第3話 不安とその裏で……
ドワーフをやっつけてくれた。自治側の者はこれを喜び、揉み手でエルフを宿に招いていた。
何と都合のいい連中だ。ティラは鼻息を荒くしたが、ここで逃せば本当に野宿になってしまう。不本意であるものの、それらに甘んじることにした。
ほっと、一息ついた頃――話題は、自然と先ほどのゴーレムに向いていた。
「魔法石を使わないゴーレム……か」
「ここの連中が、我々に売るのを渋りだしたからなー。
ウチは石炭とか山ほど採掘できるし、それを使って動くゴーレムを開発してたんだよ」
カルラはそう説明した。
人間たちが製造するゴーレムは、胸部にはめ込まれた魔法石から、“カラクリ”と呼ばれる複雑な機構を動かす魔力を得ている。
ドワーフたちもそれに準じていたのだが、先の身勝手さなどから、魔法石の提供を渋られるようになり、挙げ句には不平等な取引まで強いられるようになった。
それが、“新型ゴーレムの開発プロジェクト”が立ち上がった発端だと言う。
「……で、それの完成品が、あの背中から煙噴き出すやつ、ってわけね」
「そうそう! あのコア・<ブルブル>はアタシも携わったんだ!
あれほど『キャノピーは必要になるぞ』って、言ってたのになー……。
ま、あんだけ頭ポカポカされりゃ、頑固な石頭でも理解しただろう、あっはっは!」
カルラは頭上でその真似をしながら、けらけらと笑った。
ティラはその様子に口元を緩めたが、胸中は穏やかではなかった。
いや、ティラだけでなく、エルメリアやエクレアたちも同様の漠然とした不安を抱いていた。
――いつか、この世から魔法が消える日が来るのではないか
人間界で製造されている魔法石の多くは、人間とエルフのハーフによるものだ。それで得た外貨を里に送ることで、ハーフの存在が許されている……と言っても過言ではない。(閉鎖的なエルフ社会では、ハーフは長く“エルフ”と認められなかった)
もし魔法が必要なくなった時、エルフはどのような道を取るのだろうか。これまでのように長い歳月を詩歌に費やし、時代に取り残され続けるのだろうか。
不安はそれだけではない。
あのゴーレムから噴き出していた煙は、日常生活で出される排煙量を、遙かに上回る濃さをしていた。森が咳き込むような煙を日常的に排煙され続ければ、いつか自然が死に絶えかねない――。
宿の部屋にいるエルフたちは、くすんだ床板を見つめ続けた。
「む、なんだなんだ?」
それに気づいたカルラは、皆の顔を覗き込みながら訊ねた。
当事者とも言える者がそこにいる――ティラは切なる想いをカルラに話し始めた。
すると、カルラの顔も真剣なものになってゆき、顎に手をやって「ふうむ」と思案に耽った。
「確かに、あの煙はむせるからなー……。
顔が真っ黒になるのは面白いけれど、美味い水や食い物が無くなるのは困る――。
よしっ、ドワーフの王・ラマザンに文句言って改善させてやろう!」
「本当!? ……って、国王にそんな簡単に言えるものなの?」
「ラマザン王は別に気にしてないなー。『おっす国王!』『うむ』って仲だし!」
何も考えていないカルラだから許されているのではないか?
