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第1話 ブロークン

 ティラたち一行は、夜明け前にタルシャの街を発った。

 旅路を急ぐ理由はない。しかし、あのまま留まってもエルメリアが気まずい思いをするだけだ。ティラはそう考え、早めの出発を決めたのである。

 ハサンも同じ考えらしく、突然の決定も尊重してくれた。国王・ユルマズと交えた別れの席においても、エルメリアとは、『またいつか……』と、静かにグラスを掲げ合うに留めた。

 それから約五時間が過ぎ――砂の大地はやがて荒野に、そこから背の低い草木が広がる地に差し掛かろうとしていた。刺すような日差しも緩やかになり、空には白い薄雲がたなびく。


「あ、あぁ……ヴァンパイアの気持ちがよく分かる……」


 パッカーが引く荷車の上で、ティラは顔をしかめて唸った。

 遅くまで酒盛りをしていたため、日差しが緩んでいようと酷なもの変わらない。

 ティラの言葉に同意するかのように、エルメリアやエクレアも小さく頷いた。


「ふ、二日酔いってこんなのなんだ……」

「潰れるまで飲むのは愚かなこと、だと思ってますのに……うぅ……」


 酒盛りしていた所に戻って来たエルメリアもまた、やけ酒をあおったのである。

 尤も、これはドワーフのカルラに飲まされたことが原因であるが――。


「あっはっは! だらしないぞお前らー!」


 荷車の上で横たわるエルフの横で、カルラのいっそう明るい声が響き渡った。


「あ、アンタは何でそんな元気なのよ……」

「ドワーフにとって酒は水と同じだぞー?

 あの城は水はなくても、酒はたんまりあったからなー。

 乾きと無縁で良かった良かった。あっはっは!」


 カルラはひとしきり笑ったのち、エルメリアにニマリと笑みを向けた。


「ま、これで吹っ切れたろ?」

「え?」

「失恋は、ダチと一緒に笑い合って酒を交わすのが一番だからな!」

「あ……うん……。確かに、そうかも……」

「でも、本当は男の前で滝のように吐かせるつもりだったんだけどなー!

 いやー、以外とタフで、ドワーフのアタシもビックリだ!」

「ちょっと!?」


「気の迷いは、男の前で失敗した方がスッパリと諦められる」カルラはそう続けた。

 それにエルメリアは小さく息を呑み、頷いた。

 エルフは恋物語が好きな種族だ。それは女に限らないが、小さな恋心ですら大恋愛のように錯覚してしまうことが度々起こる。

 薄々とそれに気づいていたエルメリアは、顔を青くして唸るティラたちに目を向け、『やっぱり、離ればなれになるなんて考えられないな』と、薄く笑みを浮かべた。

 かしまし娘たちの次の目的地は、ドワーフの国の手前にある【キルダー】の街である。


 ・

 ・

 ・


 それからしばらく――。

 荷車が急にガタンッと大きく揺れ、荷台から小さな悲鳴が起きた。

 車輪が石を踏んだわけではない。

 荷車を引くパッカーが、片膝をついていたのだ。


「ちょっと、パッカー! アンタ、本当に大丈夫なの!?」

『右膝のジョイントに異常が生じました』


 関節の動きがおかしいことは、素人目で見ても分かった。

 それは《ゴルゴン・ヘア》と戦闘した時に破損したらしく、タルシャを出た後に限界を迎えていたのである。

「待ってろ」カルラは工具を手にしながら、さっと荷車から飛び降りる。そしてすぐにパッカーの装甲を外し、内部を確かめ始めた。

 ティラも心配そうに、その背後からのぞき込む。

 丸い円柱形の部品から鶏の手羽の骨のように、太いパイプのようなものが前後に二本伸びる――程度にしか分からない。しかし、それらを支えている箇所がひび割れ、酷いのでは欠け落ちている部品を見れば、不調をきたした原因は一目瞭然である。パーツが古くても、傷が真新しいのだ。


「パッカー……本当にごめんね……」


 その痛々しい様に、ティラは涙を堪えながら謝った。


『元から老朽化しておりました』


 パッカーは嘘は言えない。だが今のティラには、それが気づかいの言葉に聞こえている。

 カルラは欠けた部分を覗き込むと、「ふむ」と鼻を鳴らした。そこに人差し指と中指を突っ込むと、中から割れ落ちたパーツを引っ張り出した。


「これが噛んでたようだな。もう大丈夫なはずだぞー」

『チェック――問題ありません』

「うんうん! まーでも、内部は大丈夫そうだけど、これは総取り替えした方がいいな。

 それに潤滑油もだな。新たに差してる箇所もあるけど、届かない部分はパリパリだし。

 これはしばらく忙しくなりそうだ! あっはっは!」

『よろしくお願いします』


 カルラはそれに「任せとけ!」と力強く返した。


「カルラ、原因を作った私が言うのもだけど……お願いするわね」

「いーってことよ。モノは破壊と創造!

 ぶっ壊しまくるのもアレだが、再生から得られるモノも大きいからなー」


 ドワーフらしい、と肩をすくめながら荷台へと戻った。

 するとエクレアは小さく息をつくと、ティラの顔を見据えながら口を開いた。


「ティラミアさんはやはり、ゴーレム操作について学んだ方がいいですわね」


 ティラは「え?」とそちらを向いた。


「パッカーが自立して動いている分には問題ありませんが、ティラさんが操作をすればこのザマ……。

 まぁ《ゴルゴン・ヘア》に磁力がを操る力があったり、それを抜け出す術を思い付かなかったのは仕方ありませんが、100%の力を出し切れていないのは事実でしょう。

 動かすことで精一杯、になってる感がしておりますわ」

「う……そ、それはそうだけどさ……。どうやっていいか、あまり分からないし……」


 エクレアの言葉通りであった。

 パッカーの“査定”をしっかり使用していれば、《ゴルゴン・ヘア》が磁力を操れるとも分かり、磁力を抜け出すのも、ティラが“保護”するコーティングを施せば抜け出せたはずなのだ。

 苦戦を強いられ、パッカーにダメージを負わせたのは、目の前のことに一杯になり、周囲がまるで見えていなかった繰り手自身の原因なのだ。


『エクレアの言う通りです』


 パッカーもそう言葉を発する。

 しょんぼりと肩を落としたティラに、エクレアは小さく息を吐いた。


「“操作術科”に空きがあったか、戻ったら確かめておきますわ」

「え……?」

「た、退学になった原因は私になくとも、引き金になった要因の一つでありますから!」


 エクレアはぷいと顔を背けながら言う。


「本当に……? ほ、本当に……?」

「お、女に二言はありませんことよ」


 ティラは思わずエクレアに抱きつき、荷車が大きく揺れ動いた。

 驚いた表情を浮かべるエルメリアを横に、ティラはエクレアに頬を擦りつけている。


「ちょ、ちょっとお止めなさい――!?」


 満面の笑みのティラを押し離し、「まったく……」と、エクレアはすまし顔を装いながら息を吐いた。


「――ところで、一つお伺いしたいことがあるのですが」

「ん、何?」

「パッカーはどうして、私のことを呼び捨てにするんですの?」


 エクレアは怪訝そうにパッカーを見上げた。

 それにティラは「そう言えば」と首を傾げる。


「んー……パッカー、どうしてなの?」

『マスターが『あんな女は呼び捨てでいい』と仰いましたので、そう登録しています』

「バカ正直に学習しなくていいのよッ!?」

「さっきの話を取り消しますわよ!」


 目をつり上げたエクレアの横で、ティラは必死で再登録を行っていた。

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