帝国編:第九話 無欲無私という名の変態男
人生の~袋小路に~迷い込んだなら~
・・・どうすればいい?
妖しげな風貌の人間が昼の『憩いの我が家亭』を訪れた。頭からフード付のマントをかぶっており顔が見えないため、年齢は分からないが体つきから男だと知れた。
その男には怪しいところが多々あったが、まずその持ち物からして変だった。大き目の古い布に何かを包んで背中に背負っている。そして机と椅子を引きずって現れたのだからまず周りの目を引いた。
飯屋に机と椅子を持参する人間がどこにいるのか?いやいない。まずいない。おかしい。
男は開いているところに机と椅子を置くと持参した椅子に座った。
周りの客はかなりその男を警戒している。客の一人がその男目掛けて食べていた木の実を後頭部に当てようと放った。速さ、コースともに男にその木の実が当たること容易に想像させたがその予想は裏切られることになる。男が体を傾けて紙一重で避けたからである。
『憩いの我が家亭』の親父はその男を問いただそうとカウンターから出ようとすると、最近『憩いの我が家亭』で働き始めた女の子がその男に近づいていった。
いくらなんでも危険だと彼女を制止しようとしたがその前にすでに彼女は男に声をかけていた。
「どうしたの、ヨッシー?元気ないよ?」
巴には義弘の纏う空気を敏感に感じ取っていた。それは義弘の体を黒い靄のようなものがまとわりついているように見えていた。
「うん、少し疲れた。あとヨッシーって呼ぶのやめて。」
義弘は机に突っ伏しそうになるのを懸命にこらえながら巴に答えた。
俺はどうしてここに来たのだろうか?まぁ、腹が減ったし、ゆっくり出来て知り合いがいるところをここしかなかったからであるが。
「この机と椅子どうしたの?」
昨日この宿屋を出たときには持っていなかったはずなのに今日はなぜか机と椅子を持って帰ってきたのでなんでか気になった。
「何でか職人組合のおじさんたちがくれた。あとナイフも。このナイフ、こっちじゃ見られない片刃のナイフなんだよ。ナイフの歯のない方に等間隔で溝が彫ってあるからたぶん定規みたいにも使えるみたいだ。職人さんからもらったからだと思うけど。」
懐からナイフを出すと巴に良く見えるように目の前に横にして見せた。
その瞬間、周りの客が色めき立ったが二人は完全スルーして話を続けていた。
「ふーん、義弘君。いろんなものをもらうねぇ?この前も女の人に財布丸ごともらったって言ってたし。」
「ホントここの人たちは皆親切だね。巴ちゃんはどう?給仕の仕事はなれた?」
「うん、でも最近お客さんが増えて大変だよ。色々、楽になるように(もちろん私も含めて)工夫してるけどなかなかね?あと『料理好きに作っていいよ。』って言われてるけど食材の種類は少ないし調味料あんまり使えなくてなかなかおいしく作れないのよ。」
「そっかー。あ!よかったらこの菜種もどき一箱もらったから良かったらあげるよ?これ臭みさえ取れば結構使えると思うんだよね。」
「本当?ありがとー。早速使ってみるね?」
「あと、帰りに出入りの農家の人に作物の種類聞いてみたけどトマトっぽいのとジャガイモっぽいのがあったからそれ仕入れてみたら?何か遠くから来た人らしくて言葉が良く分からなかったけどしばらく話聞いてたら解読できるようになったから言語情報を送るね。カレンタ広場の青い天幕を張ってるところに行って『義弘の話を聞いてきた』って言えば話が通るようになってるから。あれらを使えば結構旨いものが食えるかもしれない。」
「え、それは助かるー。これで料理のレパートリーが増やせるね!」
「あと例の夫婦に紙をもらったんだ。紙があればメニューとか作れると思うし、そうすれば新料理の説明が要らないと思う。」
「え、紙あったの?でも私絵心ないよ?」
「よかったら、俺描くよ?大学のレポート書くのに自動筆記アプリケーション作ってIISに保存してるから料理の実物さえ見たらそのとおりにかけると思うし。インクももらったし。」
「・・・本当にいろんなものもらってるね?ありがとう?お言葉に甘えさせてもらえる?」
「いいよ?仕事が見つかんなかったし。・・・農家にでも行こうかな?はっはっはっはぁ。」
「ここの親父さんに給料出してもらうようにしてもらうね?」
「・・・そうしてもらえると助かる。」
天から『農家なめんな!』という声が聞こえたと開こえなかったとか。
義弘は『憩いの我が家亭』で昼飯をきれいに食べあげると机と椅子を引きずって出て行った。大量の空になった皿を残して。
「トモエ、ちょっといいか?」
巴が義弘との対応を終えると『憩いの我が家亭』の親父さんが巴を呼んだ。
「はい!?」
巴はやばいと思った。つい義弘と話し込んでしまったことを叱責されると。
「・・・さっきの男は何者だ?」
親父さんはかなり真剣な表情で聞いた?
