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第九話 俺、異世界に迷い込んでしまったみたいです

 そうしたら、とりあえずこれまでに判明している考察材料について整理してみるとしよう。


 彼女たちと俺の性的価値観が逆転していることは、これまでの彼女たちとのやり取りの中でほとんど明らかになったと言って良いだろう。


 それに、先ほどピンク髪少女が他二人の暴走を止めた時、金髪少女と銀髪少女は性的興奮を覚えていた……ということも分かっている。


 つまり、判明していることを一つにまとめると……俺とは異なる価値観を持った二人の少女が性的な衝動を抑えきれず俺の肌に接触しようとしたところを、寸でのところでピンク髪少女が待ったをかけた……ということになる。


 ふむ、こうして考えると……何だか、女性に痴漢をはたらこうとしていた男を捕まえるシチュエーションによく似ているな。違いとしては、そこに同意があったかなかったか……というところだろうか。


 って、あー……そういうことか。同意があるか否かはどうであれ、彼女たちにとっては女性が男性に性的な目的をもって接触しようとすることそのものがいけないこと……ってわけだ。


 この場合、痴漢……ではなく痴女……というべきか? まぁ、とにかくそういうルールがあるのだろう。


「えっと、女性が男性の身体に触れるのは、同意の有無に関わらずいけないこととされている……とかですかね?」


 余計な疑問が追随してくる前に、俺はさっさと自分の考えた回答を口にした。


 そんな俺の答えを聞いたピンク髪少女は……少しだけその目を丸くさせていた。


「おお、凄いね……ほとんど正解よ。より正確に言うなら、同意を得ていない状態で女性が男性に性的接触を図るのは犯罪……ってところね。つまり、この二人はさっき犯罪者になりかけていたってわけね」


「はうぅ……、ごめんなさい……」


「うっ……す、すみませんでした……」


 ピンク髪少女のそんな言葉に、両サイドに座る銀髪少女と金髪少女がそれぞれしゅんと肩を竦めてそう頭を下げてきた。


 しかし……、俺は俺で彼女の言葉には少しばかり引っ掛かりを覚えていた。


「いえ……お二人とも、お気になさらないでください。それより……あの、その言い方だと、同意があれば問題ない……というようにも聞こえるのですが……そうなると、先ほどの場合は止める必要がなかったような……」


「まぁ、言いたいことは分かるわ。でもあなた、一瞬後退っていたじゃない。確かにその後、あなたは同意の言葉を口にしてはいたけれど……あんな挙動をしていた時点であなたの意には反していることになるわけだから、恐らく世間はあれを痴女罪って認めると思うわよ」


 ……そうか、あの挙動まで気付かれてしまっていたのか。いやまぁ、あれは単にちょっと気圧されてしまったってだけなんだけど……そうか、それでも許されはしないのか。何というか……かなりシビアだな、痴女罪とやらは……。


 というか……ん? 犯罪……ってことはだ、つまりお国公認で悪いこととして扱われている……ってことだよな?


 となるとやはり、先ほど考えたように彼女たちは異国の人であるという可能性が濃厚……ということなのか? いや……しかしそうなるとどうしても、各国での常識のずれがあまりに大きすぎるのが気に成ってしまうわけで……。


 それに……ピンク髪少女が犯罪を確信して二人の蛮行を止めた……ということはだ、要するに今いる場所は少なくともその犯罪が適応される場所である……ということになるのでは?


 だって……そうだよな、ここが日本なら、恐らく先ほどの騒動程度じゃ彼女たちが犯罪者に仕立て上げられることはないだろう。……ってことは、俺は今……日本の外にいるってことか?


 一夜にして、俺は海外の知らない森の奥まで連れてこられた……と? そ、そんなこと、あり得るのか……?


 そんな風に思考を繰り広げていると、またも目の前から声が届く。当然、ピンク髪少女のものだ。


 見ると、彼女の口元は僅かに綻んでいた……。まるで、俺が今何について考えているのかまではっきりと理解しているかのように。……いや、実際に分かってしまうのだろう、彼女には。


「やっぱりあなた、なかなか勘が鋭いわね……良い感じよ。それじゃああと二つ……ねえ、あなたも多分思ったと思うけど、何であたしは二人が犯罪者になるって判断できたのかしらね?」


「……ここがその痴女罪?の適応範囲内だから……ですか」


「ええ、大正解。じゃあ……最後ね」


 彼女はそう歓声を上げると、元々人差し指を立てていた左手とは逆……今度は右手の人差し指をピンと伸ばし、再度俺に問いを投げてきた。


「犯罪ってことはつまり、法によって裁かれるってことよね? それってさ、国によって定められているわけじゃない? ……でもさ、貞操観念っていうのかしら……そういうのって普通、全世界共通のものだと思わない?」


「え、ええ、そう思います……。だからこそ、訳が分からなくなってしまって……。世界共通のはずの性的価値観が、どうしてか自分と貴女方とでは違っていて……」


「そう、あなたとあたしたちはそれぞれ違った価値観を持っている。全世界共通のはずの性的価値観が一致していないわけね。これっておかしいわよね? 普通、同じ世界の住民だったらこんな食い違いは起こらないはずだもの」


