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INQUEST  作者: なぎのき
8/8

第八話 最後の審判、そして日常へ

「おりゃー!」

 アリアさんが上段からライトセーバーを振るう。

「なんのー!」

 アカリはその漸撃を、同じくライトセーバーで真正面から受け止める。

 もうSFもびっくりな光学兵器での近接戦闘だった。

 僕とユファナ氏は、ユファナ氏のリングが生成したフィールドで護られている。とはいえ、二人が攻撃を繰り出す度に露天風呂が破壊されていくのを黙って見ているのは大変忍びない。

 とは言え僕には何の力もないので、フィールドの中、お盆に酒を乗せてチビチビやっているユファナ氏にくっつかないようにし、ただ二人を見守るしかない。

 いずれ来る終焉を待ちつつだ。

 ──二人ともよくやるなぁ。

 そう思っている矢先に、目の前で剣同士がぶつかり激しく火花を散らした。

 そして何度目かの打ち合いの末、二人の剣が大きく弾かれ間合いが広がった。

 二人は肩で息をしていた。さすがに慣れない光の剣を振り回して疲れたようだ。

 ──あーあ。

 周囲を見る。

 露天風呂も中庭も、もうその原形を留めていなかった。

 だが従業員は誰も来ない。

 これだけ暴れて派手な立ち回りをしているのに誰も来ないのだ。

「そろそろですかね」

 僕は誰に言うでもなく呟いた。

「そうですね。頃合いでしょう──では」

 ユファナ氏が立ち上がった。タオル一枚で。

 ──スーツ姿なら決まったのにな。

 と思った瞬間ユファナ氏はスーツ姿になった。

 ──おお。

 演出が凝っている。

「──さて、アカリさん、アリアさん。そろそろ私の話を聞いて頂けますか?」

 その声に同期するかのように二人のリングが赤く光った。二人はその場で固まったように動かなくなった。

「な、何をしたの?」

「う、動かない?」

「リング同士の機能をちょっと使わせてもらいました。まず空間を切り替えます。そのままお待ち下さい」

 ユファナ氏が腕を一振りすると、瞬時に露天風呂が元に戻った。削れた岩も、砕けた岩も、木っ端微塵になった木々も、何もかも元通りだ。

 アカリとアリアさんは、唖然とした表情になった。

 僕はそれを黙って見ていた。

 見せて頂こう。ユファナ氏の手腕を。

「さて。『地球侵略』の結果をお話しましょう」


 *


「その前に、種明かしは必要ですかな?」

「はいはいはいはい!」

 二人は競い合うように手を挙げた。

「必要みたいですよ?」

「そうですか……」

 ユファナ氏はちょっとがっかりしたようだ。

「では説明を。先ほどまで我々がいた露天風呂は露天風呂ではありません」

「あんた何言ってんの?」

 アリアさんが鋭いツッコミを入れた。

「ですから。説明しますから」

 ユファナ氏はどこか疲れたような表情になった。

「アカリさんとユキトさんはご存知ですよね? 私と初めて会ったあの『空間』の事を」

 ──やっぱりね。

 僕は口元を歪め、肯定の意を評した。

 そしてアカリは……。

「え、どゆこと?」

 理解が及んでいなかった。

 ──やっぱりね。

 僕はユファナ氏に目で合図した。

 ユファナ氏は眉を寄せた。

「プラネットバスター。大分前の事になりますが、私からお送りしたかと思います。そしてその後、アカリさんとユキトさんは私の『空間』にお出でになりました。お忘れですか? あの広い草原を」

 ここでやっとアカリが思い出したらしい。

「ああ!」

 でもそこまでなようだ。

「でもあそこは草原だし。ここは露天風呂だし」

 面倒だった。

「ユファナさん。僕から説明しましょうか?」

「……お願いします……」

 ユファナ氏は力なくうな垂れた。

「いいかアカリ。あの時僕たちは草原にいたけど、あれはユファナ氏のリングが作り出した亜空間なんだ。だからゲートを開けたり閉じたりできた。その辺説明したよな。随分前だけど覚えてるよな?」

「ええー……」

 アカリは自信なさげに僕を見た。

 ──やっぱりね。

 僕はため息をついた。

「つまりだ。ユファナ氏のリング固有の機能として、亜空間を創造できる機能があるんだ。で、さっきまでいた露天風呂は露天風呂みたいに見えてたけど露天風呂じゃないんだ。ああ面倒臭い!」

