戦闘編:第八話 恐怖心は体、勇気は心が覚えてる。
*過激な戦闘描写が含まれておりますのでご注意の程、
よろしくお願いいたします。
『人間は負けるようにはつくられていない。
殺されることはあっても、負けはしない。』
ヘミングウェイ(小説家)「老人と海」
城壁の一部に亀裂が入り、その亀裂を少しでも広げようと兵士が群がる。しかし防衛の兵も負けじとその亀裂の隙間から槍が差し込まれ群がる兵士を串刺しにする。
群がる兵が号令の元、速やかに退くと破城槌が突進し、城門の亀裂を突き破った。城壁の上から必死の抵抗を試みるも、矢も投石も破城槌を守る大型の盾を持った兵にことごとく防がれた。
その豪壮な門の一部に人が一人入れる程度の隙間が開くとそこから湧き水のように共和国兵が侵入していく。誰の目にも勝敗の行方は明らかであった。
それでもまだ領主の顔にあきらめの表情は浮かんではいないが、その顔は苦渋に染められていた。
「進め!進め!勝利は目前ぞ!」
まだ若い部隊長が部下を知ったする声を上げる。すでに内心、彼は勝利の快感に酔いしれていた。
「エレボス副将が先に城壁に乗り込んでいたはずだが、どうやらまだ領主の首は上げていないようだな!一番手柄は俺の部隊がいただく!」
顔を紅潮させながら部隊を前へ前へ進めるが、彼はふと違和感を感じた。あまりに抵抗が無さ過ぎるのである。いや、敵兵が、敵兵どころか住民も人っ子一人いなくなっているのである。
部隊を止めようと命令を与えようとするが、彼の周りに味方の兵すら、いなくなっていた。
「ど・・どういうことだ?先行しすぎたというのか?」
部隊長が冷や汗を流していると、近くの住居から悲鳴が聞こえた。彼はその建物へ駆け寄った。彼は部下が住居に略奪に入って、邪魔な住人を殺しているのだと思ったのだ。
「おい!命令を無視するとはどうい・・・。」
部隊長はそれ以上の言葉をつむぐことは出来なかった。彼の口はただヒューヒューという音をむなしく奏でるのみであった。そうして口から大量の血を吐くと、ドゥと地面に倒れ伏した。
その様な光景はテバイのあちこちで起こり始めていた。彼らは一様に見えない敵に少しずつ、しかし確実に切り殺されていった。
その光景を城壁の上から見ている人影が一つ。その影はすでに剣を握っていた右腕を負傷しており、動く腕は左手のみである。その盾が視界をさえぎらないように、横に携え中腰で、攻撃に対して備えていた。
彼の部下は皆、頭部を矢で貫かれている。その頭部には皆大きな穴がらせん状に穿たれていた。
「・・・冗談じゃないぜ。気付いたときには目の前に矢がありやがる。いくら矢が速くてもまったく見えないって事はないだろうがよ。どういうからくりだ、こりゃ?」
彼はこれまで目に見える敵は屠ってきた。どんなに厚い壁に阻まれようとも必ず食い破ってきた。しかし・・。
「見えない敵をどう倒せって言うんだよ!」
そういうや否や、盾を右に移動させ斜めに少し倒す。その盾に矢が激突し、甲高い音を立てる。すぐさまその盾を持ち上げ、体を振り返らせ正面に盾を突き出した。彼の左手に続いてやってきたのは鈍い感触であった。彼にはとても馴染み深い感触。人の体を圧砕したときの感触である。
「こりゃ、暗闇で戦ってると思っといたほうがよさそうだ・・・。」
彼、エレボスはやれやれと首を振るとじりじりと階段へと進んでいった。
「・・・完全に防がれました。領主殿の能力で不可視化された矢を・・・。」
ヤンが驚きの声を上げる。その声には少なからず賞賛の念が混じっていた。
「消せるのは姿だけってことかね。おそらく音と空気の流れを肌で感じ取っているのだろう。」
イレーヌもどうにか説明付けようとしているが自分で言っている言葉を信じられずにいた。
「我々もナノマシンで一時代とは隔絶する位には感覚が発達しているはずなのに明らかに彼のソレは異常な値を示している。彼が特殊なのだろうな。街の人間はそこまでではなかった・・・。」
「ここの人間の個体差は尋常ではありません。これでまともな社会が形成できているのは一重に精霊信仰の効用かも知れませんね・・・。」
ヤンの独白をイレーヌはいぶかしげに聞いていた。
「どういうことだい?」
「つまり、その個体差はあくまで精霊の加護に起因するものという考えを持てば、個人が個人に対して抱く劣等感などの感情が緩和されますからね。もしかしたらそういう考えで生まれた宗教かもしれません。上位個体を持たない力を持ったものは自制が困難になるものですから。」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そういう証明の出来ない事柄は好きじゃないね。それに今はとりあえず考えることじゃないよ。」
