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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
十四章「桃源郷」
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第三話(第五十八話)

 物心ついた頃には既に一人だった。広い屋敷の、人目に付かない最奥の小さな離れで一人きりだった。屋敷の中にはたくさんの人々が生活していたようだったが、彼女の前に姿を見せるのは片手で数えられる程度の世話係のみだった。その世話係らも最低限必要なことしか喋らない。

 ただ、一人だけ例外がいた。彼女に勉学を教える教師役を担っていた女性だけとは、もっと色々なことを話せた。――と、いっても必要以上の話はなかなか引き出せなかった。

 そして彼女は成長するに連れ、教師から引き出した情報らを総合して自身の境遇を理解していった。

 ある時「天啓」とやらで一つの神託が降りたらしい。――銀髪を持つ双子の片割れの女が、里に訪れる厄災の引き金になる、と。

 そして銀髪の女の双子――リサとリゼが産まれた。

 姉のリサは当面の後継者として表で厳しく育てられた。一方、妹のリゼは屋敷の奥深くにほぼ幽閉され、その存在を秘して育てられた。予言の忌み子がどちらか判らない上に、跡継ぎになるやもしれない大事な子を失いたくなかったようだ。どうやらこの家は(ちか)しい者同士で婚姻を重ねてきた結果、生まれながら体の弱い子が多いらしかった。姉のリサも多分に漏れず軟弱な体を持っていた。

 一方妹であるリゼは体が弱いわけではなかったが「特殊な適性体質」のせいでその身の巫力が不安定で、長く心身が安定しなかった。

 やがて、彼女は教師役の女性の情と罪悪感に付け込み、こっそりと自身を閉じ込めていた囲いを抜け出し、仮初めの自由を手に入れた。

 そして彼女――自身の片割れと出逢った。

 その後もリゼは頻繁に屋敷を抜け出し、様々なことを知った。この里という閉じられた世界のこと。自然の摂理のこと。――自身の置かれた境遇が酷く惨めなことも。

 そしてあと少しで齢十五になろうかとするある日。運命の歯車は最後の軋み声をあげた。

 エルの屋敷を一人の銀髪の少女が訪れた。リゼはそれを遠目に見ていたが、最初は特に気にしなかった。彼女が誰かは知らなかったが、そもそも「いない存在」とされているリゼが知らない顔なんて珍しくなかった。

 だが、その後家の中の様子がおかしくなった。何かざわざわしている。リゼは聞き耳を立て、断片的な情報を引き合わせ、繋ぎ合わせて事態を理解した。

 リゼをこの境遇に追いやった、天啓で示された銀髪の双子の片割れの少女。それは先程の見知らぬ来訪者――アル家の銀髪の少女であった。

 アル家の双子の存在はエル家も知っていた。しかし、実際に双子の女のほうを見たことはなかった。ただ、片割れである男のほうは色濃い黒髪であったため、そのもう片割れも黒髪だと勝手に判断していたらしい。――だが、違った。

 天啓を観た本人であるエル当主――リゼとリサの実父――には、ひと目で分かったらしい。天啓が示したのはこのアルの娘だと。

 つまりは、リゼは実の親の勘違いで、十五年近くを幽閉され、秘して育てられてきたということだった。

 ――すべてが無意味だったのだ。これまでの十五年間すべてが、最初から無意味だったのだ。

 そして彼女は凶行に走った。皮肉にも、天啓の忌み子と誤解された彼女の手によって、本当の予言された子であったハルキは殺された。だが、もし天啓の誤解などなければハルキは殺されることなどなかったかもしれない。運命とは本当に皮肉なものだ。

 (……私は……何を……なんだか温かい……僕は……違う、オレは……そうだ、あいつと……戦って……!)

 目を見開いて周囲を見渡す。何処か……知らない家。温かい、布団に寝かされている……。

 「ぐっ……」

 身体を起こそうとしたら全身に痛みが走った。

 「あ、目が覚めましたか」

 ――この声!

 「ぐぁ……」

 再び動こうとして身体のあちこちに激痛が走る。声の聞こえたほうに、茶色がかった黒髪の少女が見えた。――アイツ(エリン)だ。

 「今は大人しく寝ておいてください。たぶん、無茶な刻印使いと私がやり過ぎたせいで、見た目の傷以上に体が中からぼろぼろみたいです」

 そのまま床に敷かれた布団に押し戻され、強制的に身体を寝かされた。状況がまだ飲み込めない。どうやらここはどこかの家の一室のようだが……。確か……最後に全力の一撃を打ち込もうとして……。

 「最後に私が雷撃を上から落として気絶させたのですが……ちょっと威力を強くしすぎたようです」

 あぁ、僕は……オレは手加減された上に敗けたのか。

 その上、止めを刺すどころか運ばれ、温情をかけられている。なんて無様な最期だ……。

 ――え?