 僕は全てを放り投げて部屋に戻ろうかと思った。

「とにかく、さっきまでいた露天風呂は別な空間にユファナ氏のリングが作り出した偽物なんだよ。だからどんなに何を壊しても、旅館の従業員が飛んで来る事もなく他の客が来る事もない。実際そうだったろう?」

「う、うん。そだね」

 アカリは僕の語気に気圧されるように小さな声で答えた。

 まだ理解が及んでいない。僕にはそう見えた。

「じゃもう一つ。さっき半壊した露天風呂が一瞬で修復されたように見えたけど、あれは修復したんじゃないんだ。空間を切り替えたんだよ」

「き、切り替えた?」

「そう」

 僕はうんうんと頷いた。

「いつもアカリは僕の部屋のキッチンを爆破するだろう?」

「う、うん」

「そしてその修復にはそれなりに時間がかかっていただろう?」

「そ、そだね」

 アカリはしどろもどろになりつつ、なんとか僕の問いに答えていた。

「ここまでで質問は?」

「う……ちょ、ちょっと待ってね。整理する」

「おう」

 数分が経過した。

「どうだ、整理出来たか?」

「う、うん何とか」

「じゃ続きだ」

「うへー……」

 アカリは露骨に嫌そうな顔をした。

 ──くそー話が全然進まない!

 僕は次善の策を切り出した。次善と言っても、話す順番を入れ替えただけだ。

「ええとな。まずアカリは料理をするとキッチンを破壊する。ここまではいいな?」

「うん」

「で、その後リングがキッチンを修復する。それには結構時間がかかる」

「うん」

「そしてさっき。ユファナ氏が半壊した露天風呂を一瞬で修復して見せた。修復にはそれなりに時間が必要なはずなのに、本当に一瞬で修復された。まるで露天風呂とその周辺の土地ごと入れ替えたようにだ」

 そろそろ理解してくれよ。僕だって我慢の限界はあるんだよ?

「つまり……さっきのは修復じゃなくて、あらかじめ作っておいた露天風呂に切り替えた……?」

「惜しい!」

「つまり、ユキトはこう言いたいのね?」

 見かねたアリアさんが口を挟んだ。

「私たちが入った露天風呂は、あらかじめユファナが用意した別空間に作られた露天風呂。だから何をどれだけ壊しても誰も気がつかない。そして、さっきユファナが元の露天風呂に戻した。だからどこも壊れていない」

