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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第6章 戦闘編2
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戦闘編2:第三話 イリスに首ったけ


男は、俗っぽい女が与え得るすべてのものを受け取るより、いつの日か愛する女の気に入られるという、きわめて当てにならない機会を夢見るほうを好む。



スタンダール(フランスの小説家)



 リチャード隊員はしばらく動かなかった。突然動き出したかと思うと、木に両手をついて下を向きながら何やらつぶやいていて若干怖かった。

 「…リチャード隊員、どうかしたのか?」

 リチャード隊員はこちらを捨てられた犬のような目で見てきてそれは若干かわいい。家で飼っているヒースに似ている。

 「…隊長。とりあえず俺のこと嫌いにならないでください。」

 こんなに情けないリチャード隊員は初めて見た。大抵のことを飄々とこなしている男だと思っていたのだが…。

 「…リチャード隊員、、君のことを嫌いになる訳がないじゃないか。」

 リチャード隊員の目に光が戻った気がした。

 「…団長。」

 私は大きくうなずいた。

 「うん、君は私の大切な部下だ!」

 私の心無い一言で彼を傷つけてしまったようだ。しかし、彼は私の大切な部下だ!それをはっきりと伝えることで絆を取り戻せると思った。

 しかし、予想に反してリチャード隊員はがくりと大地に両手をついて倒れ伏すことになった。

 「リチャード隊員!?どうした、これまで通り私の隣にいてくれると助かるのだが…。」

 もしかして少し上から目線で接しすぎたか?そもそも彼のような仕事の出来る人間が何故うちのような弱小自警団に入ってきたのか不思議なくらいである。

 正直彼にいなくなられると非常に困る。

 「…『今は』それでいいです。とりあえずはそれで…。隣にいればいつかは…。」

 「おぉ、ではこれからもよろしく頼むぞ!リチャード隊員!」 

 私は彼に手を差し出し、それを彼も握り返してくれた。



 おかしい、この俺がこんなに振り回されるとは…。マフィアすら手玉に取ってきたこの俺が…。

 それにしてもやわらかい手だな…。なんでこれで気づかなかった…俺。

 まぁ、これまで団長は分厚いグローブを脱いだことがなかったからな…。

 