「はい?私の友人ですけど?」
「友人?ナイフを突きつけられたように思ったが?」
「ナイフを?ああ、あれはナイフを見せてもらっただけですよぅ!」
巴は笑って手を振りながら反論すると、
「ナイフを見せてもらうって、何故だ?」
「ああ、私も初めてみたんですけど(こちらでは)、片刃のナイフに等間隔に溝のついたナイフでしたから珍しいってことで・・・」
「何!?」
いつも終始穏やかな親父さんがかなり驚いていた。
(『組合』幹部しか持ち得ない『クローソのナイフ』をなぜ?あれを持つと言うことは工房を一つ任せられるに足る人物と認定されたということだぞ!)
「親父さんは知ってるんですか?そのナイフ。」
「ああ、まぁな。」
「あぁ、後でお知らせしようと思っていたんですが彼から油の元になる種一箱もらいました。」
「なんだって?ナープラの種はカッシス農園でしか栽培されていない。出荷先も限られているからなかなか手に入らないんだ。そこの親父が頑固者でなかなか卸したがらない。」
「もしかして貴重品なんですか?」
「金額にしたらそうでもないが、かなり入手困難な品だ。」
「そうだったんですか。(私も義弘君が何者か分からなくなってきたわ。なんでそんな貴重品をポンと渡しちゃうのかしら)後は・・・。」
「まだ何かあるのか?」
いい加減呆れ顔で親父さんはため息をついた。
「あと料理に使えそうな食材を教えてもらいました。カレンタ広場の青い天幕を張ってるところに行って『義弘の話を聞いてきた』って言えば話が通るようになっててそこで入手できるみたいです。」
「カレンタ広場の青い天幕?そりゃ、ポイベ商会の天幕じゃないか?何でも南方の珍しい食料を取り扱ってるとか言う。みんな胡散臭がってあんまり使いたがらないが。」
「使ってみたいので試しに数個買ってもいいですか?」
「そりゃ、かまわんが顔の広いやつと友人なんだな?」
「そうですね、私も驚きました。でもおかげで料理の種類を増やせそうです。」
「そうか、そりゃうちとしても大助かりだが。」
「もし、料理の数増やせたらその説明を書いたものを作っていいですか?」
「いいが、何に書くんだ?」
「?紙ですけど。」
「紙!だめだめ。あれは専門の職人が手間隙かけて作るからかなり割高だ。」
「でも、もらっちゃいましたよ。義弘君から。」
「なに!?何考えてやがる、あの男は?」
「私もそう思います。」
巴と親父さんは例の怪しげな男が出て行った扉を見つめた。
「さーて、農家にでも行ってみるか。」
このとき、義弘は自分の行動によってこの世にドレッシングと数々の新メニュー、お品書きが生まれることを知らない。
男、絶賛迷子中