誰もが頭の中で、そう思っていた。
◇ ◇ ◇
その頃、エルフの里・タルタニアでは――。
「あのような、野蛮な催しのどこが面白いのか……理解に苦しみますね」
あるレストランの中、橙色に照らされた輪の中でシャイアは不満げにそう漏らした。いつものパリッとした紫のスーツ姿であるが、そこに普段の化粧っ気のなさはない。
彼女の正面には壮年の男が座っており、手にしたワイングラスをそっとテーブルの上に置くと、悪戯な笑みを彼女に向けた。
「おや? 私には、汗を握っているように見受けられましたがな」
「そ、そのようなことは、ありえませんっ」
シャイアはつんと顔を背けた。
その男は、《ブレイズドラゴン》の出現時、調査にあたっていたタルタニア軍の指揮官であった。名はグランドゥル・ブラン・フライアと言う。
評議会の決定に納得がゆかなかった彼は、独自でタルタニアの教師・シャイアをはじめとした調査を進めている内に、その当人との個人的な交流が生まれていたのである。
この日、エルフの里ではゴーレム・ファイトが行われており、『あれの何が若者を惹きつけるのか……』と訊ねられたグランドゥルは『実際に見た方が早い』と彼女を誘い出していたのだ。
「ですが、娯楽を求める年頃……私もあと百年ほど若ければ、同じようにエキサイトしていたかも知れませんね」
「娯楽に年は関係ありますまい。『かくあるべき』と、自身の理想像にハマろうとしているだけに思われます。
現に、私はこの年でもあの重量級の戦いは血肉奮い立つものある――シャイア殿も、分かりますでしょう?」
「わ、私は……!? まぁ、す、少しは理解できますが……」
シャイアは少し戸惑いがちに目を伏せ、グランドゥルはにまりと笑みを浮かべた。
「では、例の手紙の件も前向きに考えられますな?」
二人は男と女の関係で観戦に行ったわけではない。あくまで“業務上”としてそこに赴いていたのである。
シャイアは脇に置いていた鞄から、三つ折りの手紙と、ゴーレム・ファイトのパンフレットを並べ置く。
「バルドルのワガママ娘からの、更なるワガママ……。応じるのは簡単ですが――」
「私は、例の《ブレイズドラゴン》の一件……どうにも納得がゆきません」
「確かに、私も疑問を抱いております。
私のような者が、あのような大それたことを、英雄になれるはずがありませんもの」
「あ、いえ、決してシャイア殿の力量を疑ってるわけではありません。
しかし、パルカ遺跡の最奥に未調査の玄室があり、そこから最近、何かが外に這い出た痕跡ありました。
そして、貴女から聞いた、生徒が急に連れてきたゴーレム……これらに繋がりがないと思えません」
シャイアは返事をせず、すっと手紙に目を落とした。
それはエクレアからの嘆願書であり【ティラミアの復学を許し、“ゴーレム操作術科”へ編入させて欲しい】と言った内容が綴られている。
シャイアは再びすべての文字を追うと、小さく息を吐いた。
「理由は、それだけではないでしょう?」
「おや、気づかれておりましたか」
グランドゥルは片眉をあげた。
それにシャイアは、得意げに笑みを浮かべる。
「日頃から、隠しごとをしている生徒を見てきておりますので」
「ははは! いくつになっても教師と言うのは厄介な存在だ」
「それで――」
「では、嘘偽りなく申しましょう」
グランドゥルは宣誓するかのように右手をさっと挙げ、言葉を続けた。
「私は既に、ティラミア・レンタインと言う娘が《ブレイズドラゴン》を倒した、と結論づけています。あの地下にあったのは、恐らく彼女が連れてきたであろうゴーレムでしょう。
――だが、謎があまりにも多い。どのようにして発見したのか、どのようにして竜を討伐し、どのようにして骸を処理したのか?
また、ティラミア・レンタインはブレスを一度耐えている。貴女から聞くところによれば、彼女は“保護”魔法に長けている――あの炎を耐えるほどの術士は、我が軍にもそうおりますまい」
言い終わると同時に、シャイアはくんと顎をあげた。
「軍へのスカウト、が目的ですか?」
「そうなって貰えれば、我々としては思わぬ副産物となりましょうな」
「……と、言いますと?」
「目的は彼女のゴーレムです。《ブレイズドラゴン》ですら容易く倒せる存在――何としてでも正体を突き止め、手に入れたい。
本体は無理でも、せめて構造だけでも知り得る方法がないか、と思いましてな」
シャイアは「なるほど」と言うと、グラスの中のワインを飲み干した。
ティラから奪うのかと冷や冷やしていたが、そうではないようだ。グラスを口から離す際、ほうと安堵の息を吐いた。
「――そこでなのですが」
グランドゥルはずいと身を乗り出した。
「獣人の領地【ビスト地方】から調査依頼が来ており、そこに赴くついでにトレントに話を伺いたいと思いましてな」
「トレント……ああ、あの大樹の精霊ですね」
「彼なら何かを知っていると思うのですが……如何せん、私には彼らの言葉が分からない」
「確かに、わざと古い彼らの言語で喋りますものね」
シャイアはその時、グランドゥルがじっと目を見ていることに気づいた。
「今、よき通訳を探しておりましてな」
「あ……」
ティラのこと、ゴーレムのことを第三者に知らせるわけにはゆかない。
となれば、通訳を任せられるのは、ごく一部の者に限られてしまう。
グランドゥルは最初からこれが目的だったのだろう。
シャイアは頬を染め、うつむきがちに「私がお力になれるのであれば……」と返した。




