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第2話 意志と役目

 ドワーフの王・ラマザンが参戦との発表があってから二週間、ティラはその翌日から多忙を極めていた。


【エキシビション・マッチ

 ファイター:ラマザン・アースグロウ(エルデルク国)

 ゴーレム名:《ブラーム》

 vs

 ファイター:ティラミア・レンタイン(タルタニア魔法学校)

 ゴーレム名:《パッカー》】


 との形で発表された時は、流石のティラも愕然とした。

 そしてすぐ、『代表として恥じぬ戦いを』と、徹底的して訓練を受けることになったのである。だが、教わるのは『身を守りながら、観客を沸かせる方法』であり、勝つための方法はまったく教わっていない。

 この日もそんな訓練をしているのを見たカルラは、格納庫でパッカーの修理を行いながら、「ラマザン王には逆効果だぞう」と、唇を尖らせる。


「仕方ないでしょ。歴史的和解への第一歩になりそうなんだから」


 ティラは汗を拭いながら言うと、「ところで、《ブラーム》って何のゴーレム?」と訊ねた。


「ああ。うちで作った新たなコア・“ブルブル”を搭載したゴーレムだなー。

 最新の《ウラヌス》をモデルに換装したけど……ま、別物だと思った方が早い。ぶっちゃけ、すげー強いぞー?」

「こっちもタダでやられるつもりはないわよ。

 王に『うっかり壊れたらゴメンね』って言っておいて」

「あっはっは! これはいい勝負が見られそうだ!」


 酒用意しとこ、と言うカルラに対し、ティラは心配そうにパッカーの方を見た。

 流石に頑丈な装甲であっても、今は随分と見窄らしい姿へと変えている。

 特に今日はクローアームまで異常をきたした。

 ティラの悲しげな目に気づいたのか、パッカーは『大丈夫です』と音声を発した。


「ごめんね、下手くそな繰り手で……」

『問題ありません。マスターの技術は日に日に上達しています。

 格上の者と戦い、自身に何が足りていないのか、何を学ぶべきかが見えてきています』


 ティラはそれに小さく頷いた。

 パッカーの言う通り、自身に何が欠けているか見え始めている。

 それは技術面――操作はもちろんのこと、最大の問題は『コーティングのタイミング』だ。

 とは言え、パッケージは利用できないので、純粋にダメージを軽減させる“耐衝撃”のそれしか施せない。

 どこに何を施すべきかと考えていると、自然と相手の動きが見え、的確にパッカーを動かせるようになってきた。

 それが訓練を始め、ちょうど二週間――つまり、今日だ。

 何かを掴みかけたその時、パッカーのアームが故障した。


「しっかし、お前も結構ヘイト集める女だなー。

 訓練相手の連中の誰もが、憎さ百倍の目をしてるじゃん」

「まぁ、今回に限っては仕方ないわよ。

 最高学年にとっては最後のチャンスなのに、コネで編入学したようなのに持って行かれたんだから」

「相手はラマザンなのになー。

 正直、相手してくれてありがとうってレベルだぞー」

「対峙した時はあまり恐ろしく見えなかったけれど?」

「今は割と落ち着いたけど、若いときは《キマイラ》なんか斧一本で仕留めてたぞ?

 前に戦った《ヒポグリフ》ほどじゃないが、今でも巨鳥ぐらいは弓で獲ってくるし。

 ああそうだ、ドワーフの国近くに蔓延ってた盗賊団も、頭が握り潰された頭領を吊してからいなくなったなー」

「それは、ゴーレム・ファイトの後に聞きたかったわ……」


 気勢が削がれたティラに、カルラは「怒らせないようにしろよー」と、大笑いした。


 ・

 ・

 ・


 格納庫を後にしたティラは、ぼうっとスタジアムに向けて歩を進めていた。

 入り口には【第2421回 ゴーレム・ファイト夏季大会】と描かれた看板が掲げられている。

 ティラは観客席への通路から、『関係者用通路』と書かれた入り口に視線を移した。

 夢見た憧れの舞台への入り口。ゴーレムが通れるように、大きく立派な門構えだ。

 自分もそこをくぐるのだ。緊張がますます高まってしまい、頭をぶんぶんと振った。

 看板には大会への参加選手表が貼られており、【エキシビションマッチ】と特別枠が設けられたそこに、自分の名と肖像画が掲げられている。ティラは何度も、確かめるように眺め続けた。


