第1話 再出発
ティラたちが帰宅の途に就いたのは、それから一週間後のことである。
行きはよいよいとはよく言ったもので、帰りは倍の時間を――人間の街は通らず、大きく迂回する道をとったため、エルフの里までは三週間近く要した。
理由は、タルシャの街はエルメリアが気まずいだろう……との配慮からである。
それに、恩人や何だと持て囃されるのもどこか煩わしくもあった。迂回途中に寄った小さな農村で『タルシャの住民たちが活き活きしている』と聞いて、笑みを浮かべ合う。彼女たちはそれだけでよかった。
かしまし娘たちはやっとの思いでエルフの里へと渡り、エルメリアの故郷・ラクア近郊まで戻って来ていた――。
「ティラ、着替えとか大丈夫? 食料、路銀はちゃんとある?」
「だーいじょうぶよ。アンタじゃないんだし、無かったら適当にどっかで調達するわ」
「う、うん……」
「そんな顔しなくても、来週にはまたタルタニアで会えるんだし」
「そ、そうだよねっ!」
エルメリアは顔に明るさを取り戻し、腕を広げたティラと抱き合い、背中をぱんとたたき合った。
しばらくそのままであったが、どちらからともなく離れると今度は、エクレアとカルラに目を向けた。
「エルメリアのこと、頼むわね」
「よろしくてよ。重ね重ねになりますが、ティラさんも気をつけてくださいまし」
「パッカーがいるから大丈夫よ」
「アタシが行くまでパッカー壊すなよー?」
言うなり、カルラは拳を前に突き出した。
エクレアは実家に帰宅する報せを送りたく、しばらくラクアに身を寄せるようだ。
だがそれは建前で、本当の目的は『正式に領主に謝罪を申し出たい』からだと誰もが気づいていた。
カルラは縁もゆかりもないのだが、『ウンディーネを捕ら……見たい』との理由で寄り道する。エルメリアの心労が突き抜けないかだけが、ティラの心掛かりだった。
女たちはいつまでも別れを惜しみ合い、見えなくなるまで何度も振り返り、何度も手を振り続けた。
それから、三時間弱が過ぎた。
ティラはパッカーの腕にハンモックを掛け、その上で横になっている。
「みんながいなくなると、ずいぶんと静かね……」
陽が傾き始めた空を見上げながら、ため息交じりに漏らした。
疲労感がどっとやってきたため、すぐに眠れると思っていたのだが……まったく寝付けない。睡眠中以外は常に誰か(主にカルラ)が喋っていたので、どうやらその賑やかさに慣れきってしまったようだ。
唯一残っているのは、荷車の上で聞いていたゴーレムの足音だけ。
「そう言えば」と、ティラは頭を大きくあげた。
「整備を受けてから調子がよさそうね」
『コンディション、最高です』
いつもの機械的な声であったが、どこか嬉しそうにも聞こえていた。
「膝のショック……なんだっけ、あの衝撃緩和のやつ。あれはどうなの?」
『ショックアブソーバです。着地の衝撃が和らぎ、再飛翔が容易になりました』
「へぇ。確かに最初の揺れと今を比べると……今は、ソファーの上に座っているようね」
それは、カルラが新たに開発したパーツであった。
“火”のパッケージで飛翔すると聞き、試作品であるものの、膝に衝撃緩和のそれを導入したと言う。
伸びる力や縮む力が、重い機体の衝撃を真っ先に抑える減衰力が、との説明を受けたがものの、『なるほど、凄いものなのね!』と、分かったフリをするので精一杯であった。
しかし、効果は絶大であることは分かる。
その心地よい揺れのおかげで、月が出始めた頃には完全に瞼が閉じてしまっていた。
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ティラが帰宅すると、母親のアリーシャは仰天していた。
ひょっこり帰ってきたのが二日前――また昼前まで寝て、ぐうたらする生活を送るのだろう、と思っていたの矢先、何と店の開店時間になればカウンターに立ち、店先で掃除どころか、たどたどしくも接客までしていたのである。
これには母親も目を見張り、思わず本当に娘かどうか確かめたほどだ。
「――旅で失恋でもしたの?」
「違うわっ!?」
それはエルメリアの方だ、とティラは続けた。
「世界を見たことで、心境の変化が訪れる……ってのは聞いたことあるけど、まさかこんな身近にいるとはね」
「ま、私にもちょっと思うことがあった、ってとこかしら」
「じゃあ見合い――」
「それはいらない」
作戦失敗か、と母親は悔しそうに舌打ちした。
「……ったく、本当に行き遅れても知らないんだからね。
で? 本当は何か目的があってのことなんでしょ? お小遣い?」
「それも欲しいけど……ちょっと、一生のお願いを聞いて欲しいの」
「以前にも同じこと聞いたけれど、アンタの一生は何回あるのよ」
「あ、あはは……。
その、前の続きにもなるんだけど、学校のことで――」
「タルタニアの“ゴーレム操作術科”に行きたい、でしょ?」
思わぬ言葉に、ティラは言葉を忘れてしまっていた。
口を半開きにしたままの彼女をそのままに、母・アリーシャは金庫からぶ厚い封筒を取り出す。
宛先には【ティラミア・レンタイン 殿】と、裏には【タルタニア国立魔法学校】と印字されている。
「こ、これって……」
「勝手に申請して事後承諾しよう、その間に旅してほとぼり冷めるのを待とう。って魂胆かと思ったけどね」
「い、いいの?」
「何者かの推薦、同級生からの嘆願――よき友からの“お誘い”を突っぱねさせるような、バカ親のつもりはないわよ」
「や、やや、やっ――!」
「ただし! ウチの仕事、キッチリと手伝ってからだよ!」
「うん、分かった分かった! ――あ、中のこれいらないから」
ティラは封筒の中から、見合い用のポートレートをポイとカウンターの上に投げ捨てた。




