精霊③
人魚の国で話しかけられたのは、調査依頼だった。
なんでも、川から海へと毒が流れて来ているらしく、防御結界で防いでいるものの、王に負担がかかっているのでなんとかして欲しいとの事だった。
その後こっそりと、なんとかしないとフリュー様がまた出掛けてしまいそうなのです、と耳打ちされた。
ああ、それは大変だ。面倒が天災になって返ってくる。翔はそう言って、仕方ないと仕事を受ける事にした。
もちろん、調査も解決も佳子がする。
人魚が防がなければいけないほどの毒とは、呪いの事だ。
人間を含めた力を持たぬ生物達は呪いに気が付かない。だから濃い、毒となるほどの呪いにも平然としている。ただ、今は平気でもやはり毒だ。元凶を絶つのはもちろんだが、流れている呪いも浄化しなくてはならない。
もっとも、人間は自分達の吐き出す毒素にも鈍感だが。
「着きました!観光地です!」
「…なんか、フリューが感染ってないか?」
佳子は勉強が好きだ。なんでも真似をして、なんでも吸収してしまう。それが例え、人の癖でも。
今は少し人魚が入ってしまっているようだ。元気で幸せそうに生きる人魚達は見習う価値があると佳子の本能が判断したのだ。
翔と二人っきりでいても、翔と同じ様にくっつき合おうとしないのは、価値がないと思っている訳じゃない。本能がと言うなら。恥ずかしすぎて、真似出来ない。翔と二人でいる時が素の佳子なのだ。
「何処か見てまわる?」
「だから。お前は吸血鬼に何を求めてるんだ。昼間の、しかも人間がウヨウヨいる所にいて楽しいわけがないだろ」
「それもそうね」
佳子はスタスタと歩き出す。それはゆっくりとした足取りで、観光客に紛れるような速度だった。
しかし、街を見てまわっているわけではない。歩きながら、流れる呪いの浄化を行なっているのだ。
「あー辛いわ」
「ごめんね。でも放っておいたら街が呪いで溢れちゃうから。…陽の気が辛いならもう少し離れようか?」
「いや、身体がじゃなくて、離れてるのが辛いの!」
「ああ、そう…」
佳子の顔が赤くなる。そんなにあらゆる方法で好きだと伝えなくてもいいのに、と浄化の儀を続けながら佳子は思った。
「なんか、違うな。やっぱ日本人女子やってた頃のケイがいいわ。今は冷たい」
「そうかしら?割と自分でも不思議な程、貴方に合わせてると思うわ。とても大切にしたいと思ってるの」
「それは感じるよ?本当の出会ったばかりの頃は酷かった。お前は悪い事するんだろう、して当然だ、みたいに見られてたからな」
「……吸血鬼は祖に近ければ近いほど、傲慢で残虐な性格をしているから」
「まぁ俺は他の真祖なんて見た事ないから知らんが、吸血鬼に出来る事なんて破壊くらいだからな。荒むんじゃねーの?」
「どうして、貴方は違うのかしら?」
「俺にはケイがいるからね」
「…そう」
「あーもう、ほら!赤くなるだけじゃなくてもっと色んなリアクションとってくれよ。叫んだり、すねたり、殴ったり」
「殴ったら死んでしまうわ」
「そうね。佳子さん超cool。もうこれ終わったらすぐ可奈ちゃんに会いに行こう。そして日本人女子を吸収してくれ」
今までスムーズに歩いていた佳子の足が止まる。翔の言葉に驚いたようだ。
「そうだわ。可奈。お義父さんとお義母さん。私の弟。どうして、忘れていたのかしら」
佳子の顔に若干の恐怖が滲む。
佳子は何かに恐れた事はない。まだ人間だった頃、初めての死際ですら佳子は笑っていた。
未知は希望だ。死も、痛みも、知らない事なら興味をもって受け入れられる。そこから生きようと願える。
ならば。忘却は?
翔がよく見ていた佳子の表情は笑顔と照れだ。時々悲しそうな顔をする事はあったが、長い間一緒にいても、負の感情など見た事がなかった。
それが今ではどうだろうか?普段は殆ど無表情で、さらには怒りも恐怖も見てしまった。
「あの糞天使。ホント罪深いな」
翔が佳子に近付く。佳子は慌てて浄化の力をといた。しかし、まだ仙女の力を抑えるのに時間が足らなかった。だというのに。
「すぐ会いに行けばいいさ。途中で投げ出すのは嫌なんだろ?だからサッサと終わらせよう」
翔は佳子の頬に触れながら言った。手の平が赤く焼ける。
佳子は息とともに仙女の力を止め、頬に触れる手の感触に意識を集中させた。
知らない手だ。なのにこんなにも安心する。こんなにも。
「行きましょう。この呪いは森の奥から来てる」