 「それでだ、リチャード隊員。これからのことだが…。」

 私が手を放すと彼は少し顔をしかめたが、すぐにいつもの調子で話し始めた。

 「我々がいたテバイの北の村から南東に移動してきました。出来る限り西から離れるためと、テバイに近づくためです。」

 私はうなづく。ここまで来るのに私はただついていくのに精一杯だったから、ここがどこかすらわかっていなかった。

 「この位置からもっとも近い村に寄ろうと思っています。正直、食料が尽きますし…。」

 「…君は地図もないのに場所がわかるのか?」

 「このあたりの地理は頭に入れています。」

 リチャード隊員は当然のことのように話す。彼は相変わらず頼もしい奴のようだ。抜け目がない。

 「では、移動しよう。」 

 「はい、では準備願います。」

 彼はそういうと踵を反して、対岸の兵のところへと急いだ。



 団長は相変わらず山歩きがきついらしく、すぐに息を切らし始める。しかし、ペースを緩めることはしない。

 どうやら化け物は振り切ったようだが、村に着くまで安心はできない。森には魔物が出る。…ここに義弘君がいれば避けながら進むことができるのだが…。

 「…どこへ進んでいるんだ?」

 俺の背中にいる兵士が口を開いた。この男も歩くくらいはできるが、山を歩くにはまだ難がある。おそらく後ろの団長にも劣るであろう。

 「ここから一番近い村だ。そこにいったん立ち寄って食料とか買い込む。そこで今のテバイの状況が知りたい。」

 …正直、テバイは危機的状況にあることは街を出た時に予想して出てきている。状況によればそのままトンズラを決め込むのもいい。

 「…そうか。」

 背中の男も体力が限界だ。どこか落ち着ける場所で休ませないと傷が悪化する。後ろの団長にしてもそうだ。おそらく足は豆だらけで、そのうち肉離れも起こすかもしれない。

 「団長は大丈夫ですか?おそらくあと少しで着きますので頑張ってください。」 

 「…うむ。」

 彼女は何とか返事を反してくる。やはり彼女ももう限界だ…。そして俺も限界だ。



 我々が村に着いたが、村には人が溢れていた。彼らの話の内容から、どうやらテバイからの難民であると知れた。

 「テバイは!テバイはどうなった!」

 難民にすがりつくように聞く。

 「共和国の軍勢は大地を覆い尽くして、とても敵わない。領主様は留まっているが、おそらく陥落は時間の問題だろう…。」

 すっかり肩を落としている男はテバイの現状をポツリと語り、一通り語るとボーと空を見上げるばかりだった。

 「…団長、宿を確保しました。」

 リチャードがこちらに歩いてきた。

 「宿?」 

 この難民の数だ。宿などどうやって?

 「はい、こちらの村長の家の一部屋を借り受けました。」

 村長の家?この殺気立っているときによく我々を受け入れてくれたな?

 「こちらの持っている北の地の情報と引き換えですよ。村長ともなれば無関心ではいられません。話すついでにテバイの状況も詳しく聞きましょう。」 

 確かにテバイについてもっとも詳しく詳細な情報を持っているのはここでは村長だろう。

 「…うむ。」 

 「どうしました、浮かない顔ですが?」

 リチャードはこちらを気遣わしげに覗き込む。

 「いや。難民を差し置いて我々だけ屋根のある部屋に泊まるのは…な。」

 リチャードは大きくため息をつく。

 「…こちらには大けがをした帝国正規兵がいるのです。それに我々は北で十分危険な場所に赴いてきました。そのくらい譲歩してもらわない方が不公平ですよ…。」

 リチャードは一息に言うと大きくため息をついた。…リチャードも疲れているのだ。

 「うむ、では村長の家に向かうとするか…。」

 村中にあふれる、難民の姿を見ながら我々は村長の家に向かった。



 団長を連れ、村長の家に着くと先に休ませていた帝国兵の元へと赴いた。そこにはこの村の村長の姿があった。

 「これはリチャード殿。団長殿は見つかったかね。」  

 村長はこちらを向き直るとこちらを見る。 

 「えぇ、紹介いたしますこちらが自警団団長の…。」

 「イリス=ゲピューラと申す、村長殿。」

 団長の姿を見て、村長の顔には教学が浮かぶ。そういえば教えていなかった。

 「…これは、存じ上げませず失礼いたしました。この村の村長をしております、タウマウスと申します。」

 「この度は我々の滞在を認めていただき感謝する。」

 団長は威厳ある(本人談)ポーズで言う。

 「いえ、危険な任務に就いていらっしゃった方への精一杯の恩返しをさせていただきます。」

 村長は深々と頭を下げた。

 「…ところで村長殿、そちらの兵の具合はどうです?」   

 俺は兵士の体の具合を尋ねる。この男に死なれるとせっかくの金づるがパァだ。

 「うむ、こちらの方は血を失っておられ、かなり衰弱しておる。しばらく安静にして生の付くものを食べさせればおそらく大丈夫であろう。」

 「そうですか…。」 

 俺はほっと胸をなでおろす。

 「ところで北方の様子ですが…。」

 村長は団長の方を向いて聞いた。

 「はい、北方の村では…。」

 団長は北方で見聞きしたすべてを話した。その話のところどころに俺は補足を加えていく。大体話し終えるとすっかり夜は更けていた。

 「これは話に夢中で気づきませんでしたな…。夕食を用意しております。どうぞこちらにおいでください。」

 村長に案内され、村の食事を胃に放り込む。その勢いに村長は目を見張り、見慣れているはずの団長すらこちらを目を丸くして見ている。

 これが俺が急いでいた理由の一つである。正直、疲れうんぬんよりも栄養不足が深刻だったのだ。これまでの消費量を補うためにも遠慮など彼方に消え、食べまくった。


 その夜は全員、ぐっすりと眠ることができた。隣で眠る団長のことも気にならないくらいに深い眠りだった。

 皆、疲れていたのだ。その村に化け物の群れが近づきつつあるのも知らずに眠っていた…。


 

 

 



自分にひけ目があると思い込まないうちは、誰もあなたにひけ目を感じさせることはできません。



エリノア・ルーズベルト(アメリカ元大統領夫人)


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