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21話「エピローグ」

 目玉が零れ落ちそうな程、目を見開いて驚いている。

 まぁ、口からは入れ歯が零れ落ちたが……。


「ほ!? 君、なんで生きとるんじゃ?」


 そう言ったのはバンク院長だ。

 大通りでの告白劇の後、俺達は中央病院に来ていた。


「いや、自分でも分からないです。フィーニアとチューしたら治りました」

「ちゅ……チューって…………」


 フィーニアが赤面した顔を手で覆った。

 体はどこも痛くないし、傷跡も綺麗さっぱり無くなってしまった。

 だから大丈夫だと言ったのだが……。


 これまで散々病院に行くのを渋ったせいで、無理やり連れて来られたのだ。

 ちなみに、ミミルさんはあの後、商会に報告に行くという事で行動を別にした。

 しかし、今思い返してもミミルさんはホントに良い女だった。

 あれほど出来た人には出会ったことがない。

 気配りとか、行動力とか、……胸の大きさとか。


「という訳で、今回は徹底的に診てもらいます!」


 そう言うフィーニアの一声で意識を現実に引き戻された。

 俺はフィーニアにひん剥かれ、只今全裸で受診中なのだ……。

 看護師さんもマジマジ見てくるし酷い羞恥プレイだ。


「え~、医者の目から見ても、至極健康としか言えんのじゃが……」

「この人は絶対何か隠すので油断しちゃダメです! さっ、両手を挙げてください!」


 医者がそう言うんだからもういいじゃないか。

 そう言いたい所だが、彼女は院長の横で仁王立ちして許してくれない。


「どれだけ信用ないんだ俺は。ってか、コレはあの時の仕返しか?」


 フィーニアは赤面しながらもチラチラと俺の体を見てくる。


「私は三回も見られてるんですから! そ、それに、もう『私の』なんですよね?」

「まぁ、な」


 三回……。出会って傷を確かめた時と、隷従契約の実験をした時、あとは『対価』を支払おうとして自分で脱いだ時か。

 そういやここで受診した時も裸だったな。

 でもあの時はちゃんと見れなかったんだよなぁ……。


 過去に見たフィーニアの裸体が脳裏に蘇る。


 ――――あ、ヤバイ……。


「あのっ、グラムさんソレ……」


 フィーニアの視線を股間に感じる


「三回とか、お前が思い出させるからだろ!」

「思い出すって……私の!? 今そんな風になられても困ります……」

「まぁっ♪ 若いって元気があっていいわねぇ」


 最後のセリフは看護師長のご婦人だ。


「ん~、しかし正常に機能するのは良い事じゃよ、大切な器官じゃからのぅ」

「いや、分かってます、分かってますから院長!」


 なんという恥辱……。これが命令されて披露する感覚か。

 モジモジしながらもフィーニアの視線は相変わらず俺の股間に釘付けだった。


 俺が『彼女』を見た時間よりもずっと長く見られてる気がする……。

 しかし、やられっぱなしでは終わらんぞ。

 俺は既に反撃の糸口に気がついているのだ。


「フィーニア、お前、涎が出てるぞ」

「ふぇっ!? そんな事ないです!」


 フィーニアはそうは言いつつも口元を慌てて拭う。


「そこじゃなくて、下の方な」

「下って、何を言っ…………!?」


 自覚が無かったのか、言われた事に気づいて耳まで真っ赤になっている。

 いいぞ! 今まで見た中で一番の紅潮だ。


 相変わらずの情報になるが、彼女が着ているのは粗末な貫頭衣だけだ。

 たとえ彼女の欲情が溢れ出しても吸い取ってくれる下着は無い。

 彼女の足下に滴り落ちた『彼女の雫』にみんなの視線が集まる。


 ニヤリ、俺一人では死なん、道連れだ!


「まぁっ♪ 若いって潤いがあっていいわねぇ」


 と言った看護師長は、コレで股を拭きなさいとガーゼを手渡していた。


「違っ……これは、そう、おしっ……」


 どっちでも恥ずかしいことに変わりはないと思うぞ。


「君達……、ココは病院なんじゃが……」


 院長は顔に手を当て溜息をつく。

 呆れられてしまったじゃないか……。


「仕方がないのう……、そこのベッドを使いなさい。カーテンは閉めておいてあげよう」

「「だ、大丈夫ですっ!」」


 違った! 院長に気を回されてしまった!!