「正解!」

 僕は手を叩いた。

「え? って事は、私たちは初めからユファナさんの術中にハマってたって事?」

 アカリはやっと事と次第を認めたようだ。

「そう。まぁ僕は気づいていたけどね」

「……ユキの意地悪……」

 アカリはジト目で僕を睨んだ。

「とりあえず、この二人はユファナ氏のイリュージョンのタネは理解したと。本題に進んでもらっても?」

 ユファナ氏は、十年は待った、そんな顔をしていた。

「ええ、分かりました。では本題に」

 長い長い前振りが終わった。


 *


 ユファナ氏は軽く咳払いをし、仕切り直した。

「さて……『交渉人』に選任されたお二人の行動をリングに分析してもらいました。説明はリングが致します」

「あ、その前に!」

 アカリがユファナ氏の出鼻を挫いた。

「な……なんですか、まだあるんですか?」

「いい加減、体の自由、戻して欲しいんですけど!」

「……ああ!」

 そうだった。

 アカリとアリアさんは、リングにより拘束され動けないままだった。

 ユファナ氏は慌てて、「リング、お二方の拘束を解除しろ」と命じた。

 途端。

 二人に自由が戻った。

 戻ったが、体に巻いていたタオルも消失した。

「ギャアアアアアーーーーッ!」

 二人は両手両足を駆使して全てを覆いかくし、湯に首まで浸かった。

 そう。あれだけ動いて身体に傷一つつかず、さらにタオルが剥がれなかったのは、ユファナ氏の空間内で作られたタオルだったのだ。

 それが空間が戻り、拘束が解除されたため、その防護服替わりだったタオルも消失したのだ。

「ユ、ユキ! 見たなーっ!」

「い、いや見たとか見ないとそんな事じゃなくてだな!」

 そう言う僕の脳裏には、二人のネイキッドな姿がくっきりと焼き付いていた。

「ユキト! あんた知ってて……もう!」

 アカリもアリアさんも、顔が真っ赤だ。

 かく言う僕も大変な状況だ。二人と同様、湯に首まで浸かって動けない。

 そんな中、ユファナ氏だけが落ち着きを取り戻した。

「では、宜しいですかな?」

「何が『宜しいですかな』よ! このスケベオヤジ!」

「そうよ、いくら私がナイスバディだからってやっていい事と悪い事があるわっ!」

 アカリとアリアさんの目に、再び殺気が宿った。

 ──話がさっぱり進まないなぁ。

 僕は湯に浸かったまま、こっそりとため息をついた。


 *


「あのー」

 ユファナ氏はおずおずと二人に語りかけた。

「そろそろ話の続きをしても宜しいでしょうか……?」

 返ってきたのは無言の圧力だった。

 ──ユファナ氏、ここは多少強引にでも進めないと、本当に徒労に終わるぞ?

