第8話 みんななかよく
静まりかえった青空の下で、誰もが茫然と立ち尽くしていた。
それは、初めて目の当たりにしたパッカーの真骨頂に対してではない。
じっと見つめていた観衆の目線は、小さな女の子の方へ向けられた。
女の子は呆然とした表情のまま、傍に立っている母親を見上げた。
「グーちゃんは……?」
それは、どこかで気づいているような響きであった。
「え、えっとね……」
母親は応えに窮し、領主とその娘の方に助けを求めた。
その一家は『視線を向けられても困る』と、ゴーレムの持ち主に目線を送る。
持ち主はゆっくりとゴーレムを見上げた。そして、すうっと息を吸い、短く訊ねた。
「――アンタ、やらかしたの分かってる?」
『理解不能』
その音声に、ティラは目をギンとつり上げた。
「このバカッ! まず『捕らえて』って言ったでしょッ!」
『全員、倒す気でいました』
「だからと言って、こんなところで捕食するんじゃないわよ!?
あんないたいけな子供の前で、手塩に育てたペットが、目の前でつららをぶっ刺され、挙げ句の果てにゴーレムに食われたのよ!? トラウマもんよ!? 外でやるのが普通でしょ!?」
パッカーは女の子に黒い面を向け、そしてまたティラの方を見た。
女の子は何も聞こえていない。母親は咄嗟に、娘の小さな耳を塞いだのだ。
『弱肉強食を学ぶ、いい機会だと判断します』
「バカッ!」
ティラはパッカーの脚をガンと蹴ると、女の子の下に歩み寄ってゆく。
それを追いかけるようにして、エルメリアやエクレアも集まった。
「――お嬢ちゃん、あの亀さんは大丈夫だからね?
きっとその、“誰か”の力になってくれるから、安心してね?」
「そ、そう! あの子は……ちょっと遠くに行くから、あそこに飲み込まれたの。
かなり心配になると思うけど、どこかで元気に暮らせるはず……よ? ね?」
「そ、そうですわっ! ああそうだ、新しい亀を用意して差し上げますわ!
いやー、うちにちょうど似たのが贈られまして、扱いに困ってましたの! お、おほほほ……!」
女たちの圧に、女の子はこくこくと首を縦に振るしかなかった。
しかし、その目にはどこか『グーちゃんはもういないんだ』と、悟った色を浮かばせている。
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領主の屋敷に戻るや、ティラは女たちによる審問会議にかけられようとしていた。
場所はダイニングだ。領主・ユリアを中心とした、ティラ、エルメリア、エクレアの四人がそこにいる。
「何てことをしてくれましたの!」
開口一番、エクレアはティラを批難する声をあげた。
「わ、私に言わないでよっ!?」ティラはすかさす返すと「ティラさんのゴーレムでしょう! なのに、あんなこと……」
と、エクレアはふるふると小さく頭を振った。
「あ、アイツはモンスターと戦うのは知っていたけど、あんな融通が利かないって知らなかったのよ!?」
「それだけでなく、何ですのあれ……ユリア様の〈アイス・スパイク〉を、まるでスポイトで吸うかのように引き寄せた――ゴーレムがあんなことできるなんて、見たことも聞いたこともないですわ」
その場にいた全員が大きく頷いた。
ティラはパッカーに訊くも、『魔法を吸収する要領です』と言うだけだ。
これをそのまま伝えるも、全員が納得できない顔を浮かべた。
それもそのはず。自分自身もよく分かっていないのだから。
しかし、これ以上の説明がない。パッカーの手の中心には、梱包用リボンの取り出し口があり、『そこから魔法を吸い込もうとした』と言う、事実しかないのだ。
埒があかないため、この件は保留となった。
「さておき、今後についてですが……」エクレアはチラりと、ユリアに目を向けた。
「ええ。しばらくはウンディーネ様からの接触待ち、ですね……。
明日か、来週か、それとも……」
右手を頬に添えながら、ほうと心配そうに息を漏らした。
大きな魔法を唱えた直後なのもあってか、椅子の背もたれに体重を預けきっている。
打つ手なしか。ティラも深いため息を吐いた。その一方で、エクレアは出された<アクアゼリー>に舌鼓を打ち、結んだ唇の両端を上げていた。
課題が山積みなのに呑気なお嬢様だ、と思ったのもつかの間……ティラは、あることが気になった。
「ところでアンタ、あの故障したゴーレムどうすんの?」
「う……まぁ、うちの者に連絡して、回収に来てもらいますわ。
ラクアならドワーフの国・【エルデルク】も近いですし、その足で修理に持ち込ませますわ」
エクレアは少し面倒くさげな声で言った。
そこいらの技師では直せないほど、彼女のゴーレムの故障は深刻なものだと言う。
「はぁ……しかしどうして、あんな古臭いゴーレムが<ファイア・ストーン>の熱に耐えられ、私の《スパイク》は耐えられないのか……」
「ふ、古臭いって何よ!