「パネルマジックとはこのことなのかしら……?」


 深緑のローブに身を包む緑髪の女――図書館の窓辺に佇み、流れ込む風に髪を遊ばせている。

 アンニュイな表情で景色を眺めているように見えるが、視線はわずかにこちらに向いている。その目は艶めかしく、見る者を誘っているような印象を与える。

 あまりに現物とかけ離れ、ティラには悪意しか感じられなかった。

 またそれは選手へ応援メッセージが書けるようになっており、自身の肖像画の周りにもたくさん応援文が綴られていた。


「あ、エルメリアのもある!」


 肖像画の横に、青く丸みを帯びた可愛らしい字で


【ティラミア・レンタイン様へ――。

 貴女と初めて会った日のことを思い出します。

 右も左も分からなかった私の腕を掴み、導いてくれましたね。

 夢へと歩む姿を傍でずっと見てきました。

 ついに、その夢が叶いそうだと思うと、私も喜びで胸が一杯になります。

 ですが試合まで心配でなりません。体調は大丈夫ですか? おかしなの食べてないですか?

 お菓子ばかりもダメですよ? 睡眠時間は大丈夫? それと――】


 ティラは途中で読むのを止めた。

 その近くには同級生かと思われるのもあり、【貴女のパーソナルカラーに包まれた布、今でも鮮明に思い出されます】や【ヤらせてください! お願いします!】などと言った、欲望丸出しなのから【……この絵のモデル、誰?】と書かれたのもある。


「パッカーを動かして、学校の男全員ぶちのめしてやろうかしら……」


 今なら|《エルフ・スレイヤー02》を名乗れそうだ。

 ティラが目を釣り上げたその時、中に奇妙な――一見すると、“グラフィティ・アート”とも取れる、殴り書かれた文字があることに気づいた。


「何コレ? 【我々も応戦するブッ!】、【ガバんるんだブ!】?

 ……って、もしかして、あのオーク兄弟が書いたのこれ!?」


 メッセージよりも、ここまでオークの侵入を許した街のザル警備にまず驚く。

 だが、見つかるリスクを負ってでも激励しに来た気概に、ティラは素直に嬉しく思った。

 身をくるりと翻し、ゴーレム関係の店が並ぶ通りへと足を向ける。

 スタジアムの帰りはいつもここを通っていた。ゴーレム・ファイターになったつもりで歩き、ショーウィンドウに貼りつき、恨みがましくゴーレムの値段を睨み付けたことも、今ではずいぶんと懐かしく感じる。今でも最新型のゴーレムは格好良く見えるが、不思議と『これが欲しい』とは思えなかった。

 しばらく歩くと、パッカー用のオイルを購入した店の前に差し掛かった。

 なけなしの金をはたき、悪戦苦闘しながらパッカーの間接に油を差した――動きが良くなった(気がする)時の喜びは、今でも鮮明に思い出せる。

 オイルだらけになったな、と苦笑したその時……道の向こうで、鉄の塊を運搬している業者の姿が見えた。


(あれは……“ゴーレム墓場”行き、か……)