 僕は他人事のように、そんなユファナ氏を眺めていた。

 ──少しでもその『手腕』に期待したけど、無理だったか。

 と言うわけで。

 仕切り直す事にした。

「さて、それじゃ話の続きをしようか」

「ユキ?」「ユキト?」

 二人の視線が僕に集まる。

「まぁ、もうここで話す事でもないんだけどね。演出が全部無駄になっちゃったし。ね?」

 僕はユファナ氏を見た。

 憮然としていた。

 そりゃそうだろうな。

 温泉に行こうと言い出した時点で綿密な計画を立てていたはずだ。

 だがこの二人を相手にした時から、こうなる事を予想できなかったのはユファナ氏のミスだ。

 人の尻拭いは勘弁だけど自分が関わる事だ。やるしかない。

「じゃ早速だけど『リング』たちの見解を聞こうか」

 そう僕が口に出すと、三人のリングが明滅した。

 そして、ユファナ氏のリングが代表して『見解』を披露し始めた。

『これまでの二人の行動を分析した』

「それはどう言う結果に?」

 僕は分かりきった質問を口にした。

 『地球侵略』の『交渉』が、結果としてどうかと言う判定だ。

 今、『審判』が下される。

『アカリとアリアの『交渉』から、もはや『地球侵略』は無意味だと言う結論に達した』

「それは『交渉人』としての判断?」

『そうだ。『交渉人』を補佐する我々の同一見解だ』

「じゃ、聞かせてもらおうかな。もし『地球侵略』を遂行した場合の結果ってやつを」

 僕は『遂行した場合』とケースを限定した。

『どうやらユキトはお見通しなようだ。その通り、もし地球侵略が行われたとしたらどうなっていたかを説明しよう』

 リングは一瞬だが間を置いた。

『この星は、いやこの星の生物はこの宇宙から消滅する。自らの兵力で滅びの道を選択していただろう』

「人間のエゴって、一筋縄では行かないだろう?」

『ああ』

「説明、してもらえるよね?」

『ああ』

 リングの説明はこうだ。

 アカリとアリアさんのリングは『交渉人』としての能力で様々なアプローチが行われたが、それは主に僕に対しての行動だ。

 つまり『地球侵略』ではなく『僕』への『侵略』だ。

 それは規模は小さくともリング同士の全面衝突だ。

 アリアさんとアカリが出会い、僕がいたが故に生じた、小さな小さな『戦争』だ。

 ユファナ氏はそれを見越して温泉行きを提案したのだ。

 そうすれば限定された状況下で、この二人は僕を軸に据えた『侵略』を行おうとするだろう。

 さっきまで行われていた露天風呂の破壊活動がそれだ。

 だが。

 もしそれを本来の『地球侵略』に置き換えた場合どうなるか。

 答えは『侵略』されない、だ。

 仮に本星からの援軍が来たとしても、この二人はそれを全力で排除するだろう。

 それには二つの理由がある。

 一つ目。僕に被害が及ぶから。

 二つ目。僕から嫌われるから。

 この二点がある限り『地球侵略』は無理だ。

 僕は別に自惚れているわけじゃない。

 人間は人間を見捨てられない。

 これは性善説に基づいた理屈だ。

 僕はアリアさんが『交渉人』となって、アカリも『交渉人』になった時、この結論に達する事は予想していた。

 かなり狡い作戦だったが、きっとユファナ氏も同じ考えだったはずだ。

 そうでなければ一緒に温泉に行くなんて言い出さなかったはずだ。

 そもそも地球人として育てられてしまえば、どうしても自分の生活圏を守ろうとするだろうし、友人知人の類いに危害が及ぶような行動はきっと取らない。

 アカリと僕、アリアさんと僕の関係はその極端な例だが、これを国家単位に置き換えてもきっと一緒だ。

 自分たちの国や家族が危険に晒されるなら徹底抗戦するはずだ。

 そして、それでも守る事が出来ないと判断した場合、壮絶な最後が待っている。

 僕がいない世界は、二人にとっては『ない』も同然だからだ。

 だから僕への『侵略』を『地球侵略』に置き換えた場合、それは地球上のあらゆる兵器を使う事と同義だ。

 そしてこの星の住人たちは滅びの道を歩むだろう。

 結論として侵略対象がなんであれ、アカリとアリアさんが『交渉人』である以上すべての行為は無駄になる。

 生物の住めない星になんの価値があるだろうか。

 ユファナ氏とユファナ氏のリング、そしてアカリとアリアさんのリングはそう結論付けたわけだ。

「え、じゃあ私たちはどうなるの?」

 アカリが不安気な表情をした。見るとアリアさんも同じような表情を浮かべていた。

「うーん。『交渉人』の権限は剥奪されるかな? もう意味がないしね」

『その通りだ。そして我々リングは不必要な機能を凍結する事になる』

「凍結って、具体的には?」

『マスターの生命維持以外の機能は使えなくなると言う事だ』

「空間ゲートも使えない?」

『そうだ』

「ええー、あれ便利なのに」

 アカリは不満そうだ。

 ──おいおい。

 あんなのはないのが当たり前なんだよ?

『仮に──仮定に仮定を重ねても無意味だが、本星が再度この地球を侵略しようとした場合、我々のケースと同様に工作員を送り込む事になる。科学技術が遥かに上回っていても、技術的にはそれが限界だ。だが、仮に戦艦等の大型の攻撃手段を遠隔で運用できたとしても、結果は同じだと判断した』

 つまり『宇宙人』でありながら『地球人』でもある工作員は、侵略の手を阻む存在になるわけだ。この手法を取る限り『侵略』は成功しないと言う事になる。

 ユファナ氏のリングも言っていたが、仮に『戦艦』などを送り込んだとしても、運用面の問題が立ちふさがる。

 補給路や保全体制をどう確保するか。

 『地球人』とどう『交渉』するのか。

 この星が保有する破壊兵器をどう扱うのか。

 その段階で問題になるのは、アカリとアリアさん、そしてユファナ氏と言う『障害』だ。各リングを兵器として捉えた場合、対人ではなくもっと大きな──例えば戦艦のようなものと相まみえる場合、『本気』で戦闘行為をする事になる。そうなれば被害は先ほどの比ではないだろう。

 いかにリングが機能を凍結したとしても、それは『情報端末』として凍結されるだけであり、有事においてはその凍結は解除される。

 マスターに危機が及ぶからだ。

 そんな攻撃力をこの星は備えてしまったのだ。

 そうなった以上、本星はもう手を出しては来ないだろう。

 なぜか。

 リングは人工的な知性体だが、端末でもある。

 その端末ですら出せる結論だ。

 その端末を作った本星には、きっとスパコンのような処理装置があるはずだ。そしてそれはきっと同じ結論を弾き出すだろう。

 ユファナ氏は、僕とリングの説明を引き継いだ。

「──と言うわけなんですよ。我々はもう地球人です。ここで共存共栄する。選択肢はもうなかったんですよ。『宇宙人』がここにいる三人しかいないと分かった時点でね」

 ユファナ氏がさばさばとした表情で僕たちを見回した。

「私はユキトさんが紹介してくれた働き口でやりがいを見つけました。地球での暮らしは面白いです。遠い未来、私たちの子孫が本星と接触したらその時どうなるかなんて分かりませんけどね」

