人魚⑤
翔はいつものように部屋の奥、窓の下に座って壁にもたれかかって、3人を見ている。足はだらりと投げ出しているのに、腕は固く組んでいた。
「大体な。フリュー、お前何しに来たんだよ?」
「えっと、あ、貴方と子供を…」
「俺は自殺の手伝いなんか御免なんだよ」
言葉に詰まったのは誰だろか。フリューは顔を強張らせ、リュミエールは驚きに目を見開かせた。
「流石にね、私達そこまで察しが悪くないんだよ?」
佳子は悲しい顔をした。何時だって佳子は、誰かが間違った道を選ぼうとしている時、そんな顔をした。
「吸血鬼の前に立つのは死神の前に立つより死に近いからね。強い子供を産みたい、よりよっぽど納得出来る理由だもん」
「俺が本気で頭掴んでも抵抗がなかったしな。やめてぇ、なんて一応は言ってたけど」
「ルゥには私という『保護者』がいる。子をなせれば良し、死んでも良し…だろうね」
「王女なんて言っちゃいるが、その『死にかけ』を見るに、王族の証は刺青とやらだけなんだろ?というか、だ。お前人魚という感じじゃない。歪に色々混じってる」
リュミエールは『珊瑚の朱い髪』『淡く7色の光を放つ肌』『豊かな海の香り』だ。一方フリューは『海と同じ色の髪』『真珠色の肌』『死んだ魚の臭い』だ。言ってしまえばリュミエールの劣化版。むしろ普通の人魚にも劣ると言えた。
それなのに。翔の怪力に対応し、立派な足を持ち、中世の礼を取ってみせた。常識はなくとも教養はある。
「私も不思議だった。初めは人魚の肉を食べた人間かと思ったんだけど、人魚の特徴はあるしね。王家の刺青は王の直系にしかつけないから、例え養子になろうと刺青までは入れないし。そこで考えたのは、フリューは人魚と人間のハーフ」
そして、と佳子は悲しい顔をして言った。
「王と八百比丘尼を食べた」
普段、どんなに残虐な話を聞いてもむしろ楽しそうにする翔だが、眉を寄せて嫌悪を露わにした。
それは、親を食べたという事。
「何があったかまではわからないけど、死に直面したんだろうね。人魚の王の肉は強力な不老長寿を。八百比丘尼の肉は成長出来ない呪いを与える」
「…八百比丘尼って言うのは何なの?成長出来ないのは不老に含まれるんじゃねぇの?」
「八百比丘尼は人魚の肉を食べた人間でね、その肉を食べると精神が成長しなくなるの。不老は見た目老けないだけで、中身は成長出来る。でも、本当は厄介なその成長しない呪いで助かる病気がある」
「フリューは、三十代前の王の子なのです。王は人間である王妃とフリューを愛していました」
「何があったかに興味はねぇよ」
リュミエールが話を補足しようとしたが翔は切り捨てた。その不機嫌な様子は並の者なら怯んだだろうがリュミエールはしっかりと怒れる吸血鬼を見つめて言った。
「私達は今でもフリューを愛しています」
人魚という種族からの言葉だった。
「なんでっ…なんでなんですか?私にそんな価値なんて無いのに!海でも陸でも不格好にしか生きられない!何をやっても上手く出来ない!どんなに悩んでもすぐに忘れてしまう!こんな私になんの価値が…」
「誰かを好きになるのに価値なんて必要ない」
「誰かに愛されるのに価値なんて必要ない」
「必要なのは覚悟だけ」
翔と佳子は詠うように揃って言った。二人はずっと、もうずっと前に覚悟を決め誓い合ったのだ。そんな二人の愛は、どこにでもある誰のものとも変わらない。
フリューは泣いた。ああ、きっと私はまた何か同じように失敗したのだ、と。何度失敗しても繰り返す。それが嫌だと思い、また失敗したのだろう、と。
「とりあえず、これで海でも何とかなるよ」
「流石、仙女さまですね。力がなくともここまで治せるなんて」
佳子は苦笑するしかない。下半身は裂けたままだし、尾ヒレは人口の水掻きを着けただけだ。血はにじまないが、全ての鱗が復活した訳じゃない。
「つうか、二又になった両方にちゃんと骨があるのな」
「人魚は人間に近いからね。元から二股の人魚もいるくらいだし」
佳子は治療に使ったガーゼやタオル、古い包帯なんかを台所で焼いていた。
「だから、血の匂いが辛かったでしょ?リュミエールに近づいてなかったもんね」
翔はまあね、と言った。人間の血に近いなら、吸血鬼には美味しそうに感じるだろう。佳子が折角治療しているのに、翔が理性を無くして襲う訳にはいかない。
「そんな風に見てたんですか!ヤラシイですね!」
「おう、フリュー、復活したのかさようなら」
「ちゃんと泣き止んだんですから殺そうとしないで下さい!」
フリューは泣いて泣き叫んで翔に怒られ、落ち着いてからリュミエールと話しをした。
何度失敗してもフリューは成長出来ない。だからその度に人魚達は、こうして命を使ってでも伝えるのだろう。フリューは愛されて良いのだと。
最初は義務感なのだという。大昔の王がした人間と子を作るという罪、病だからと寿命を弄び呪いを施した罪。それを、償うという義務感。でもフリューといると自然と好きになってしまうのだとリュミエールは言った。容易く命を投げ出せる程に、皆が愛するのだと。だから、いつまでもフリューは王女で居る。
「暫くはリハビリがいるね。国に帰るのは最低でも一ヶ月はかかるよ。そこから自由に動きまわるのに三ヶ月、違和感が無くなるのにはいつになるかわからないからね?」
「…………待て。まてまて!まさかその間ここで飼う気じゃないだろうな?」
「…だめ?」
「無理だ!そんな可愛いく言っても無理だ!」
「飼うって言わないで下さい!ペットじゃないんですから!」
「ペットのがマシだろ!猫飼ってやろうかコノヤロウ!」
「私は犬がいいな〜」
「佳子さん!?そうじゃないです!」
リュミエールはクスクスと忍んで笑った。やはりフリューは皆に好かれる。リュミエールはとても誇らしく思った。
「ルゥ。大変です。そんな事より重要な案件があります」
「あ?」
「只今、5時48分です」
時報のように佳子が言って、フリューがそんな事よりなんてヒドイですと言って、リュミエールはもう隠そうともせず笑って。翔は、
「くっそ面倒くせぇ」
本心を漏らした。
翔さんは本堂のお義父さんに怒られに行かないといけませんが、人魚の話はこれにておしまい。




