第二話(第五十七話)
「これで良かったかい?」
アズミに背後から手刀をいれた人物――ナルザはカナミに問いかけた。
「こんなに簡単に人って気絶させられるんですね」
「あーうん、良い子は真似しないほうがいいぞ。あと私は小細工もしているからな……」
……というか、注文してきたのはお前さんだろうに。
「やれやれ、こんな怪我人引っ張り出して、気配消して背後取って気絶させろとか……無茶言う子だ」
「無茶をさせて申し訳ありません。でも、背後をとるのは簡単でしたでしょう?」
「あー、うん、本当に全く気づかないもんでびっくりしたよ。私は別にそんな気配消せるわけでもないのに。あれも闇術の仕業かい?」
「いえ、私の特性は相手の心情などを気取る程度で、直接的な干渉はほとんどできません。ですが、少しでも心情が読み取れれば、話術だけでも注意を惹き付けることはできます」
とはいえ、あそこまで気付かれないってことは少しは闇の技とやらを使ったんだろうが……まぁこれ以上は突っ込まないでおこう。別にどうでもいいことだ。
「まぁいいさ。ところで……気絶させたぐらいでどうにかなるのかい、この刻印」
「たぶんいけると思いますが……。彼女の心は相当乱れていましたし、あとは刻印で力任せに闇術で心に干渉できれば……屈服以上の疑似的な敗北状態にできるとは思います」
……いや、やっぱ少しは干渉できるんじゃん! っと思ったが余計な茶々をいれるのは止めておいた。
つくづく敵に回したくないな、この子は……。
「しかし、本当にすごい煽りっぷりだったよ」
「事実を述べていただけですよ」
しれっと言ってのけるカナミにナルザは肩を竦め、両手を広げた。
「まぁ、この子の言い分も分からんでもないさ。だけどそれを理由に……馬鹿な子だよ」
もうちょっと自分に素直になれないものかねぇ、皆さ。
「……いけます」
すーっと吸い取られるようにアズミの手から、彼女の最後の本物の刻印がカナミの手の甲から腕へとに吸い取られていった。
「闇術とは恐ろしいものだねぇ」
「ですから禁忌扱いなのでしょう」
「その禁忌をこっそり独学で使いこなしてるあんたたちも十分怖いよ」
ナルザはそういって苦笑する。そしてカナミの手を見つめて言う。
「これで八画だっけか?」
「はい」
「しかし……手書きの刻印もどきなんて幼稚な手段に騙されて、あれだけ翻弄されていたなんて……私らも馬鹿な話だね」
アズミの手に残った顔料で描かれた掠れた刻印の跡を見て、ここ数日の色々な記憶と感情が交錯する。あの時、レミが襲撃されて十四人目の存在が確定したとき。刻印の数が合わないことをもうちょっと深く考えるべきだった。
そうしていれば、或いは……。
「ナルザさん、後悔に浸るのはご自由ですが、そのお身体ですからまずご自宅に戻ってからをお勧めします」
「呼び出したあんたが言うかね」
再び苦笑した。セラに刺された傷は上手い具合に急所を避けていてくれた。とはいえ、腹に穴が開いたことには違いないんだが。
「まぁそうすることにするよ。それより……あんたはこれからどうするつもりなんだい?」
「あの人の前にエリンを呼び出します」
「彼の前で最後の決闘でもする気かい」
「いえ……飽くまで話し合いです。あの子次第ではどうとも言い難いですが」
「そうか」
まぁいい。
「じゃー私は帰るよ。またね」
あとは彼女たちの選択に任せて、大人しく家で報せを待つとしよう。
彼女たちの、その選択がどんな結果を齎すとしても、それを受け入れよう。
「はい、本当にありがとうございました」
……礼を言うときぐらい、少しはにこりとできないのかい。
ナルザは三度目の苦笑をして家路についた。