 僕も同感だった。

 その時どうせ僕たちはいない。

 リングはその機能を凍結されているとはいえ、もし『交渉』が発生するなら『凍結』は解除されるだろうし、どうするかはその時のリングの所有者に任せればいい。

「……何か、複雑な気持ちだわね」

 アリアさんが素直な感想を口にした。

「まぁそうですね。でも『地球侵略』なんてのがなければ、アリアさんはここにいなかったし、ユファナさんもいなかった。アカリだって僕と出会ってなかったかも知れない」

「……そう、かも知れないね」

 アカリは神妙な面持ちで同意した。

 宇宙人でなければ、僕とここまで関わりを持てたかどうか。

 僕とアカリは幼馴染みとしてここまで一緒にいたけれど、『宇宙人』や『地球侵略』と言う非日常な出来事がなけば、日常の一幕にすらならなかったかも知れない。

 だからぼくはこう言った。

「まぁ、世は並べて事もなしってね」


 *


「ここで我々に選択肢が出てきます。今後我々がどのようにすべきかについてです。いや──どうなるのかと置き換えても構わないでしょう」

 ユファナ氏が宣言した。

「そこでユキトさん。私はあなたに二つの選択肢があると申し上げました」

「はい」

 僕は淡々と応じた。

「しかしユキトさんは『三つだ』と仰いました」

「そうですね」

「その意図をご説明頂きたい」

 僕は、アカリとアリアさん、ユファナ氏を順番に見た。

「今ユファナさんが言ったように、選択肢は三つあります。それをこれから説明します」

 しん、とした緊張感を帯びた空気が周囲を包んだ。

「まず、ユファナ氏が言った二つの選択肢から説明します」

 三人はそれぞれの思いと表情で僕をじっと見つめた。

 これから説明する二つの選択肢。それは審判だ。『地球侵略』に対し、それに関わった者への裁定が下される。

「一つ目。ここにいる全員の記憶、と言っても『地球侵略』についてだけだけどね。それを消去して全てなかった事にする。そして」

 僕はユファナ氏を見た。これは彼にとって最も残酷な選択になる。

「この場合、ユファナ氏はこの地球上から消えなければならない。それはユファナ氏が『地球人』としてこの星に『登録』されなかった事に起因する。それと同時に三つのリングは消滅する事になる。地球侵略は『なかった』事にされる」

「そうなりますね」

 ユファナ氏は決然とした表情で頷いた。覚悟は出来ている。横顔がそんな風に見えた。自らの存在を無にされる。その死をも含めた選択肢は、並大抵の覚悟では到底納得出来ないだろう。

「我々は『地球人』として生きるには危険なのです。何かの拍子にリングの機能が解放されないとも限らない。その時『地球人』は、我々を排除しようとするでしょう」

 そう。

 ユファナ氏の言葉通り、隣人が実は隣人ではなかった場合それは敵でしかないのだ。

 でもそんな事はリングの所有者たちはきっと認めないだろう。

「ただ、この選択肢は現実的じゃない。記憶の消去なんて言う荒技をアカリもアリアさんも許さないでしょう?」

「そりゃそうよ。私たちが一体何のために出会ったのか、その意味すら無にするなんて許されないわ」

「私も同感。そんな事されたら悲しいだけだし」

 二人の見解は一致しているようだ。

「じゃ二つ目。記憶はそのままで、アカリ、アリアさん、ユファナさんは『地球人』としてこの星で生きて行く、そう言う選択です。この場合もリングは消滅します。そうでなければ『地球人』にはなれない」

