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第4話 獣人の村・ビステア

 オークの村を通る通行手形に、大人たちは懐疑的であった。

 しかし二体のオークの対応と若いエルフたち、そして大丈夫だと言うパッカーに押し切られる形で、渋々それに承諾する。

 大移動をしたとの言葉通り、彼らの泥を塗り固めたような住居はもぬけの殻で、ネズミや小鬼(ゴブリン)の気配すらない。

 残されているのは、鼻が曲がりそうな悪臭と骨だけである。

 首をすくめ、鼻の上まで襟巻きを覆う。“防臭”のコーティングを施していなければ、その衣類はすべて焼却しなければならないほど臭い。


『出口、またその先の五百メートルほどまで生体反応がありません』

「まるで盛者必衰ね」


 オークの集落に降り落ちる静寂、そこに遺された骨は、えも言えぬ終末観を漂わせる。

 そんな中で、カルラはちゃっかりと彼らの武器――肉切り包丁のような、戦うことだけを目的とした巨大な刃を摂取している。


 オークも広義では獣人に属しているため、彼らの通行手形があれば、“獣道”も通行できるようだ。それを使用したことで、あと三日と見ていた中心地までの距離を、この日の移動だけで集落の手前まで短縮することができていた。

 エルフたちの来訪は既に知れ渡っており、木を組んだ簡素な柵が見え始めた頃には、あちこちの茂みから獣の息づかいが聞こえる。

 そこは【ビステアの村】と呼ばれ、各種族の長が集う中枢区だ。

 そのせいか、村には犬のコボルド、猫のケットッシー、牛のタウロスなどの多くの種族が見受けられた。どれもが獣7:人3と言った、ケモケモしい姿形であった。

 ティラはそれらを物珍しそうに見渡しながら、感嘆の息を漏らす。


「獣人も、人間のような家を持ってるのね」

「はぁ……授業で説明したはずですよ……」


 シャイアは眉間に手をあてながら、大きなため息を吐いた。

 獣人たちの社会基盤の多くは人間界からの導入である。

 彼らまずバラバラに散らばっていた組織を一元化し、社会を作った。(とは言え、元々から強い者をリーダーとしていたので、それが形式化しただけに過ぎないが)

 そして、そこには貨幣文化が含まれている。ただし、商取引に関しては真似事に近く、『なんとなくこれぐらい』のやり取りだ。

 平たく言えば、『人間の真似事が面白いからやっている』だけ――と、シャイアは教師の口調で説明する。


「組織の長は持ち回り制。今はコボルドがその席についているから、この村に犬頭の彼らが多いのです。分かりましたか?」

「は、はい……多分、何となくざっくりと……」

「ああ……私も教師としてまだまだ未熟と言うことなのですね……」


 ティラは歩きながら眠れるスキルが得られそうだった。

 その横でエクレアが、「脳みそがコーティングされているのでは?」と、本気の心配の目を向ける。


「あ、ははは……カルラ、知ってた?」

「ん? 知ってたぞ?」

「……帰ったら、真面目に勉強しよ」

「あっはっはー! あれ、アタシ今すっごい馬鹿にされた……?」


 腕を組んで首を傾げるカルラを余所に、エルフたちの前には、木製の簡素な住居とは一線を画す、大きくしっかりとした建物が広がりを見せようとしていた。

 その建物の前には、黒毛のコボルドを中心とした獣人たちが数名並んでいる。

 ついに来た、と一行は顔を引き締めながら向かってゆく――。


「旅人たちよ、よく参ってくれた」


 黒毛のコボルドがさっと頭を下げる。

 それにシャイアは胸の前で腕を交差させ、グランドゥルは右腕を腰に左腕を腹部に当てながら、左足を引いて腰を落とす。遅れてティラとエクレアも、シャイアと同様に敬服の姿勢を取った。

