平穏な日常
「ファウルスー、起きなよー。」
乾いた風は花びらを舞い上がらせ、匂いを運んだ。櫓の上からは少しだけ空が近く感じた。伸ばした掌に一片の花びらが落ちた。それをぐっと掴んだところでエディナが登ってきた。
「やっぱりここにいた!いつもここで寝てるんだから。早く支度しないとばっちゃん怒るよ。」
「あぁ、わかってるよ。でも、もう少しだけここに居たいんだよ。」
今日は14回目の誕生日だった。エルナ村では14歳になると立派な大人とみなされ、14歳になる者を集めて宴を催す。宴は夕刻からのため、まだ時間があった。村はずれの丘にある櫓からは村の様子がよく見える。エディナも隣に腰を下ろした。
「なぁ、エディナ……。俺は村を出ようと思う。親父がくれたこの剣にも何か意味があると思うんだ。この村は居心地がいいよ。でも、やりたいことも何も見つからない。ただ退屈な人生を送りたくないんだよ。」
「えっ、村を出るの!?村の人たちには、何て言うの?退屈でも、居心地がいいなら村にずっといればいいじゃない。」
「村のみんなには悪いと思ってるよ。ここまで育ててくれたし、こんな俺でも優しくしてくれた。でも、俺は自分の生き方を見つけたい。それはここでは見つかりそうもないし、退屈なんだ。あの宴も、ただ……意味のないドンチャン騒ぎじゃねぇのか。」
「そんなことない!毎年、あの神具に選ばれる人を見つけるために……。」
「一度もそんな人間が現れてもいないのにか?」
世界には特別な力が秘められた様々な神具が存在するといわれている。エルナ村にも一振りの刀が祭られていた。
―遥か昔、神具をもって戦争を引き起こし、世界を統べようとした王がいた。すでに世界の半分を支配した強大な力に対抗すべく、各国は力を合わせて戦った。その後、王は打ち取られ、各国は辛くも勝利を収めた。村の刀はその時、王に対抗するために立ち上がり、幾千もの兵士を打ち倒した14歳の剣士のものである、と伝えられている。それに因んで宴が行われる際に14歳になる者が鞘から引き抜くことを試みる。
「そうだけどさ、きっと意味はあるよ。それに今年は現れるかもしれないでしょ。」
「いや、それはないな。今年は俺以外にあの二人だろ。前に悪戯で試したことがあるんだよ。当然、誰も抜けなかったし、クソジジイに見つかるしでひどい目にあった。」
「あはは、それはファウルスが悪いよ。……そっか、じゃあダメなのかもね。」
「まぁ、まだ時間はあるしもう一眠りしてから行こうぜ。」
「そうだね。風が気持ちいいし、少しだけなら。」
エディナは俺にもたれると、暫くしてスースーと寝息を立て始めた。昨日から宴の準備でほとんど寝ていなかったようだ。髪をそっとかき分けて頭を撫で、瞳を閉じた。風の匂いに交じってほのかに薫る花の匂いが心地良かった。