難民そのものが武器だというのか?」
「彼らを動かすには、一つまみの希望を前に大きな絶望を背後に晒せば自然と前に進む。その方向がヘルメス閣下の方を向けば、それを叩き潰すか抱き込むかの二択しかなくなる。」
「閣下が叩き潰す選択肢を選べばどうするのだ?」
「逃げるさ…。当たり前だろ?」
「…勝手だな。」
「勝手だって?俺は選ぶ余地を残して説得してるんだぞ?その結果にそこまで付き合えないぜ?」
俺は兵士の複雑そうな顔を見ると、部屋を後にした。
「卑怯だって?こんな時に何もしてくれない為政者など困ればよいのだ…。そんなときに頼るばかりに奴らは苦労すればよいのだ。」
俺は孤児院時代を思い出し、悪態をついた。
解決策がわからないのではない。問題がわかっていないのだ。
ギルバート・ケイス・チェスタートン
(作家・推理作家・批評家)




