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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第5章 戦闘編
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戦闘編:第七話 八方塞、何をやってもだめという超ネガティブな年。

不幸は続いてやって来る。


テレンティウス(古代ローマの喜劇詩人)


 共和国軍の攻撃は東から日が上り、夜の闇が退散するのと入れ替わるように始まった。夜襲は一か八かの賭けになる場合が多い。日の明るい内ならば単純に兵力に差で勝敗が決する。策の介在する余地が減るからである。

 

 テバイの町に残った人々はただ、家にこもっておびえるしかなかった。その兵力差は実に20倍。まず、勝つことは無い。このような絶望的な戦場に彼らが残っているのは単純に逃げ遅れたのである。

 

 城壁につめている兵士たちは当番のときに攻めてこられた不運を嘆くまもなく、近づいてくる敵の恐怖に包まれた。目の前には鉄の群れ、林立する攻城兵器、後ろに控えている軽装の集団は精霊術による支援部隊と知れた。


 「・・・おい、これと戦うのか?」

 「戦いになると思ってるのか?」

 「戦いにならないのか?」

 「一方的な虐殺は戦いって呼ばないんだよ!ちくしょう!」

 

 悪態をつきつつ、自分の非常に狭い生存への道を少しでも広げる努力は惜しんではいない。城壁から放つ弓、落とす石、ぶちまける熱湯などの準備を進めている。


 城壁の各所に設けられた四角い穴から精霊術の扱いに長けた兵士が詰め、その射程県内に敵が侵入するときを今か今かと待ち構えている。


 一般人の精霊術の規模、効果範囲は非常に限られる。その手元を離れた瞬間、威力・精度ともにその距離に反比例する。精霊術士を名乗る人間でも平均して30mが限界である。それに限界まで精霊術を行使すれば意識を失い、戦場では足手まといを量産することになるため限界前に後方に下がって体を休める必要がある。

 そのため、精霊術士は敵の出鼻をくじくための序盤戦、止めを刺すための後半戦に集中投入させるのが通例である。精霊術は誰でも使えるが、精霊術士を名乗るほどの人間となるとその数は多くない。主力は剣と弓矢になる。

 

 城壁に取り付くための巨大な梯子がゆっくりとしかし確実に近づいてくる。これの中には数百人規模の兵士が入っている。これが城壁にとりついた瞬間、城壁の上に殺すべき敵を求めて兵士が殺到するであろう事は誰の目にも明らかであった。


 誰もがその梯子を注視しているそのとき、天空から光の束が地上に降り注ぐ。それは的確に梯子を射抜き、梯子は中の兵士もろともに倒れてゆく。その足元にいる兵士がそれから逃げようとあわてて走り去る。

 そしてそれはそのまま重力に逆らうことなく音を立てて崩れ落ちた。他の梯子も同様に光の束に貫かれてゆく。その光景を見ていたテバイの兵は雄たけびを上げ、口々に主の名を叫んだ。


 「これが報告にあった光の矢か。聞いていたものと規模が段違いだな。覚悟していたとはいえ、手痛い出血を強いられたものだ。戦略級並みという話は本当だな。大したものだ。」

 リュカオンが後方で戦況を見て感心したようにため息をつく。

 「しかし、まぁ出鱈目ではこちらもそんなに捨てたものではないものでな・・・。」

 リュカオンの口元に笑みが浮かぶや否や、戦況に変化が再度起こりだす。


 梯子の上の兵は怯えていた。いつ降り注ぐか知れぬ天からの光に貫かれるのかと。周りの梯子は軒並み倒されていく。その光景はさながら神が地上の人間に天罰を下しているような印象を与えた。その光が今度は自分の頭上に集まりだすのを見たとき、思わず皆身を乗り出して飛び降りようとしてしまう。しかし、飛び降りるまもなく光は降り注いだ。

 誰もが光に貫かれ、そうでなくとも倒れる梯子と運命を共にするであろう自分の未来を見た。しかし、一向にその未来が実現する気配は無い。光は以前頭上に降り注いでいる。その光の先に一人の人影を見た。

 

 「・・・せっかくあの馬鹿頭領のお守りから開放されたと思ってたのに。まったく割りにあわねぇ。」

 その膨大な光を反射し、拡散してしまっている男は誰にも届かぬ独り言をつぶやき、その秀麗な顔を曇らせた。時間が経つにつれ光は勢いを失い、最後には一筋の光の線を残し消えた。

 「これが・・・『盾の精霊』の力か・・・。」

 兵士の一人が呆然としながら思わず呟いていた。


 「エレボス副将!お怪我は!」

 信じられないものを見るような目で兵は彼を見ている。彼の反射した光で梯子の周りは大惨事である。

 「ねぇ!そんなことよりさっさとこいつを運んじまわねぇと次の攻撃がくるぞ!さっさとしろ!」

 エレボスは射殺すような視線を兵に向け、命令した。兵士はすぐに先ほどの脅威を思い出し、あわてて階下に伝令を出す。

 「たっく、のんびりしやがって。やっぱり割りにあわねぇ。こんなヒヨコ共を引き連れて戦争しろってのか?」

 エレボスは予想より混乱している地上の様子を見て、もう一発来るかなと考えを廻らし深いため息をついた。

 