 そこまで状況を把握してからある感覚に気づいた。何とか動かして、右手を、右腕を見る。

 ……刻印が消えていない。

 「待て、なんでオレの刻印が消えていないんだ?」

 命はあるものの、オレは完全に敗北して気を失った。おそらく最後の一画まで奪い尽くせただろうに……何故だ。

 「理由は二つありますが、とりあえず寝てください。まだ身体痛いでしょうに」

 またもや布団に押し込められる。エルの家の自分に充てがわれていた布団よりもよっぽど心地よい気がした。

 「まず一つはその刻印と身体の状態。どうやら刻印の使い過ぎで身体に大きな負担がかかっている状態のようで……。――そうですよね?」

 首を軽く動かして肯定する。身体中が軋むように悲鳴をあげていた。

 「その状態で刻印を剥がしてしまって大丈夫なのか、その判断が私にはつきませんでした。逆にさっさと剥がしたほうが良かったのかもしれませんけど……それは判らなかったので許してください」

 許してくださいとか何を言っているんだコイツは。オレに対して許しを求める必要なんて微塵もないだろうに。

 ……駄目だ、コイツの考えることは、もう自分の理解の範疇を越えている。

 「二つ目は……むしろこちらが本題なのですが、私は別に刻印を奪うために貴女と戦ったわけじゃないからです」

 ……は?

 「刻印は確かに欲しいです、あの人に会うために。ですが貴女と戦ったのは……戦う前にも言いましたが、飽くまでただの、私の身勝手な八つ当たりです。不甲斐ない自分への怒りの矛先を収めることができず、その鬱憤を貴女に対してぶつけただけです。それは正義ではなく、仇討ちでもなく、そして刻印を集めるためでもありませんでした。――それと私、確か貴女に言いましたよね? 終わったらお話しましょう、と」

 ……なんだそれ。なんだそれ。

 「あ、ごめんなさい、言ったつもりで言ってなかったかもしれません。つまりはそういうことです」

 「……まるで話が見えないんだが」

 ――意味がわからない。

 混乱するばかりのリゼに向かって、エリンはにこりと微笑んで話を続けた。

 「貴女と戦ったのは刻印のためじゃなくて、ただの八つ当たり。そして八つ当たりが終わった今、私は貴女とお話して、貴女の意思で私に刻印を譲って頂きたいのです」

 何を言っている?

 何を言っている??

 このオレに、何を言っている?

 オレは既に殺人鬼だぞ?

 お前の大切な人まで手にかけたんだぞ?

 何考えてんだコイツ。

 「元より決めていたんです。残りの刻印集めは、後はもう全て『お話』することで行おうと」

 ――馬鹿だ、真性の馬鹿だ。そんなことできるわけないだろう。

 「だからまずは貴女とじっくりお話したかったのです。私、貴女のことを聞いて思いました。私と同じ――いえ、育った環境はまるで違いますが、それでも私と同じで貴女は『人と話すこと』が少な過ぎたんじゃないか、と。――もっとも私はいくらでも機会があったのにしなかったので、自業自得なんですが……。

 だからまずは私が貴女といっぱい、お話しようと思ったんです」

 ……お前は、何を、何を言って……。

 リサ――半身であるあの子以外に、僕と話したいなんてやつがいると思うか? お前、僕の境遇、ほんとに分かってんの??

 「ですが……ごめんなさい、事情が変わりました。今から私は出掛けてきます。ちょっとカナミさんから呼び出しを受けたので……」

 カナミ……アズミの奴が一番警戒していた闇使いだったか。

 「果たし状でも来たか」

 「いえ、飽くまで話がしたいから彼の祠の前で会いたい、と」

 ――で、それに釣られてこれからのこのこ出向きにいく、と。

 本当に理解できないし、理解しようとしても駄目だ。頭の中がこんがらがってわけが分からなくなるだけだ。

 「ですから……すみませんが、少しだけ待っていてください。あとで必ず、たくさんお話しましょうね。必ず」

 寝たまま横を向いて馬鹿から顔を逸した。――本当に馬鹿だ。必ずってなんだよ。

 「あぁ、そうだ、まだ大事なこと聞いてませんでしたね。――貴女の……名前を教えてくれませんか?」

 「……リゼ」

 「リサさんとリゼさん、なるほどです」

 「――それと、お前」

 「はい」

 「その八つ当たりとやらは……ちゃんと出来たのか」

 「どうでしょう……自分でもいまいち分かりません。ただ、今はもう貴女と戦いたいとは思いません。ただただ早く、たくさんお話がしたいです」

 エリンはよいしょと立ち上がって、最後にリゼに向かって軽く笑んだ。

 「それでは行ってきます。……またあとでお話しようね、リゼさん」

 ――馬鹿だ。本当に、本当の馬鹿だ。

 名前なんて聞かれたのはいつ以来だろう。

 リサ以外からリゼと呼ばれたのも……一体いつ以来……。

 ……あれ? これは涙? ……泣いているのか?

 僕は……私は…………。

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