 鉄の塊をよく見れば、腕や脚などの輪郭だと分かる。

 ゴーレム・ファイトによって破損したパーツの交換、修理不能になった本体、買い換えによって廃棄に出されたゴーレムは、あのようにして専用の集積場に運ばれる。

 動かなければただの鉄の塊だ。ティラは一度だけ足を運んだことがあるが、雨ざらしになり、錆が浮かぶゴーレムの残骸の山は、あまり長く見ることはできなかった。


 ――役目を終えたから壊れるのだ


 パッカーのその言葉と比較すると、『果たしてそうだろうか?』とも考えてしまう。

 学校では、古くさい、ポンコツ、骨董品、などと誹られているのは知っている。

 だが、彼らからすれば“ガラクタ”なゴーレムが、今もこうして動き続けているではないか。

 当て馬とは言え、大舞台のメンバーに選ばれたではないか。

 ティラは、鬱々とした気持ちを払拭するかのように、強く短い息をついた。


「古くなったから捨てる。そんな連中に、目にモノ見せてやるわ!」


 ◇ ◇ ◇



 その頃、人間領のある国では――。


 ボロボロの紙を手にした青年がバーにやって来ると、息を切らせながらキョロキョロと誰かを探し始めた。その者がテラス席にいるの気づき、真っ直ぐ小走りに向かってゆく。


「おい、聞いたか!」


 青年の知り合いらしき者は、昼間からエール酒をあおり「何をだ?」と、興味なさそうな目を向けた。


「特ダネだよ特ダネ!

 今度のゴーレム・ファイトにあのドワーフの王が出るらしいぞ!」

「な、何だとっ!?」


 男は驚き、周囲の客も大きく見開いた目を青年に向けていた。

 二人はこの国で小さな新聞屋を営んでいるが、ここ最近鳴かず飛ばずである。

 まだ誰も手に入れていない情報を手にした青年たちは、周囲にダダ漏れなことに気づかず、大きな声で話を続けた。


「キルダーの奴から聞いたんだ、間違いない! これがその対戦表だってよ!」

「なになに――エキシビションマッチで、エルフの魔法学校の生徒と対決ぅ!?

 相手は超絶美女で、歴史的和解への第一歩となるか――おお、すげーじゃんっ!

 キルダーの街は、半分ドワーフに占領されてる街――ホンモノの特ダネだ!」


 青年らは抱きしめ合い、周囲の者は『皆に教えなきゃ』といそいそと席を立ち上がり始めた。

 それと同時に、カウンター席にいた男も、あまり減っていないエール酒をそのままに、ゆっくりと立ち上がった。夏場にもかかわらず、厚手のローブを纏っている。

 バーの店主はそれに「顔色が悪いが大丈夫かね?」と問うと、男はフードを目深に被りながら「大丈夫だ」と抑揚のない低い声を短く返した。店主は不気味な奴だと思い、「そうか」とだけ告げた。

 そのローブ姿の男は、まだ喜び合う男たちの脇を通り、裏路地に消えていった。

 そして、ある廃墟になった宿屋に足を踏み入れると、今度は地下倉庫へと身を沈めてゆく。

 真っ暗闇のそこには、巨大な灰色の輪郭が浮かび上がっている。男は畏れを隠しきれない様子で、先の出来事を話し始めた――。


『……ついに来たか』


 輪郭は、重い軋みを上げて動いた。


「ですが、まだそれとは限りません……ただの、戯れの可能性も――」

『ドワーフの奴が、戯れでエルフの地へ行くはずがない!

 奴らは見つけたのだ! 我が弟・2号機を!

 そして、ドワーフどもも3号機を完成させた!

 大会とやらに乗じ、奴らはをれを移動させるつもりだ!』

「で、ではまさか……」

『ついに、この俺が……この世界に君臨する時が来たのだ!』


 ローブの男は震え上がった。

 それは歓喜による震えか、恐怖による震えか分からない。


『大会参加者の一人を連れて来い――そうすれば、お前を解放してやろう』

「《バルログ》様、それは――ッ!」

『お前の代わりなぞ、いくらでもいるのだぞ?』


 《バルログ》と呼ばれた闇の一点が赤く光る。

 男は「ひい!」と小さな悲鳴をあげ、這うようにして階段を駆け上がった。

 この男は、“ゴーレムの墓場”へ廃パーツを運ぶ仕事をしていた。明日も分からぬ日々を送っていた、ある雨の日……そこで、この《バルログ》に目を付けられたのである。

 廃パーツを繋ぎ合わせた、死体の寄せ集めのような姿――あれこそまさに“悪魔”だ、と男は胸の中で叫び続ける。

 そして、その背後の闇の中から憎々しげな音声が響いた。


『失敗作扱いした連中に……今こそ、思い知らせてくれるわ!』

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