 テバイ中心部に位置する領主の館の最深部、そこには少女が手を合わせて懸命に祈るような姿勢を取っていた。その体中に汗をかき、その薄い金髪は顔に張り付いている。

 「エオス様・・・。これ以上のご無理は・・・。」

 従僕が心配げに近づく。それをただ手を前に出して制する。

 「心配は無用です。今は出来うる限りの時間を稼がなければ。援軍が到着するまで持てばよいのです。長期戦になって困るのはあちらなのですから、今出し惜しみをしては・・・!」

 エオスの顔が驚愕に染まる。自分の攻撃が一部何者かに弾かれている。それは何者か分からなかったが、攻撃はまったく届いておらず、透過すらしていない事は知覚された。

 「・・・そんな!」

 「いかがされました!」

 従僕がエオスに駆け寄る。

 「・・・いいえ、なんでもないわ。ありがとう。」

 エオスは従僕の不安げな顔を見て冷静になった。自分が我を失っては一気に流れがあちらに傾いてしまうことは明白であったから。

 「・・・残った梯子は一つのみ。このまま攻撃を続けてもジリ貧ね・・・。まだ力を温存しなくては。」

 彼女は残った梯子への攻撃をやめ、城壁の兵に鏡を用いて命令を下した。


 

 光の攻撃を防ぎきった光景に後押しされ、その後の城壁への攻撃は熾烈を極めた。城壁からの涙ぐましい反撃も数の暴力に抗し切れず、城壁に取り付かれ、すでに無事だった梯子から城壁へ乗り移られていた。

 

 「・・・脆すぎるな。」

 エレボスがぼそりと独り言をもらす。

 「どうかされましたか、エレボス様。」

 「なんでもな・・・、いやこれは・・・しまったか?」

 エレボスが振り返ったときには梯子が光の柱に貫かれていた。これにより城壁の上の兵は孤立を余儀なくされた。


 「エ、エレボス副将!退路が・・・。」

 「えぇい!臆するな!このまま勢いを殺さずに進行し、城門を開く!活路は前にあると思え!」 

 エレボスは動揺する部下に向かい怒鳴り声を上げる。そのときエレボスに向かって矢が飛来し、深々とその腕を貫いた。とっさに手甲を身に着けた腕を持ち上げたのは彼の戦士としての経験から来る反射行動の賜物であろう。しかし、飛来したものは手甲を貫き、腕を貫き通していた。彼とて油断していたわけではない。周囲に弓兵がいないことは確認していた。常識的な範囲に・・・であるが。

 「いったい、どこからこんな威力のある矢を・・・!」

 エレボスが驚愕の目を周囲に廻らすが姿は見えず、矢の飛んできた方向を凝視するもそれらしい人影は見えない。あまりにありえない現象にエレボスは戦慄を禁じえなかった。

 この一撃により城壁の上の帝国兵の足は一時的に止まった。



 「うーん、惜しいですね。完全に死角から頭部を狙ったつもりだったのですが・・・。」

 温和な顔をしながら物騒なことを口にした。驚きに普段は細い目が若干開いている。

 「ヤン、外したのかい?」

 「いや、イレーヌさん。当たったことはあたったが致命傷には程遠いですよ。まさかとっさにあんなにスムーズに体が動くとは。すばらしい反射神経と運動能力です。相当に手ごわいですよ、あの士官は。」

 ヤンは体をまわしてイレーヌのほうに向き直る。

 「その士官って言うのはあの出鱈目なレーザー攻撃を反射した男だよね?ここで止めをさせなかったのは痛いね。」

 「まったくです。せっかくここでの常識を破る射程を持つ弩を作成して虚をついたというのに・・・。すみません、せっかくのチャンスを逃してしまいました。」

 ヤンはすまなそうに頭を下げる。

 「しかたがないさ。相手が一枚上手だったってことだし。それにこれはまだ開発途中の代物だしね。」

 イレーヌは苦笑いしながら言った。

 「そうですね。まだ常人の腕力では扱いきれないですしね。それに再装填に時間がかかる。」

 「材料の強度にも限界がある。あまり多用すると使用中に分解してしまう。まぁ、実験では3発が限界だね・・・。」

 「そうですか。・・・しかし、引き金を引くのにはやはり、ためらいがありますよ。戦争だからと・・・割り切るべきなのかもしれませんが・・・。」

 ヤンの手は若干震えている。それは弩の反動のせいばかりでもあるまい。

 「・・・すまない。本来であれば作成した私が行うべきであったが・・・。」

 「いえ、イレーヌさんの視力では相手を捕らえることは出来ませんから仕方がありませんよ・・・。」

 ヤンが次の矢の装填をしながらあきらめの表情を浮かべていた。


 

 「まさか、本当にあの距離から攻撃できるとは思わなかったわ・・・。」

 エオスは目の前の攻撃を信じられない目で見ていた。精霊術なしであの距離を攻撃できる者はおそらく歴史上にいないであろう。

 「これも天の配剤か・・・。」

 エオスは誰に言うでもなく呟いた。そして、すぐに城壁外の動きに注意を向けた。

 

 梯子を倒されたからといって、攻撃の手が緩まるはずも無く、城門に向かって兵士が群がっている。その群れに向かって矢を降り注ぎ、石を落としているがすぐに別の兵士がその穴を埋めていく。


 城門が打ち破られるのも時間の問題であった。










 



  













 









 


 




もし決断が間違っていたかなと思ったら、さっさとやめることも大事です。さっさと見切りをつける。

いくらやったって、ダメなものはダメなんだから。見切りをつけることって、とても大切だと思います。


假屋崎省吾(華道家)

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