第2話 分断された街
三日後。キルダーの街に到着した時は、もうすっかりと陽が落ちていた。
タルシャの国は鶏の嘴ほどの小国であるが、この街は大国の統治下にある。しかし、牛の尻にあたる街のせいか、治安は十分に行き届いていないようだ。
なので、すぐに宿屋に入りたかったのだが――
「部屋空いてないってどう言うことよ! 鍵はそこに一杯かかってるじゃない!」
「申し訳ございませぇん。これは予約済みでしてぇ」
従業員の間延びした声にティラは舌打ちし、「もういいわ!」と、声を荒げて宿を飛び出した。
これで七軒目だ。どこも同じような理由であしらわれたことから、ある仮説が浮かび上がってきた。
――種族差別
この国の宿屋は“何らかの理由”により、エルフは泊めないのだ。
いや、おおよその推測がつく。それはこの街の近く、実質的支配している国が原因だろう。
ティラは宿屋の外で待っていた、“関係者”を憎々しげににらみ付けた。
「カルラ! アンタたちドワーフが締め出してんでしょ!」
「あっはっはー! バレたー!
そのとーり……って言いたいけれど、これは半々って所だなー……」
「半々?」
頭の後ろで手を組み、急につまらなさそうな顔を浮かべた。
腋毛の処理を行わないせいか、赤々とした茂みがあられも無く露わにされている。
「ドワーフと、この街を自治したい連中さ。
アタシは別にエルフには思うところがないけれど、うちの連中がなー……。
エルフ臭いとケチつけだすと、モメてうるさいんだよこれが」
「騒ぎ立てる様が、ありありと浮かび上がるわ……」
恐らく正面の宿屋はドワーフ派なのだろう。
対して、申し訳なさそうな対応をした所は自治派だと分かる。人間とドワーフが対立する中に、“エルフ”という存在は爆薬以外なにものでもない。これまでの対応からして、ちょうど街の中央からドワーフ領に繋がる東側出口までが連中の領地のはずだ。
ティラはがっくりと肩を落とし、『もぐりでやっているような店でもないかしら……』と、思い始めていた。
「この街、人間も二つに分かれてるでしょ……?」
「あったりー! まぁ生きる者は大体そうだけどな。
野宿なんかすりゃ、人さらいが来て【リッシヤ王都】の人買いに渡されてお終い!」
「あっさり言うな!」
それは、この街に足を踏み入れた時から気づいたことだ。
今もなお明らかにどこからか監視し、隙を窺っている。女二人組なのに襲って来ないのは、片方がドワーフの女だからだろう。
ティラは、エルメリアとエクレアが待つ酒場に足を向けた。
パッカーをそこに置いてある。エクレアも《スパイク》で警戒しているので、ケダモノたちも迂闊には動けないし、無謀な真似はしないだろう。
人間の街で尖った耳は目立つ。ティラは緑色のフードを目深に被りながら、エルメリアたちが待つ酒場に近づいてゆくと――。
『た、助けてくれーッ!?』
『悪かったッ、俺たちが悪かったッ!?』
酒場の前に野次馬の壁が作られており、その中心には宙に浮いた男四人と、腕を前にしているパッカーがいたのである。
「な、何してんのよっ!?」
ティラは慌ててそこに駆け寄った。
男たちは身なりや人相からしてイカニモであり、迂闊な連中ばかりだ。
手足をバタつかせ、あわあわと情けない悲鳴をあげ続けている。地面に刃物が転がっていることからして、無謀な行為に出たことは想像するに容易い。
その一方で、エルメリアはオロオロし、エクレアは《スパイク》を起動して周囲を威嚇するように睨み付けている。
ティラが駆け寄ると、パッカーは顔だけ向けた。
『暴漢から、エルメリア様とエクレア様をお守りしていました』
「それは見れば分かるわよ。その宙に浮かせてるのは何なの?」
『《ゴルゴン・ヘア》のパッケージを開きました。タイプ:土 残量:99%です』
「へぇ……さしずめ〈マグネット・バインド〉ってとこかしら」
『69点です』
「アンタのその採点基準って、パッケージに関するものだと高いの……?」
適当に決めているのではないかと思いながら、ティラは襲撃者たちを見やった。
「さて、コレをどうしてくれようかしらね」
「ひっ……!?」
「アンタたちを差し向けたのはどっち? ドワーフ? それともこの街の奴?」
「そ、それは……!」
詰め寄ったその時、「どいたどいたー」と、後ろからカルラが割って入ってきた。
両手にエール酒が入ったジョッキを持ち、満面の笑みを浮かべている。
それを見た暴漢は、ハッと目を見開いた。「か、カルラ姐さん!?」
「おや? 誰かと思えばリグじゃないか! あっはっはー、捕まってやんのー!」
「カルラ、アンタの知り合いなの?」
「ん? 別に深い仲じゃないけどな。
この街のどっちにも就いていないチンピラ……ようは傭兵みたいなもんだなー。
おいリグ、今回はどっちに“売る”気だったんだー?」
リグと呼ばれたチンピラは口を噤んだ。
内部情報を知る傭兵は、用済みになれば処分される。少しでもそのリスクを避けるには、実力か、“口が堅い”ことで信頼を得るしかないのだ。
無理も無い、とティラは小さく息を吐いた。
「ま、私たちを襲えばどうなるか見せしめられたし、ここは解放――」
「甘いですわッ、ティラミアさん!」
「へ?」
ずいと躍り出たのはエクレアであった。
肩を怒らせ、ギッとキツい目をチンピラに向けている。
「この者たちは、私に向かって無礼な言葉を吐きましたの」
チンピラたちはギクりとした表情を浮かべた。
「エルメリアさんは鼻を伸ばしておいて――。
この落とし前は、キ ッ チ リ とつけていただきますわ!」
エクレアの声は低く唸るような声であった。
《スパイク》がリグの脚を掴むと、恐怖に顔を歪め、懇願するような目を向けた。
「ヒィィッ!? わ、分かった! バブデラだッ!