「そうですよね……ん? 同じ世界だったら……?」


 ふと、俺は彼女の言い回しに新たな引っ掛かりを覚える。同じ世界……それはまるで、違う世界が存在している可能性を示唆しているかのようにも聞こえてしまう。


 そして、俺はそこで思い出した……昨晩、求人広告に紛れるようにして俺の目に留まったとあるゲームの広告の存在を……。"異世界生活、始めてみませんか?"と掲げられたあの広告を……。


「い、異世界……」


 つい、そんな単語が俺の口からこぼれ落ちてしまう。


 本当なら、そんな単語は馬鹿馬鹿しい妄想だと切り捨てられてしまうはずなのだが……しかしながら、今の状況においてはそう一蹴されることはなかった。


「ふふっ、おめでとう、百点満点ね」


 ピンク髪少女が、そんな俺の呟きを満面の笑顔を浮かべてそう肯定したのだ。


「改めて、答え合わせをしましょう。今あなたが言った通り、ここはあなたからすると異世界に当たるわ。故に、あなたとあたしたちで持っている常識が逆転しちゃっていても、それがまかり通ってしまうわけね」


 そうして、"すごいわね、あなた"と一頻り俺を褒め唱えてきたピンク髪少女は、それからこほんと一つ咳払いをすると、これまでの話をまとめるように改めてそんな事実を口にした。


 そんな彼女の言葉を正面から静かに受け止める俺だが、しかしながらその内心は穏やかな状態ではなかった。


 彼女は確信を持っているようだが、俺からすれば異世界なんて言われてもそうそう信じられるものではない。というか、どうしてピンク髪少女はすんなり異世界というパワーワードを飲み込めているのだろう。


 しかも、その確信したような態度もよくよく考えたら訳が分からない。まるで、本当に異世界が存在しているのを知っているような……さっきからそんな感じの言動ばかりな気がする。


 だが、状況を完全に飲み込めているのは今この場ではピンク髪少女ただ一人だけのようだ……。


「い、異世界……、にわかには信じられないわ……」


「わ、わたしも……。そんなの、本当にあるの?」


 ピンク髪少女の両サイドに座る金髪少女・銀髪少女が、それぞれ困惑したようにそう声を上げる。そ、そうだよな……きっと、俺がこうして疑念を覚えているのだって普通のこと……なんだよな?


 目の前でピンク髪少女に詰め寄る金髪少女・銀髪少女のそんな反応を眺めながら、俺は自身の思考が正常であったことに安堵の息をこぼしていた。


「落ち着いて、二人とも。確かに、異世界なんて急に言われても現実味は湧かないわよね。実際、あたしも半信半疑だったの、さっきまでは」


 そんな俺の様子にも目敏く気付いたらしいピンク髪少女は、しかし冷静な態度を崩すことなく、取り乱す金髪少女と銀髪少女をそう宥める。


 それから、この場にいる全員に対して何事かを語り始めた。


「実はね……昨日の夜、友達に会いに教会まで出向いてたの」


「友達……って、クリスちゃんのこと?」


「そう。それでね、実際にあの子に会ったのだけど……なんか、随分と慌てた様子だったのよ。だから、気になって何があったか聞いてみたんだけど……そしたらね、"異界の扉が光り出した"って言ってたの」


 唐突に語られ始めた彼女の昨晩の話……。それと今の状況に一体何の関係が……?と初めは思っていたのだが、"異界の扉"という単語が彼女の口から飛び出したところで、俺……だけでなく、金髪少女・銀髪少女含めた三人の顔色が一気に変わった。


「い、異界の扉……!? そ、そんなものが教会に……?」


「ええ。あたしも昨日まではその存在すら知らなかった……でも、本当にあったのよ、そんな代物が、教会の最奥にね。しかも、あの子の言う通り、光ってたわ」


 金髪少女からの驚きの声に応えるように、ピンク髪少女は一つ小さく頷いた。それから、昨晩自身が目にした事実をぽつぽつと語っていく。


 というか……実際に見たんだな、その異界の扉とやらを。いかにも秘密にしていますって感じに教会の最奥にしまわれていたと思しきそれを、こんな少女にあっさり見せてしまって良かったのだろうか? ……いや、実際に見せてもらえたってことは、良かったってことなんだろうけど。


「み、見れたんだ……ほへぇ、そんなものが教会に……」


「別に秘匿されていたわけじゃないらしいわ。ただ、長らく使われていなかったみたいで、いつの間にか教会関係者以外の人間からは忘れられてしまっていただけらしいのよ」


「なるほど。だから、父上や母上からもその存在について聞いたことがなかったわけね」


「そういうことね。きっと、あたしたちみたいな子供だけじゃなくて、大人でもその存在を把握しているのは少数なんでしょう。まぁ、教会の人間も、もはや置き物と化しただけの代物の存在について態々外部に話したりもしないだろうしね」


