第十九話 救世主召喚の裏に隠された真実とは……
先ほどからちょくちょく呟かれてはいたが、彼女はラティスというらしい。
というか、この世界と俺の世界の二つの世界を統括している……と言っていたが……確か俺の世界って、幾つかの宗教が存在していなかったか?
なのに、統一神……ということはつまり、各宗教によって区別されていたはずの神というのは、結局は同じ存在だった……という落ちか? 俺はどの宗派にも属していなかったから良いものの、敬虔な教徒には少々酷すぎる真実だな。
などと内心で苦笑を浮かべながらも、俺も彼女に倣って名乗っておくことにした。
「あー、えっと……渡会玖朗です。……って、そういえばさっき、自分の名前呼んでましたね」
「はい、存じております。この度は、私の不手際で大変なご苦労をかけさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
と思ったら、自己紹介もそこそこに頭を下げてきた神様。不手際……と言っているが、当然俺には彼女に謝られるような心当たりはない。
「あの、不手際……とは、一体どういうことなのでしょうか、ラティス様」
なんで俺は電話越しに神様に謝罪されているのだろう……と、非現実的な疑問に首をかしげていると、俺の代わりにラフィリアさんが神様の言葉の審議を確かめてくれていた。
全員の意識がスマホの奥の彼女へと集中する中、神様は一つ頷くと改めてその口を開く。
「それはですね……」
そうして、彼女の口から語られたのは、俺がこの世界に呼び寄せられることとなった実際の経緯や、俺が異界の扉に近付くことができない理由など……誰も知ることのなかった真実であった。
曰く、これまでの生活の中で心の崩壊が生じてしまっていた俺を心配した神様が、これ以上俺がその世界に居座り続けることを危険視し、丁度良く行われた救世主召喚に乗じ、俺を誘導してこちらの世界へ引き込んだ……のだとか。
本来、神様は簡単に世界の事象に干渉することはできないようで、異界の扉が開かれることでようやく世界への干渉が許されるらしい。
「正直、賭けでした。玖朗さんにあの求人広告擬きを見つけてもらえるかは……。ですが、どうにか見つけてもらえたようで……そこは安心しました」
ふむ……、あの求人広告は神様自ら俺に仕向けたものだったらしい。ただ、何故俺だったのだろうか? ピンポイントで俺に心配の目が向けられる理由がよく分からない。俺以上の悪環境の中で生活している人だってきっといるはずなのに……。
というかそもそも、俺って心壊れてるの? 確かに、ほとんど無感情ではあるけど……それだけで壊れているということにはならないような……。
「ですが、それで気が緩んでしまい……玖朗さんの転移地点の設定を間違えてしまったんです……。本来なら、今貴方方がいるその部屋に出現させるつもりだったのですが……」
なんていう俺の疑問を他所に、引き続き経緯の説明を行う神様。
一旦、俺の心事情については置いておくとして……そうか、なるほど。俺が森の中で目覚めたこと……それが神様の不手際だったのか。
一歩間違えれば命を落としかねないミスではあったが、結果的にシロやエリーゼさんたちに出会えたわけだしな……特に気にするようなことではない。
というか……あれだな、元々今俺たちがいるこの部屋に出現させるつもりだった……ということは、元より俺を異界の扉の前に出現させるつもりはなかった……という風な捉え方もできるよな。
となると、あの見えない壁も神様が作ったもの……と考えるのが妥当なのだろうか。うーむ……しかしなぁ、そうする理由が分からない。
「転移先の設定ミスについてはお気になさらないでください。それよりも、今の言い方だと最初から異界の扉の前に出現させるつもりはなかったという風にも聞こえてしまったのですが……」
「ええ、貴方を異界の扉へ近付けさせるつもりはありません。少なくとも、今のうちは。……だって貴方、異界の扉に近付くことができるならどうするおつもりです?」
「それはもちろん、元の世界に帰りますけど……。この世界の人たちの迷惑にはなりたくありませんし、それに……家族にも迷惑をかけるわけには……」
「でしょう? だから、その選択をさせないよう予め対策を施させていただいたのです。貴方を元の世界に戻すわけにはいきませんから」
俺を元の世界に帰すわけにはいかない……それは何故? もしかして、俺って自分が思っている以上に神様から心配されてしまっている……のか?