ゴーレム連れてるから、バブデラに売る気だったんだよぉっ!」
「あー、バブデラのとっつぁんかー」
「聞いてもないですが、まぁ感謝いたしますわ。おっほほほほっ! 覚悟なさい――ッ!!」
「ま――ッ、あぎゃあああああああああーーーーッ!?」
バチバチと《スパイク》の腕から電流が走り、リグの身体はビクビクと悶え続けていた。
エクレアの目は『死んでもかまわない』と言い、口元は邪悪に歪んでいる。
他の男たちは磁力から解放され、白目を剥く仲間に肩を寄せ合って怯え続けた。
エルメリアは『黄色い豚はいらないって言われたからね……』と、苦笑を浮かべる。
「ま、ここで死人を出したら面倒だし――」
もうドワーフ領に入ってしまおう。そう言おうとしたその時、今度は野次馬の向こう側から悲鳴が起こった。
次は何だ。海を割った神のように、さっと道が開けたその先には――
「な、何なのあれッ!?」
「ゴーレム……ですわよね……?」
「人が乗る、ゴーレム……?」
「おー、バブデラのとっつぁん!
おぉぉ! 《ブライアント》がついに完成したのか!!」
そこには何と、ドワーフを胴体に収めるゴーレムが仁王立ちしていたのである。
カルラは歓喜の声をあげるが、ティラたちは言葉を失っていた。このようなもの、見たことがない。
まず特筆すべきは、頭部の代わりにドワーフの頭があることだろう。そして、手元にはいくつもの棒が突き出し、その中の二本をぐっと握り締めている。
繰り手のサイズに合わせているのか、従来のゴーレムより一回り小さく見えた。
「カルラッ! そこのクソエルフどもは何じゃッ!」
「む。こいつらはアタシの大事なダチだぞー!」
「んな゛ッ!? また、小汚いエルフを拾ったのかッ!
ワシらのシマで好き勝手やっておるアマどもがいる、と聞いてやってくれば……。
カルラどけい! ワシが成敗してやるわッ!」
「もー、頭に血が上ればあれだ……お、そーだ!」
呆れ顔のカルラは、急にぴょんと横に飛び退きティラを方を向いた。
「ティラ! 《ブライアント》の性能も見たいし、ここでファイトしてやっつけちまえ!」
「え、えぇッ!?」
「さー、とっつぁんも準備はいいかー? 観客はちゃんと賭けたかー?
そろそろ始めるぞー? ゴーレム・ファイト、開始ィッ!!」
カルラは一方的に両腕を高く振り上げると、バブデラは「おう!」と声をあげ、握り締めたレバーを前に倒す。すると、彼のゴーレム・《ブライアント》は背中からブルルッと音を立て、灰色の煙を噴き上げながら駆け出し始めた。
ずん、ずんっと地を踏みならしながら向かってくる。
それに、ティラは「もおおっ!」と、不承不承に両手を前に突き出した。
「知らないからねッ!」
ティラの視界には、丸いサークルが《ブライアント》を捉えている。
相手の情報は【NONE】と表示されているが、スピードやパワーは第四世代に近しいと出ている。
そして、【Standby:Earth 99%】とある――土のパッケージを開いたままなのだろう。
ティラは「好都合ね」と言うと、パッカーの上半身をねじり、腕を大きく振り上げた。
「むッ!? ぬ、ぬおおおおお――ッ!?」
すると突然、《ブライアント》がツルリと足を滑らせ、ずしんと背中ごと大地に落ちた。
何が起こったのか状況が把握できず、バブデラはキョロキョロと周囲を見回している。
(習うより慣れろってことかしら?
一度喰らってりゃ、扱い方は分かるものね)
それは、《ゴルゴン・ヘア》にされたのと同じ磁力による拘束であった。
脚に磁力の縄を結び、転倒させ、それが今や両腕にも結びつけられている。
「さて、さっさと終わらせるわよ!」ティラは両腕を広げた。
すると、《ブライアント》の腕も同じく広げられる。
「な゛ッ!? 何じゃッ、今度は腕が、腕が動かんッ!?」
ガチャガチャとレバーを動かすが、ゴーレムの腕は指示に従わない。
「覚悟なさい、クソジジイッ!」
ティラは腕を頭部まで持ってゆくと――まるで踊るかように、頭の上で両手を上下に振り始めた。
それに合わせ、バブデラが搭乗するゴーレムの腕も動く。
「ばッ、びッ、ぶッ、べッ、ぼ――ッ!?」
バルバラは何が起こっているのか、まったく理解できていない。
自分のゴーレムにKOされるまで、それはポカポカと殴られ続けた。