 カルラは直立不動のまま、握りこぶしを作った右腕を胸に当てる。

 それぞれが、最上級の敬服を示す姿勢である。


「お初にお目にかかります、コボルドの長・ハウンド殿。

 そして、ケットッシーの長・ミケ殿、タウロスの長・マツザカ殿――」


 代表として、シャイアが辞令を述べた。


「うむ、それぞれ楽にしてくれ」


 コボルドは声を弾ませながら、五本指の両手の平を左右に広げた。

 唸るような口調で人語を話す。他の者もまた同じように喋るのだろう、とティラは思った。


「他の方々は?」

「ハーピーやオーク、ラコーンも皆それぞれすっ込んでしまいましてな。

 ここに残るケットッシーたちも、この挨拶を終えれば集落を離れる予定となっています」


 猫と牛の獣人は頭こそ下げたものの、そこには悪びれる様子はなかった。

 何かが起これば、その時の長の種族が対応にあたる――個が滅んでも、集は生き残る獣の考え方なのだろう。

 ティラは、『末端の者が首を突っ込むべきではないけど……』と、思っているが、どこか無責任さを感じムッとしていた。

 それにグランドゥルが、「それほど深刻な事態なのですか?」と、神妙な面持ちでハウンドに訊ねる。


「うむ……。トレントが弱っているのもあるが、それ以上に厄介な奴が起きてしまいましてな……」

「厄介な……?」

「ええ……」


 ハウンド言いづらそうな面持ちで、山の向こうを仰ぎ見た。

 青々とした空を拝見にした山の中腹に、白い建造物がある。

「あれは【風の神殿】ですか?」シャイアはつられるようにして目を向けた。ハウンドが答えるより前に、パッカーが先に音声を発した。


『モンスターがいます』


 突然のそれに、獣人たちは驚きおののいた。


「な、なんとっ、このゴーレムは……まさか、フンババか!?」


 ハウンドの声に、他の獣人たちも「おお……」と、驚きにも喜びにもとれる声をあげた。

 それにティラは「そんな大層なものじゃ……」と、苦笑しながら顔の前で手を一振りする。


「そりゃまぁ、口じゃないですけど水も吐きますし、火も噴きますし、死は……まぁ()力ですが使えますし、気配も結構遠くまで感じ取りますが、そんなものじゃ……」

「こ、これはどこにあったのだ!?」

「え? えぇっと……パルカ遺跡の地下に……」


 それを聞くと、ハウンドは「おお、おお……!」と吠え声のような声をあげ始めた。


「奴が神殿に降り、トレントに何かあったのもこの兆候だったのだ!

 自身の役目を終える――“森の守護者”が目覚めたからなのだ!

 おお、おお、ついに、“炎の悪鬼”を屠る伝説が実現するのだ! この私の代で!」

「え……」


 ティラもエクレアも、『聞き間違いではないか』と、どちらからともなく顔を見合わせた。

 だがその行為が、聞かずとも聞き間違いではなかったことを証明していた。


「そ、それはいったいどこで……」

「風の神殿だ。【悪鬼目覚めし時、二つの守護者が動き出す】と、石碑にあるのだ。

 片方は森、片方は地――詳しいことは崩れて読めないが、言い伝えでは炎の悪鬼を屠るとあるのだ」


 ハウンドは興奮しきりである。


「そこに……でも、モンスターって何が?」

『《ヒポグリフ》です』

「ひ、《ヒポグリフ》ぅっ!?

 あの、ワシとウマのハイブリッドの!?」

『はい。そうです』


 エルフは仰天し、ドワーフは不敵な笑みを浮かべ、獣人たちは揃って沈んだ顔をした。

 《ヒポグリフ》は、グリフォンの獅子の身体を馬に変えたような姿をしていると言われるが、実際はペガサスの頭をワシにした方がイメージしやすいモンスターである。

 性格は極めて獰猛で、まさに空を駆けるように飛んでは、急降下して地上の獣を狩る。身体を覆う羽毛はぶ厚く、並大抵の武器では歯が立たない。

 また獣は音に敏感であるため、超音波のような鳥の雄叫びは彼らには猛毒である。


 獣人たちが集落を去るのはこのためだろう。手の打ちようがまるでないのだ。

 地の者が天を目指して塔を建造したとしても、天罰の落雷を受け、争いを呼ぶのがオチである。

 否、彼らにも方法はあった。しかしそれが、今機能していないのが問題なのだ――。


「大樹・トレントがいれば、奴も攻めにくくなるのですが……」


 ハウンドはしょんぼりとしながら言った。

 それは、樹齢数千年とも言える巨大な大木であった。

 天には届かずとも、そこに向かって伸びる彼は、ここで唯一の対抗馬だ。

 そこに種子などをくっつけられれば、いつぞやの不良娘・イザベラのように、ツルを巻き付けることも可能だろう。

 ティラはその時のことを思い出してしまい、心地悪そうに太ももを擦り合わせた。


「とりあえず、会わせていただけますか?」


 そんなティラに気づかず、シャイアは一歩前にでてハウンドにそう訊ねた。

「もちろん」ハウンドは快く承諾し、裏口の方へと足を「こちらへ」と続ける。

 その先には、チョコレート色をした細い木が複雑に絡み合う“木のトンネル”が、ひたすら真っ直ぐに伸びていた――。

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