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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
十三章「銀の双子」
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第一話(第四十九話)

 「なっさけないねぇ」

 彼女は仮面を外し顔面蒼白になっている少女――十四番に言い放った。

 「うるせぇ……」

 (くそ、ろくに戦えなかった上にまた反動がきてる。それにしてもあのガキ……)

 「おい、アイツ何なんだよ、この前の雑魚とまるで人が変わってるじゃねーか。なんだよあの強さ」

 数日前にレミといったか、あのおねーさまに守られて何もできなかったガキが、どうしてあんな眼をして、あれだけの意味わからん力を使いこなしているんだ? というかあれは何なんだ。

 「たぶん言霊ってやつだね」

 「何だそれは」

 「言葉を使ってイメージを補強し、それを術で形にする……だったかな? 私もよく知らないけど、使いこなすと一人の人間が扱えていい領分を越えた力が手にはいってしまう。だから存在を消された、ってことみたいね」

 一人の領分を越えた力? それなら刻印だってそうだろ。

 オレはまだ七画持ってんのに、あいつはたしか四画だった。三画有利なはずなのに、まるで歯が立たなかった。悔しいが、刻印の反動がくる前にさっさと撤退せざるを得なかった。

 「それとあの子、カルナとセラから合わせて四画もらったから、今八画持ちよ。もしかしたら茶番(ゲーム)の終わりも近いかもね」

 「……」

 オレが……あんな怯えて何も出来なかったガキに全く敵わず、負け犬のまま終わるだと?

 あんな大した苦労も知らなさそうなガキに、このオレが……?

 「とりあえず、例の『手』は使わないと話にならないでしょうね」

 ぼやっとした娘から切り落とした刻印を宿した手。

 あの弔式襲撃の後、刻印の力を無駄に使い過ぎたせいか、身体に反動がきて少々苦しめられた。だからあの娘の刻印は手ごと切り落として凍結して保存して隠した。いつか必要になるときのために。――それが今なのか。

 「それとあんたのその反動の強さ……やっぱ特異体質のせいじゃないかと私は思うな。その全属性使えるとかいう反則な適性」

 この里の人間の誰もが持つ巫術の適性。オレの適性は光と……その他全属性だった。稀に特異な適性の子が生まれてくることはこれまでもあったらしい。だが、大抵は体が虚弱などの副作用も患っていたとか。おかげで幼くして亡くなることがほとんどだったようだ。

 オレには虚弱体質(そんなもの)なんてないと思っていたが……こんな形で現れたか、畜生。

 「私の術を使えば、一時的に感覚を麻痺に近い状態にして反動は抑えられるかもしれないよ。

 ……ただし、本当に一時的な誤魔化し。多分その後はいつもよりきつく反動がくると思うけれど、どうする?」

 …………。

 オレはあんな甘々と育てられたガキには負けない。負けるわけにはいかない。

 「……頼んだ」

 「承りましたー」

 そう言って彼女は大仰なポーズをとって承諾する。うざい。だが今はコイツの力が必要だ。

 「たぶん、あの子も今あんたのこと探してると思うけど、もうちょっと休んだほうがよさそうね」

 「あぁ……」

 悔しいが、まずはさっきの反動疲労を少しでも取らなければ話にならないだろう。

 ――オレは負けない。

 絶望を知らずに温々と育ってきた里の奴らになんて、これ以上は負けない。敗けるわけにはいかない。

 「ところでだ。まだちゃんと聞いてなかったが、どうしてお前はそこまでオレに肩入れする」

 「前に言ったじゃん。この里を滅茶苦茶にして欲しいからだって」

 「その理由を聞いてるんだっつの」

 最初にコイツと出逢ったのは何年か前。その時は何もなかったが、先日、何やらおかしなことが始まった雰囲気を察してうろついているときに再会した。そして利害の一致ということで協力関係を結ぶことにした。

 しかし、コイツはなぜこの里をそれほど憎む?

 オレには理由がある。家も里もすべて壊し尽くしたい理由が。

 だが、コイツには何があるんだ?

 「私はねー」

 横倒しになっている太い樹の幹にぴょんと飛び乗り、両手を広げ空を仰ぎながら彼女は続けた

 「私はこの里が嫌い。

 たくさんの仕来りだか慣習だかに縛られ、血がー血がーとか煩いこの里が嫌い。

 血が濃くなるのを怖れてるくせに、外から人を呼ぼうとしない馬鹿さ加減が嫌い。

 そもそも外を全く見ようとしないことが嫌い、愚かしい。

 今の生活で満足している? 何でも此処で取れるから必要ない? 引き篭もりかよ。

 最初から切って捨てて外を見ようとせずに内側だけで、この小さな箱庭の中でしょーもないことであーだこーだしてるばかりのこの里が嫌い。

 外の世界が素晴らしいものかどうかは知らない、分からない。だって、そもそも情報がほとんどないんだもの。

 だけど、こんな息の詰まる狭い箱庭で短い一生を過ごすなんて、冗談じゃない。

だから……ぜーんぶ無茶苦茶になってくれたら嬉しいんだ」

 彼女はこちらを振り返って、ニッコリ笑みを浮かべ、続けた。

 「今更外の世界に出られるかなんて分からない、出られてもすぐ死んでしまうのかもしれない。

 それでもね、私はね、この腐った箱庭が潰れてくれたらそれだけでもまーんぞくなの」

 彼女は満面の笑みを浮かべてそう言った。

 「……お前も大概狂ってるな。しかもさっぱり理解できん」

 求める結果は同じだというのに。

 「貴女と違って私は守りたいものなんてひっとつもないから、もしかしたら貴女よりよっぽどたちが悪いかもね」

 そう言って彼女はクスッと悪戯っぽく笑った。

 ――護りたいもの、か。

 「さて、私はちょっと時間稼ぎとかしてくるよー」

 彼女はぴょんと樹の幹から、軽快に飛び降りた。

 「それとね、ちょっと仲間割れ工作とかできないか試してみるよん」

 確かにコイツはオレよりたちが悪いかもしれない。意地が悪すぎる。それにこんな下衆いことを本当に心の底から楽しそうに口にするなんて、オレがいうのもなんだが、正気じゃない。

 オレは別に楽しいからやってるわけじゃない。ただ、気が済まないだけだ。

 「カルナとナルザとの戦いとか最高だったのになー、エリンとの戦いもそういうの期待してたのにあのデカブツにはがっかりだよ。……だからまたちょっと面白いものないか探してくるね」

 彼女はそう言いながら後ろに手を振り、仄暗い山間の祠を後にした。

 ――オレは、こんなところで負けない。

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