……ってか、私のパッカーはそんな魔法石なんて使ってないわよ?」
「え?」その場にいた全員が目を丸くし、ティラを見た。
魔法石とは、その名の通り“魔法・魔力が込められた石”のことである。
元々は緊急時用にとエルフが作り出したもので、現在はゴーレムのコアに使用されるなど、魔力を持たない人間たちにも広く利用されている。
予想だにしない言葉に、「じゃあ、あの火は……?」と、エルメリアは恐る恐る訊ねた。
「……あの光を見たでしょ? アイツ、あれでモンスターを捕食してるのよ。
これはまだ予想なんだけど、その時、食べた奴の属性とかを自分のものにしてる――。
そして、それを“パッケージ”として保管、使う時に開封して、ドンッ!
ただ、金属が耐えられないから、私がコーティングの魔法で保護してるの」
その言葉に、エクレアは「あっ!」と、閃きの声をあげた。
ティラとの一戦で敗北した彼女は、それを真似して《スパイク》に<サンダー・ストーン>を搭載した。……が、放出される電流に《スパイク》のパーツが耐えられず、使用するたびにショートしていたのだ。
悪戦苦闘の末、何とか使用に耐えうるようになったのだが、“保護”の魔法でコーティングすることは盲点であった。
これなら、と胸の中で不敵な笑みを浮かべるも、“故障中”と言う当面の問題がそれを妨げる。
「うーん……あの方は帰ってしまいましたし、修理に出すといつになるか……」
エクレアは腕を組んで唸ると、突然「そうですわ!」と、閃き声をあげた。
「ティラミアさん。私とドワーフの国・【エルデルク】に行ってみませんこと?」
「ハァ? 何であんな薄汚い連中の国に行かなきゃいけないのよ。お断りだわ」
「ほほほっ! よろしくて?
私には、ゴーレムマイスターにツテがありますの。
私の紹介であれば、貴女のゴーレムも同じ整備を受けられてよ?」
「な゛!?」
権力者の笑みを浮かべるエクレアを前に、ティラはうぐぐと唸る。
彼女はエクレアの意図が分かっていたのだ。
――パッカーに、《スパイク》を牽引させろ
まるで“主人と従者”だ。冗談ではない。
特に、このような高慢ちきな女に従うなぞまっぴら御免である。
……であるが、目の前にぶら下げられた餌は魅力的だ。マイスターの整備を受けられる機会などそうそう回ってこない。それが貧乏人なら尚更だ。
それに、あまりドワーフを認めたくないものだが、子供ですらゴーレム整備に百年携わったエルフ並みの腕前を持つ、とまで言われている。
この機会を逃せば、次は何百年後か……。究極の選択に頭を抱えるティラの横で、エルメリアがおずおずと口を開いた。
「あ、あの……ティラが行くなら、私もその、同行してもいいですか……?」
「え、えええっ!? エルメさん、あ、あそこは荒くれ者が集まる地なので――」
「ティラがいますし、大丈夫です!
私はあまり出歩いたことがありませんし、この機会に見聞を広めたいと思ったのです。
その……ダメでしょうか?」
「い、いえ、ダメってわけでは……」
エクレアはエルメリアに頭が上がらない。
そして、エルメリアはティラに頭が上がらない。
たっぷりこき使ってやろうと思っていたのに、これでは三すくみ……立場が同等になってしまうではないか。
それに、ここは彼女だけでなく、その母親であり領主までいるのだ。驚きを隠せないでいるが、娘の成長を見守る母の目をしていることから、望む答えはしてくれないだろう。
「ま、まぁ、そこまで仰るのなら、どうぞご参加くださいまし……!」
エクレアは学習していた。
ここで彼女らの心象を悪くすれば、自身の立場を再び悪くしてしまう、と――。
ティラもそれに気づいており、がくりと肩を落としたエクレアに、「おほほ、どうぞよろしくてよ!」と、勝ち誇った笑みを向けた。