 何が大丈夫なのか分からないが、俺とフィーニアのセリフがピッタリと揃った。


 その後、改めて健康体であると太鼓判を押され、俺達は病院を後にした。


「私、もうこの病院で受診する勇気無いです……」

「奇遇だな、俺もだ……」


 フィーニアのプロポーズからまだ一時間と経っていない。

 だがようやく、気持ちの方は落ち着き始め、現状とこれからの事を考える。


 俺達はまず、ガルディー商会へと足を運んだ。

 ミミルの尽力にも改めて礼を言わねばならない。


「これはグラム様、話はミミルより伺っておりましたが、この目で見てもこの事実には驚愕を禁じ得ませんな。これは魔法なのでしょうか?」


 ガルディーもまた俺の生存に驚き、しげしげと見つめてくる。


「さぁ、俺達にもさっぱりでして。考えられるのはセルシア式の隷従契約を行ったせいかもしれないという事だけです」

「原点の隷従契約……、大変興味深い」

「フィーニアはどう思う?」


 そう訪ねて振り返ると、フィーニアはミミルの姿に口を開けて唖然としていた。

 いや、その胸の凶器に圧倒されていた。

 ミミルの今の格好は、外で着ていたドレス姿ではなく、競売所での極小の制服なのだ。


「フィーニア?」

「はい? いえ、あの、コレ、奴隷の服よりも恥ずかしくないですか?」


 驚愕する彼女にミミルは目を細め妖艶な笑みを向ける。


「ウフフ、恥辱に塗れる女の姿というのも殿方に喜ばれるものですよ? 宜しければフィーニア様もこちらの制服を身に着けてみますか?」


 同じ衣装でミミルの横に並ぶ事を想像したのか、恥辱よりも敗北感で辞退を申し出ていた。


「ミミルさんも、今回は本当にありがとう御座いました。俺一人の力では成し遂げる事が出来なかったと思います」

「とんでも御座いません、私の方こそ稀有な経験をさせていただきましたわ」


 そう言うと、ミミルは俺にウインクを飛ばしてきた。


「それに、グラム様はとても素敵でいらっしゃいました。商売抜きでご奉仕差し上げたいと思ってしまう程に」

「それは、その……ありがとうございます」


 ミミルは熱っぽい目で胸を俺に押し当ててきた。

 完全にスイッチが入ってしまっている様だ。


「本日は主よりグラム様の専属との命を受けておりますので、この後は個室の方で精の続く限り――――」


 だが、そうはさせじと俺達の隙間にフィーニアが体をねじ込んでくる。


「コレは売約済みなのでダメです!」

「だぞうです」


 そのまま俺に抱きつくとミミルを威圧する。

 それでも「いつでも浮気しに来てください」と蠱惑するミミルに俺は苦笑を返した。


「それで、グラム様。用件は以上で御座いますか?」


 女性陣に任せていると本題に入れないと思ったのか、ガルディーは俺に話を促してくる。

 俺の方も身を正して彼に向き直る。


「いえ、売られた子供達についてお話をと思いまして」

「契約を取りやめたいと、そういうお話で御座いますか?」


 ガルディーは笑顔を崩してはいないが、空気が張り詰めるのが分かる。

 一度成立したものを無かった事にしては彼らの信用にも傷がつく。


「状況が変わったから無効にしてくれなどと都合のいい事は言えません。何よりも俺は胸を張り自分達を売り込んだあの子達の覚悟を踏みにじりたくない」


 この場所から見た彼らの雄姿を思い出す。

 誰もが納得など出来るものではなかっただろう。

 それでも覚悟を持って踏み出した一歩だ。

 今日した覚悟が、きっと彼らを一回り成長させてくれると、そう信じている。


「それは何よりに御座います」

「ですが、彼らがもう一度俺達と共に居たいと思ってくれるのなら、その時は迎えられる様に環境を作っておきたいと思っています」


 俺はガルディーの目を真っ直ぐ見据え、要望を伝える。

 こういった情報は商売上難しいかもしれない、だが何としても通したい。


「ですので、彼らの引き取り先の皆様と連絡が取れるよう取り計らっていただけないでしょうか」

「なるほど、そういう事でしたら承りましょう。ただ、やはり直ぐに買い戻すという訳には参りません。最低でも一年は仕えていただく事になりますがよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」


 俺は深々と頭を下げ、恩人の二人に感謝の意を示した。

 その時その場に居られなかったフィーニアは複雑な思いもあっただろうが、俺の横で同じように頭を下げてくれた。

 

