人魚①
水棲で人と魚の特徴を併せ持つ。ヨーロッパでは海に、中国.日本などでは海の他に川などにも棲むと言われている。
類稀な美貌と歌声で人を惑わすとされるが、その肉は人に不老長寿を与える。
また、不幸の象徴とされる事が多く、大抵の物語が悲劇で終わっている。
※※※※※※
日曜日。いつの間にか、朝が涼しいと感じるようになり空気に秋が混じりだしたのを鼻が敏感に察知する。天気予報では台風が近づいていると言っていたが、雲も少なく、昼の間は晴れそうだと佳子は思った。
結局、可奈は涼を映画に誘うことが出来なかった。佳子が代わりに誘おうか?と聞いたら、そこは頑張りたい!と意気込み、そのまま金曜になり土曜になり。徹也の事もあるから仕方ないかと言えば、それはそれだと返された。それじゃあ好きだと言われたから好きになるみたいじゃないか、と。
佳子は翔が、可奈達の恋愛に興味が無いのをいい事にその経緯を話さなかった。もちろん、二人きりで出掛けたかったからだ。
「では本堂さん、行ってきます」
「この前の様に暗くなるまで娘を連れださないでくれよ」
「はい。その節はすみませんでした。今日は夕食までには帰りますので」
「当たり前だ」
「まぁ!じゃあ翔君も一緒に晩御飯食べていく?用意しとくわよ!」
「駄目だ!」
「お父さんには聞いてません!」
「ありがとうございます。でも、夕方から用があるので。すみません」
「6時には帰るよ!」
「ねーね、いってらっしゃーい!」
佳子は本堂家の養子だ。彼らは佳子が何者なのかを知らない。5年前、養父の祖母が『昔お世話になった人だ、面倒みてやれないか?』と連れてきた。お世話になった人って、なった人の孫だろうと笑ったが。彼女は佳子のおかげで戦火を免れている。
本堂の夫婦は結婚して8年、子供が出来なかった。我が子を諦めた訳ではなかったが、お婆ちゃんの頼みでもあるのだからと喜んで佳子を引き取る事にした。頼むのだから金は出すと言って聞かない祖母をなだめ、自分達の子供の様に育ててきた。
そして、佳子はお返しをする事にした。
義母は不育症だった。少し難しかったが密かに治療してやり、佳子が来た二年後、無事男の子を出産した。その後も我が子同様佳子を可愛いがっている。少し、心配性なくらいに。
「………なぁ、俺が迎えにくる必要ってあったのか?」
ドアが閉められ、十分距離が開いてから翔は佳子に話しかけた。
「いやー、ルゥとデートだとバレてしまいましてね。なら迎えに越させろとお義父さんがうるさくて」
「俺、あのやり取り嫌い」
彼は朝から不機嫌だ。理由は、面倒な人間とのやり取りでは無く、『良いお天気』だからだ。吸血鬼の祖である彼は、太陽の光で灰になる事はない。でも嫌いなモノは嫌いだ。
「でもちゃんと出来てたよ!えらいね!」
「ありがとう御座います。ケイ監督のおかげですわ」
「舞台女優さんかな?」
佳子は長い三つ編みを揺らして笑った。
今日はデートだからと一番好きなワンピースを着た。檸檬と葉っぱのプリントが気に入っている。ただ夏用だから、今日はクリーム色のカーディガンを着ている。
翔はボートネックのシャツにテーラードジャケット、緩めのジーンズを履いている。色は黒だ。紅い目は隠すためにサングラスをした。
お互い、可愛いだの似あうだのと言い合う事はしない。翔が女の子のファッションに興味が無い事を佳子は知っているし、佳子が、今日も黒いね!としか言えないのを翔は知っている。
褒めあったり、見つめ合ったり、手を繋いだり。恋人らしい事を昼間彼等はしない。半歩開いたその距離は、しかし数百年かけて縮めた物だ。最近は少し世間体も気にしているようだが。日本では彼等の見た目じゃ犯罪だ。
「すみません!あなた、ルシュフ・ロゥールさんじゃないですか!?」
「その名前で呼ぶんじゃねぇよ」
音速で翔は名前を呼んだ人物の頭をつかむ。殆ど骨髄反射だった。
「ああ!痛いです!やめてぇ」
ミシミシと音がなる程度の力を入れていた翔だが、掴んでいるものを認識して、手をはなす。
ウェーブのかかったアイスブルーの長めの髪。小さな頭。手をどけると見える顔は正しく美少女だった。
掴んでいた手を翔は見つめて、言った。
「磯くせぇ…」
「ヒドイ!」