イレーヌが腕を組み言い切った。
「そうですね。・・・お客さんがいらしたようですし。」
ヤンがうっすら細目を開けてこちらに向かってくる兵士の一団を見た。
城門から続々と兵士が侵入を果たしている。すでに城門は瓦礫と化し、城壁内への進入は排除できる数を超えていた。
エオスの張った不可視の兵の迎撃網を運よく突破した軍団が城壁の上の友軍を信じられない距離から狙撃しているのを確認し、狙撃ポイントへ急行していた。
「あの信じられん矢を放った奴はいったいだんな奴だ?」
「おそらくとんでもなく屈強な戦士でしょう。」
「それよりも弓を作成した人間のほうが脅威ですよ。もしアレを大量に城壁に設置されていたらと思うとぞっとします。」
兵団の一同はうなる矢に貫かれて団子にされた自身を想像し震え上がった。
「遠距離からこそこそ狙っているような奴だたいしたことはない!それに連射は出来ないようだ。接近さえしてしまえばこっちのものだ!」
軍団長が兵士の恐怖をやわらげるために希望的観測を口にする。彼はすぐにソレが希望でしかなかったことを痛感することになる。
「・・・来ましたね。本当にソレ使うんですか?」
ヤンが若干引きつった顔でイレーヌの手に握られたものを見ている。
「当然だよ。重装備で来る人間相手ならこれが効率がいい。」
イレーヌは何を言っているのかという目でヤンを見る。
「君がいいならいいんだが・・・。ただ結末がスプラッタなことになりそうでね・・・。」
「血なら月一見てるからなれたもんさ。」
ヤンはいやそういう問題じゃないと思いますという台詞を必死に喉元で止めた。
「総員!抜剣!突撃体制に移れぇぇぇ!」
軍団長が部下に突進攻撃の命令を下す。狙撃主のいるのは屋内のため、槍は使わない。そして狙撃主がいるであろう建物へと駆け出した。
するとその建物の中から人影が現れた。皆に緊張が走る。しかし次にその姿を見て、その緊張を緩めた。何故ならソレは女性であったからである。しかし、すぐに皆気を再度引き締めた。女性の兵士は大抵、優秀な精霊術士だからである。遠距離は不利だが接近すればいい。そう考えた彼らはさらに突進の速度を速める。
彼らの目に彼女の握っているものが視認できるまで近づいて驚きに目を見開く。
その女性の手に握られていたのは・・・巨大なハンマーであった。
「・・・軍団長。あれはなんでしょう?」
軍団長の隣にいた若い兵が何かは分かっていても聞かずにはいられなかった。
「・・・でかいトンカチだろう?」
軍団長も明らかに不釣合いな相手の武器を注視していた。軍団の先頭と彼女との距離が5メートルになるかならないかのところでそのハンマーの先端は・・・消えた。ように見えた。
次の瞬間には目の前にあった。そして吸い込まれるように胸部に当たり・・・鎧ごとそのあばら骨も内臓も砕かれた。
「・・・ぐ、軍団長!」
周りの兵はあまりの光景に動きが止まる。それは戦場では死を意味した。
鉄の嵐が軍団を襲う。運の悪いものは直撃し、運のいい者は直撃した兵の体にぶつかって意識を失った。
「何なんだよ!何なんだよこれは!こんな・・・こんな戦い知らないぞ!」
彼ら、兵士が鎧に身を包み、戦いだしてから刀剣や槍での攻撃は相当程度防がれるようになっていた。鎧の隙間に一撃が入っても死ぬことは無い。急所は鎧が守っている。しかし目の前の光景は彼の培ってきた常識を簡単に覆した。
すなわち、「一撃死」。何も考えを廻らす間も無く、自分の死ぬ瞬間すら感じる間もなく死んでいった。
「・・・すさまじいですね。遠心力と先端の重量で恐ろしい威力になっている。それにしてもすごい筋力です・・・。さすが一級大型工作機械技師免許を獲っていらっしゃるだけはありますね。私は筋力値が足りなくて二級止まりでしたが・・・。」
ヤンはイレーヌの剛勇を見てため息を漏らしながら、ハンドルを回す。ハンドルを一回転させるごとに矢が飛び出し、兵士めがけ飛んでいく。まさに数打てば当たるの論理で蜂の巣にしていると鎧の隙間に矢が吸い込まれていく。矢に刺さった兵士が動きを止め、ハンマーの犠牲者が増えていく。
一人、武器を投げ出して逃げていくと、釣られて一人、また一人と逃げ出していった。もはやそれは兵士の顔をしていなかった。
領主の元へ行く道の途中にある建物の前には死屍累々と兵士が積みあがっており、共和国兵を恐怖のどん底に叩き込んだ。
勝負の世界には、後悔も情けも同情もない。あるのは結果、それしかない。
村山聖(将棋棋士)