「あ、あの……それってどういうことなのでしょうか」
「先ほど、クロウ様の心が壊れてしまっている……と仰られていましたが、それと何か関係があるのでしょうか」
俺より先に、エリーゼさんとクリスティアさんが神様にそう尋ねていた。俺専用の見えない壁まで貼って、俺を元の世界から遠ざける理由……そりゃまぁ、気にならないわけがないわな。
先陣を切ったエリーゼさんとクリスティアさんに限らず、ラフィリアさんたち他の面々もその理由が気になっていたようで、神様からの説明を固唾をのんで待っていた。
「その辺りについて説明するには、玖朗さんの元の世界での生活について話す必要があるのですが……皆さんにお話ししてもよろしいですか、玖朗さん」
「えっ、あ、まぁ……構いませんが」
問われるまま、俺は咄嗟にそう頷いてしまった。
俺的にはそれなり……という程度のものだが、それでも劣悪な家庭環境だったことに変わりはない。そんな俺の事情について、この場にいる人たちに説明してしまって良いものか……という迷いもあるにはあったんだがな。
でもまぁ、こうなってしまった以上は説明する義務があるのも確かか。咄嗟の首肯だったが、神様への返答を撤回はしなかった。
「そうですか、ありがとうございます。……では」
そうして、神様の口から語られた俺のこれまでの生活の一部始終。
実の親に捨てられ、新たな家庭に拾われたと思ったらネグレクトに合い、さらにはバイト先でも酷な仕打ちを受けていた……という俺の人生のすべてを、神様は事細かに皆へ説明してくれていた。
てか、実の親に捨てられた理由は俺も初めて聞いたな……。子供を作るつもりはなかったが、避妊に失敗してしまったがために俺が生まれ、親としての責任もなかった彼らは生後すぐの俺を野外に放置し、そのままどこか遠くへ……みたいな、割とありきたりな理由だった。
まぁ、今更それを聞いたところで何を思うでもないけどな。……というかやはり、これくらいのネグレクトなら俺以外にも受けている人はいると思うのだが……うーん、何故俺が神様の目に留まったのかがどうも謎だ。
それに、心が壊れていると断定される理由もやはりよく分からない。心が壊れるっていうのは、多分だけど廃人になってしまう……みたいな感じじゃなかろうか。
俺、確かに無感情ではあるけど、これは環境に適応するためにそうなったってだけであって、ちゃんと意思自体は持っているつもりだ。廃人とは到底思えないのだが……。
「……というわけですので、彼をこれ以上劣悪な環境下に置くわけにはいかず、強引ではありますがこのような対策を取らせていただいた次第です」
なんて考えている間に、神様による俺の事情の説明は終わっていた。
……と同時に、周囲から鼻を啜る音が聞こえてくる。気になった俺は、視線を上げて周囲を見回してみる。
「酷い……、酷すぎます……」
「はい、本当に……。まるで、人の心がないみたいです……」
「クロウくん……そんな大変な思いをしてきたんだね……うぅ」
「……確かに、そんなところにクロウを帰すわけにはいかないわね」
四人の少女たちが、さめざめと涙をこぼしながら口々にそんなことを呟いていた。
悲しみだったり、怒りだったり……彼女たちの呟きからはそれらの感情がひしひしと伝わってきたが、そのどれもが俺のことを思っての感情だということはすぐに分かった。
……どうやら、彼女たちがここまでなってしまうくらい、俺のこれまで過ごしてきた環境は酷かったらしい。当人故、あまり実感はしていなかったのだが……ふむ、こうして周りの反応を見たことで、少しだが神様が俺を心配した理由にも頷けた。
「よくもご主人を……許さない」
そんなことを考える俺の背後では、シロまでもが怒りの感情を露わにしていた。魔獣の感性をもってしても、俺がこれまで過ごしてきた環境には感情移入をしてしまうらしい。
俺のためにここまで悲しんでくれる人がいる……、怒ってくれる人がいる……。そう考えた時、先ほどにも感じた胸の中の温かさとともに、何かこう……胸が締め付けられるような……そんな感覚を俺は覚えていた。
当然、不快だとは思えない。むしろ、俺のために怒り悲しんでくれる彼女たちの傍にいられるというこの状況を心地よいとすら思ってしまっていた。
「……皆さんの様子を見て、私の判断は間違いではなかったと確信できました。皆さんのような優しき心をお持ちの方々の傍でなら、玖朗さんの心のリハビリもきっと上手くいくはず……」
本日何度目かの心の違和感に首をかしげていると、スマホのマイク越しに感泣する少女たちの声を聞き取った神様がそんな安堵の息を漏らしていることに気付く。
なるほどな……、心のリハビリか。何となくだが、話が見えてきたな。相変わらず俺の心が壊れている前提で話を勧められていることについては……まぁ、ひとまず目を瞑ろう。
「良いですか。異界の扉の保管室に貼ったあの障壁……あれは苦朗さんの心の状態とリンクしています。彼の壊れた心を修復しない限り、あの障壁が消えることはありません」
……まぁ、そうだよな。要するに、俺はこの世界に自身の壊れた心の治癒を図るために呼ばれたわけだ。救世主かと思いきや、むしろ俺が助けてもらう側だったということになるな。……何だ、この目的の逆転は。
「つまりは、我々の力でクロウ殿のお心を救って差し上げる必要がある……ということなのですね、ラティス様」
「ええ、そういうことになります。玖朗さんの心を癒し、欠落した感情を取り戻させる……その役目を、貴方方に任せたいのです」
「しかと、承りました」
しかし、ラウスさんは特に何の疑問も持つことなく、神様からのお願いに力強く首を縦に振ってしまっていた。
見ると、他の面々も同じように了承の意を示している。相手が神様とはいえ、何だかあっさりと受け入れすぎなのではなかろうか……。き、救世主の件は良いのか? 人口、ピンチなんだよな?