 ふむ……そうして長年放置され続けたがために、ほとんどの人の記憶からその存在が抹消されてしまったわけか。


 しかし、昨晩それが長い時を経て再び反応を示したことで、教会外の人々にも改めてその存在が知られるようになった、ということだろう。


 ……だが、少し引っ掛かることがある。先ほど彼女は、"使われなくなって、徐々に忘れられていった"と言っていた。その"使われなくなった"という表現がどうも気になってしまう。


「あの、質問よろしいですか。異界の扉……でしたっけ、昨晩それが光を発するようになっていたんですよね? ……それって、突然光り出したんですかね?」


「……やっぱり、よく頭が回るわね。えっと、答えはNOよ。聞いた話では、数日前に神父様がそれに祈りを捧げていたみたい。そうすることで、異界の扉は開くらしいの」


 やはりか……いやね、"使われなかったら忘れられる"ということは、裏を返せば"使用によって大衆に認知されるようになる"という意味にもなると思ったんだ。


 だが、どのようにして認知されるのか……そう思った時、教会にいるらしいピンク髪少女の友人が慌てた様子で彼女に異界の扉が反応を示したことを伝えてきた……という、最初の方に彼女の口から発せられた内容を思い出した。


 つまり、今回の事例のように、扉が反応を見せたという情報が人から人へ伝わっていくことで、次第に大衆に認知されていくのではないだろうか。


 そう考えた時、俺の頭の中には"使われる→認知される"という式と、"反応を示す→認知される"という式……そんな二つの式が思い浮かんだ。


 ということはだ、この二つの式から"使われる=反応を示す"というもう一つの式が導き出せるのではなかろうか。


 ただ、これを証明するには条件があった。それが、今彼女に質問した"突然、何の誘因もなく扉が反応を示す可能性"というものだ。それがあり得るとするのなら、即ち使われずとも反応を見せることがあるということになり、俺が仮定した式はその瞬間破綻することとなる。


 ……でも、彼女からの答えはNOであった。祈りを捧げることで反応するようになる……とも言っていた。故に、俺の仮定式はこれで確実に証明されたことになる。


「そうでしたか……、なるほど。ということはつまり、異界の扉を開く必要性が出てきた……ということなのでしょうか」


「あっ、そうよね、そういうことになるわよね。だって、使われていなかったってことは、使う必要がなかったってことだものね」


「うん、二人の言う通りよ。この国……ひいては世界の命運が危ぶまれている現状の打破のため、異界の扉の使用の可否について以前から教会内で決議が進められていたらしいの。それがようやく本決定されて、使用に至ったってわけね」


 俺、それから金髪少女の言葉に頷きを返したピンク髪少女が、異界の扉が使用されるまでの経緯(いきさつ)について教えてくれた。


 しかし……ふむ、世界の命運が危ぶまれている……とは、一体どういう意味なのだろう。何かしらの食糧難にでも苛まれているのだろうか。


「あっ、そうそう。話し忘れていたけど……そもそも異界の扉っていうのは、この世界とこことは違う世界……つまりは異世界ね、そんな二つの世界を繋げて、異世界の人をこの世界に招くための扉なの」


「そう……でしょうね。でも……そんなものがあって、しかも実際に効果を示しているってことは、本当にあるのね……異世界って」


「エルが嘘を吐くとも思えないし、そういうことだよね。それにわたしたち、実際にそれっぽい人とも会っちゃってるわけだしね」


 そんな俺の内心での疑問を他所に、ピンク髪少女はうっかりしていたというようにパンと手を打ち合わせると、ここまでなされていなかった異界の扉の存在意義について言及した。


 まぁ、俺が異世界に迷い込んだ云々の話から扉の存在が明かされたわけだし、概ね予想はついていたが。それに、名前からして異世界関連なことは分かるしな。


 当然、金髪少女も銀髪少女も同じ考えには至っていたようで、各々が異世界という摩訶不思議な存在を現実のものとして受け入れ始めていた。と同時に、徐々に俺のことも異世界人として認識するようになってきたようだ。


 というか……そうだよな、扉が反応を示したタイミング的にも辻褄が合ってしまうわけだし、今回呼び出された異世界人っていうのがきっと俺のことなんだよな。


 ……信じられない事象のはずなのに、いろいろと証拠が揃いすぎて……俺も流石に現実を受け入れざるを得なくなってきた。


 ただ、俺が異世界に来てしまったことについては飲み込むとして……しかしその一方でこうも考えてしまう。世界の命運と異世界人の招集との間にどのような関係があるのだろうか……と。


 口ぶりからして救世主的な存在として見られているようではあるのだが……うーん、異世界人がたった一人招集されたところで、そう簡単に状況が一変するとも思えない。


 それこそ、二世界の人間同士の間に何か決定的な違いでもない限り、呼んだところで無意味な気がしてならない。


 だが、少なくとも今こうして俺と対面している三人の少女からは、持っている常識以外に俺との相違点はそう多くは見つからない。精々、髪色が個性的で、恰好が奇妙ってくらいなものだ。……服装に関しては文化の違いくらいのレベルだろうしな。


 まぁ……何にせよ、この世界に迫る危機とやらが分からない限りは、救世主として呼ばれた理由も考えようがないな。はてさて……、この世界が直面している危機とは一体何なんだろうな?

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