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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
十三章「銀の双子」
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第六話(第五十四話)

 ――出鱈目過ぎるだろ。

 咄嗟にその場から身を引いたアズミは自分の企みを狂わせるその存在に対して、ぎりりと歯軋りをする。

 エリンとそれに相対したリサの双子の妹――リゼ。リサと同じ美しい銀の髪を首元までで短く切り揃え、リサと同じ体格と顔を持つ少女。ただ、その金色の瞳のみが違っていた。

 現在エリンは八画、リゼは七画の刻印持ち。そしてエリンは言霊を使い、リゼは生まれながらの全属適性持ちという規格外。

 戦端が開かれる直前、背後を通り過ぎざまに一瞬リゼの頭に触れ、例の術は施しておいた。これできっと一時的にだが刻印の反動の影響を考えずに力を使えるだろう。

 そしてリゼは惜しみなくその力を使った。おそらく後の反動は今までよりいっそう酷いものになると思うが、まぁ私の知ったこっちゃない。

 此処は山中の忘れられた小さな祠の前。

 主に山の神を信仰するこの里だが、年月を経るに連れその信仰の形は変わってゆき、このように今は忘れられた祠がいくつかある。

 アズミは以前、里の歴史や成り立ちを調べているときに偶然ここで彼女――エルの娘の片割れ、リゼに出会った。まだアズミが齢十ぐらいの頃だった。

 その時に彼女の正体をある程度聞き出し、誰にも何も言わないと告げてその場は立ち去り、それっきりだった。……そういえば、あの時外に出るなら顔を常に隠しておけと私が言ったんだったか。

 そして今回の儀式の開幕後、約五年ぶりに再会し、利害の一致から協力関係を結んだ。どうせ誰も来ないし忘れられた場所だからとこの祠のある小さな、雑草だらけの山間の広場を合流場所としていた。

 その場所も今や、雷火凍風光と全てが入り交じる戦場と化している。

 風を纏って常に、もはや人とは思えない動きで回避と受け流しをしながらも風の刃を打ち込み続けるエリン。

 対して攻撃こそ最大の防御とばかりに爆火、雷矢、光矢、冷圧と様々な属性の隙の小さな術技をこれでもかこれでもかと打ち続け物量戦を行うリゼ。その一つ一つは本来たいした威力のないものだが、刻印の力を全開に引き出したそれは、すべてが必殺に近い一撃と化している。しかも、今リゼは激情に駆られて出力をさらに増していた。

 (さすがに私の掛けた術もそこまで無茶されたら持つかわからんぞ)

 まぁリゼが倒れたときに、きっとエリンの隙ができる。そこを何とか突ければ……。

 ……いや、やめておこう。正直なところ今はリゼよりエリンのほうがよっぽど化物だ。おかげで練っていた段取りが尽く崩されている。

 「喰らえやぁ!」

 エリンの周囲、全方位から複数の火球が発生し、彼女目掛けて炸裂する。爆火の火種をうまく撒いて囲んだか。しかし……。

 「空へ――」

 その風圧、炎、熱、全てが呆気無く空に向かって流され、散った。本当に全属持ちよりさらに規格外かも知れない。これが言霊の力なのだとしたら、禁忌とされたのも納得がいく。本来ぼけっとしているだけのエリンだからまだいいものの、性格に問題のある奴がこの力を使えてしまえば……。

 そこでついクスッと笑ってしまった。

 つまりあの力を私のような人間が持ってしまえば大変なことになるというわけだ。

 「これで……終われぇ!!」

 気付けばリゼはいくつもの光球を宙に浮かべていた。ラスタとの戦いでも大いに力を奮った彼女お得意の光の雨。圧縮された光球が砕けると光矢が雨のように降り注ぐ。風で光は防げない。

 だが、その技はエリンも今まで幾度と見てきている。まだ守られるだけで抗うこともできなかった弱虫の頃から。今、彼女はその弱虫だった少女じゃない。もう同じ手は通じないだろう。

 ――天、支配する雷よ――

 エリンは光の雨を避けながら言葉を紡ぐ。

 ――過ぎた巫山戯に、お叱りを――

 ズガガガァーン

 轟音と衝撃が周囲を圧した。上空から小さな雷を自分たちの周囲に複数落としたらしい。離れていたアズミは咄嗟にうつ伏せになったが、鼓膜が破けるかと思った。

 これはアイツが本気になれば、本物の自然の落雷すら呼んでしまうのではないか。

 この能力は確かに危険だ。……だから、是非欲しい。でも、私にはきっと無理なんだろう。あの純粋無垢な少女に私は程遠い。

 戦場の中心を見ると、リゼは――あの小さな、無数の落雷の中心にいたリゼは、へたりと地べたに座り込んで放心していた。

 対してエリンは相変わらず風に守られたまま、何事もなかったように、まるでふわりと浮いているかのように立っている。

 リゼの光球は制御を失い、その力を周囲に散らして消滅していた。

 「く、そ……こんな子供騙し……」

 気を取り戻したリゼは虚勢を張って立ち上がろうとするが、足が震え思うように立てない。さすがにあれは子供騙しで片付けていいものじゃない。

 ずっと風ばかり使っていたが、エリンは本来雷と風の使い手。言霊の力を雷に使うこともできてなんら不思議はないのだが、それを今まで伏せていたことも侮れない。力の奥底がまるで読めない。

 「畜生!」

 「――お願い」

 リゼの破れかぶれの風刃の一撃はエリンが軽い一言と共に指先から放った風刃とぶつかり、宙に解け、消えた。

 ――そろそろかな。

 どさくさに紛れ、祠の裏から取り出してきた例の物。でもこれ持ってるの冷たいんだよ……。

 「アズミ、寄越せ!」

 リゼが叫んだ。

 はいはい、どうなっても知らんよ。

 その物体を包んでいた布の結び目を解き、リゼに向かって放り投げた。空中でその布は剥がれ中身を露わにし、リゼはそれを片手で受け止めた。

 ライラ・ウェト・アルマの左手。そこには確かに刻印が二画刻まれていた。

 「オレは……こんなとこで負けるわけにはいかないんだよ!!」

 そして彼女が刻印を吸い取るべく気の力を通すと、それはパリンと砕け散った。言葉通り、ただの氷が割れるように、その凍りついた手は砕け散った。肉片すら血の一滴すら残さずすべて、目で追うこともできない塵と化した。

 「おーい、刻印はどうなった?」

 アズミがそう問いかけると、リゼは訳が分からないといった顔でこちらを向いて「ない」とだけ言った。

 「刻印の力は自然に……山々に還ったようです」

 エリンがそう告げた。

 つまりは生きた体から長く乖離していればその刻印は力を無くし――いや、力を留めておくことができなくなるということなんだろう。そして限界を超えるとその宿っている肉体の欠片ごと分解し、跡形もなく消え散る。そんなところか。

 「畜生! 畜生! 畜生畜生ー!!」

 がむしゃらに攻撃を放つリゼ。リゼの最大のアドバンテージである全属の多様な術技も言霊という規格外には対抗できず、刻印の数でも負けている。刻印の補充も失敗した。おまけにいつ強烈な反動に襲われるかも分からない。

 ――詰みだ。

 まだ決着はついていなかったが、アズミはひっそりとその場を後にした。

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