 記憶の整合性と言う意味で『地球侵略』に関する記憶は残るが、リングがない以上、何も出来ない。これはそう言う選択だ。

「そうです。今ユキトさんが言った、どちらかしかないと思います。危険要因を残すわけにはいきません」

 ユファナ氏は迷いなく答えた。

「え? でもそれだと、アリアともう会えないんじゃ……」

 アカリがさっきまで大ゲンカしていた相手を見た。アリアさんも同じ顔だ。

 そもそもこの二人、『交渉人』の件がなければ仲が悪いわけではないのだ。

「ここで、三つ目です」

 これは賭けかも知れない。

 将来への先送りと思われても仕方がないかも知れない。

 でも僕たちは出会ってしまったんだ。それをなかった事には出来ない。

「『交渉人』は複数選任される事が可能でしたよね?」

 ユファナ氏が寂しそうにお猪口を口に運ぼうとしていたその手を止めた。

「ま、まさか?」

 ユファナ氏は目を見開いた。

「そのまさかです。リングに問いたい。この三人の『宇宙人』を『交渉人』をする事は可能かな?」

 しばし待ち。

 ユファナ氏のリングが重そうな口を開いた。

『……可能だ。ただ理由が必要だ』

「二人ではケンカになる。意見が割れたら、それをまとめる事が出来ない。でも三人だったら? 必ず意見は決定されます。しかも平和的に。話し合いで解決出来る」

『それは詭弁に聞こえるが?』

「詭弁だからね」

 僕はしれっとした顔で答えた。

「この地球にある国家のほとんどは民主主義です。簡単に言えば、物事は『多数決』で成り立っています。それを当てはめようとしているだけです」

「もし危険な判断が決定されたら?」

「僕が評価して説得しますよ」

 一瞬の間があった。

「──くくっ、あははは」

 ユファナ氏は笑った。痛快そうだった。

「……失礼。どうやら最後まで敵わなかったようですね。そもそもこの侵略計画自体が無理だったんでしょうね……」

 ユファナ氏はちょっと寂しそうな顔をした。

「いえ。僕は自分の日常を守りたかっただけなんです。そのためには多少の無理も通しますよ」

「……日常、ですか……。分かりました。私もあなたの日常の一つなんですね?」

 ユファナ氏は僕を赤い目で見た。そこには暖かい柔らかさがあった。

「もちろんですよ」

 僕はそう即答した。


 *


「おはよーっ!」

「ぐはっ!」

 アカリが降ってきた。朝だ。僕の日常がまた始まった。

 相変わらずキッチンが破壊され、美味しい朝食を食べ、リングからは不満を聞かされる毎日だ。

「さて。今日こそはちゃんと講義に出ないと」

「単位落としたら大変だしねぇ」

「リングの機能は使うなよ?」

 リングの機能は『交渉人』が三人になった事で、大幅に制限を受ける事になった。

 私的な目的での利用を禁じたのだ。

 一つのリングが私的な目的で利用されてしまうと公平さが担保されないからだ。

 空間ゲートの使用については『便利だから』と言う人間側の賛成多数で可決されその制約から外れた。ただ通信や翻訳の機能は『交渉』する上で『交渉人』としての能力に関わるため制限された。

 そんな中、ユファナ氏は良く日本語をマスターしたと思う。

 まだ漢字の読み書きは出来ないが、いつの間にかバイト先で正社員に登用され、確固たる地位を築いていた。

 もうすっかり地球人化していた。

「ユファナさんって、実は凄いのね」

「まぁ、生粋の宇宙人だし」

「え? じゃ私は?」

「半地球人だろうなぁ」

「アリアも?」

「まぁね。地球人として育てられたから、もうすっかり根付いているしね」

 ──と。

 携帯に着信が入った。知らない番号だった。

「誰だろ?」

 僕は首を傾げながら通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てた。

『This is Aria. アア、ユキト? Where are you now?』

 んん? アリアだって?

『ワタシ、アリア。I am in Japan now. Are you Where to now?』

「何?」

「……いや、アリアさんから……」

「は?」

「今、日本にいるって……」

「は?」

『Japanese、ムズカしい。ユキト、今ドコ?』

「アリアさん、どうして?」

『リュウガク』

 どうやら、日本に留学して来たと言う事らしい。なんとも強引な……。

「こりゃ、学校どころじゃないな。迎えに行かないと」

「……学校よりアリア優先なの?」

「いや、そう言うわけじゃないけどさ」

 とか言い合いしていると、後ろからポンと肩を叩かれた。

「Hi, ユキト。ワタシ、来ちゃった。アカリ、元気?」

 ──何ですと!

 片言の日本語だが、充分に伝わる。アリアさん頑張ったなぁ……。

「と言うワケで、ヨロシクネ。まず、日本語、教エテ」

「……何であんたがここにいるのよ?」

「What? アカリ、once more. もう一回言って? 聞き取れない」

「Why you are here!」

 おお、アカリが英語喋ってる?

「Because, you are my rival.」

「何? ライバルって、何の?」

「It’s secret!」

 アリアさんは笑いつつ、親指を立てた。

 それを見たアカリは複雑な表情を浮かべ「ユキはあげないからね!」と食い下がった。

 僕はそんな二人を見て苦笑した。

 予想外だったからだ。

 いつまでも同じではないけれど、その変化だって日常だ。この奇妙な関係もいずれは変化する。時間が経てば変わっていく。

 それも日常の一幕だ。

 ──まぁ、いいや。

 僕はのんびりと二人のやりとりを眺めつつ、今後の事に思いを馳せた。

 とりあえず手付かずだった課題を終わらせないといけない。アカリにノート見せないといけない。それに、アリアさんに日本語を教えなきゃならない。

 ──何だよ。割と忙しいじゃないか。

 人間の日常なんてそんな壮大でなくたっていい。

 そんなものだと思った。

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