……あと、周囲の反応を気にしすぎて肝心なところへのツッコミが遅れたが、今しれっと欠落した感情をどうの……とか言わなかったか、神様。
えっ、どういうこと? もしかして、無感情であることそのものが、俺の心の崩壊の原因なのか……? 感情を失っただけで壊れるとか……俺の心、脆すぎない?
でもなぁ、神様が態々嘘を吐くとも思えないし……うーむ、これは"そういうもの"として無理矢理飲み込むしかないのか。
なんて風に、自身のメンタル事情についてはやや乱雑に間欠させることにした。というか、これ以上考えても、冷静さを欠いている今の状態じゃろくな思考などできないと考えた。
「で、ですが神様……、元々皆さんは世界の救世主を求めていたわけですし、自分なんかの心のリハビリにかまけている時間はないかと……」
それはそれとして…だ、今はひとまずもう一つの懸念について解消しておこうと思った。全員が協力ムードの中で発言するのも少々躊躇われはしたが、これも重要なことと思い声を上げた。
けれど、そんな俺の不安にも、神様は決して動じることなく返答を寄こしてくる。
「いえ、実はその……玖朗さんにもやっていただきたいことはあるんです。されるがままでは、貴方は決して満足しない方である……というのは分かっていますから。……その人柄に付け込むような形になってしまうのは非常に心苦しくもあるのですが」
俺の懸念を払拭するように、神様からそんな要求が告げられた。どうやら、彼女には俺の特性もお見通しだったらしい。
ただ、その一方で罪悪感も同時に覚えてしまっているらしい神様。俺の特性を利用するような懇願の仕方をしてしまっている……と気にしているようだ。
俺としては、弱みに付け込まれた……とか、そういうことは思っていないわけだし、そんな思いつめるようなことではないのだがな……。
「付け込まれたなんて思いませんよ。それよりも、自分の役割とは……一体何でしょう」
それよりも何よりも、やはりやってほしいことがある……という彼女からの要求に期待を膨らませずにはいられなかった。
俺にできることなら何でもやる……そんな気概で、俺は神様から与えてもらえる役割の詳細を促した。
「それなら良いのですが……。えっと……それでですね、貴方には当初の目的通り、救世主としての役割を松任していただきたいと考えています」
……だがしかし、遠慮がちに神様から発せられたその内容に、それまで期待に膨らんでいた俺の気分は急激にずしりと重さを増してしまう……。
救世主としての役割……それはつまり、この世界の女性との間に子を成すというものだろう。
神様なら、俺がそういう行為に及べない事情についても把握してくれているのだろう……と勝手に思い込んでしまっていただけに、感じる落胆は余計に大きかった。
「……申し訳ございません、それだけは……できません」
重い唇を何とか開き、辛うじてそんな謝罪の言葉を紡いだ俺。……こればかりは、幾ら頑張っても俺には難しいのだ。
「ご安心ください、玖朗さん。救世主としての役割は、貴方が今考えているような行為だけではありませんから」
けれども、次に神様の口から語られたその返答……それは俺にとってはこれまた予想外のもので、落ちかけた俺の視線は再び画面の中の神様へと集中してしまう。
「もちろん、子孫繁栄にもお力添えいただけるのがベストではあるのですが、今はまだ難しいかと思います。ですが、心が回復すればおのずと事情も変わってくるでしょうし、そちらについては追々……ということで平気です」
「そ、そう……なのですか」
「はい。そうではなくてですね、貴方にやってほしいのは、この世界に蔓延している呪いの解呪なのです」
種馬としての役割は今はまだ考える必要はないと言われ、つい安堵の息をこぼしてしまう俺。
そんな俺に神様が告げてきたのは、この世界の人々にかけられた呪い……男性数の極端な減少を止めるための役目だった。
いずれ物語内でも言及されますが……念のため。
心のリハビリは既に始まっています。"無感情"の割に彼の情緒が若干不安定なのはそういうことです。