 俺達はガルディーとミミルに別れを告げて商会を後にすると、その足でアマル寺院へと向かった。


 俺達が孤児院を訪れると、いつもの尼僧と目を覚ましたリーンが出迎えた。


「リーンさんの入所を取りやめたい、という事で宜しいのでしょうか?」


 尼僧の言葉に決心が揺らぎそうになる。

 俺は目を伏せてグッと堪えると、問いに答えた。


「本心を言えば今すぐ引き取りたいです。でも、リーンの体を考えれば、俺の様な探検家の生活につき合わせるのは無理があります。ですのでリーンが健康を取り戻すまで、ここで安定した暮らしをしてもらいたいと思っています」


 拳を握り、唇を噛みしめて願望を押し殺す。

 他の子と違い、リーンだけなら今すぐ取り戻せるという誘惑が辛い……。


 尼僧は鋭い視線で俺の内心を探る様に見つめ、しばしの沈黙が訪れる。

 彼女にしてみれば、預ける、預けないと無駄に騒ぎ、業務を引っかき回しているだけの迷惑な人間に映ったかもしれない。

 だが、答えが返ってくるまでにはさほど時間はかからなかった。

 彼女は胸の前で手を合わせると、軽くお辞儀をした。


「分かりました、大切にお預かりさせて頂きます」

「ありがとうございます」


 俺は尼僧に礼をすると、膝をつきリーンの目線に合わせて微笑む。


「リーンもそれでいいかな?」


 リーンは目じりに涙をため、黙って俺の袖を握り締めている。

 俺は焦らずリーンの頭を撫で、落ち着くのを待った。


「リーン……、パパに頑張るって……言ったもん……」


 ぐずつきながらも、掴んでいた服を離してくれた。


「ああ、またみんなで暮らせる様に、パパも頑張るからな。いい子で待っていてくれ」

「私も会いに来るからね、また遊ぼうね」

「うん……」


 俺とフィーニアはしばらくリーンを抱きしめた。


 リーンの治療代が不足するような事があれば連絡して欲しいと伝え、俺とフィーニアは頭を下げ、尼僧にリーンの事をお願いした。


 リーンは尼僧に連れられて施設に戻っていく。

 手を引かれながら振り返るその顔は、涙を堪えて真っ赤になっていた。


 二人が施設の中へ消えると、リーンの泣き声が俺達の耳に届いた。


「フィーニア……ごめん」

「ううん、私こそ、グラムさんに全部押し付けてしまって……」

「今のままではダメなんだ。これからの事、一緒に考えてくれるか?」

「はい……」


 帰り道……、いい年をした大人と、子供にしか見えない大人の二人は手を取り合い涙を流していた。


 宿に戻った俺達は、本当に沢山のことを語り合った。

 手放さなくてはいけなかった家族の事、彼らと今後どう関わるのかという事。

 そして、重なり合った二人の未来の事を――――。


 交わされる想いは自然と言葉から体へと移り変わっていく。

 窓から差し込む月明かりに照らされた室内。

 二人の胸元にはいつの間についたのか、同じ形の痣が刻まれていた。




 結局、俺達はほとんど睡眠をとることもなく、朝から準備に追われていた。


 なにせ、俺達は手持ちの資金以外、荷物を全て無くしてしまったのだ。

 新調したカバンに、旅行道具を買い揃え、お土産もばっちりと用意した。

 お陰で残りの資金は旅費を捻出したらもう後がない状態だ。


「なぁフィーニア、本当に大丈夫か? もう一日ゆっくりしてからでもいいんだぞ?」

「大丈夫ですっ。女の子はみんな通る道なんですから、平気です!」


 頬を染めながら、幸せそうな笑顔を返してくれる。


「お前、絶対我慢し過ぎるからな、痛かったり辛かったらちゃんと言うんだぞ?」

「はい……。でも、それはグラムさんもですよ? 辛い事を隠すのはもう無しですからね?」

「ああ、分かってる」


 その言葉に嘘はないと、お互い誓うように唇を交わす。


 昨日この場を騒がせた少女だと気づいたのか、何人かの御者がこちらを見ていた。

 リアンカスに着いて四日目の昼さがり、俺達の待つ寄合所に目的の駅馬車が到着した。

 俺は手配した旅券を御者に手渡すと、傍に寄り添う最愛の人に声をかける。


「フィーニア、準備はいいか?」

「はい!」


 薄茶色の髪を緑青色のリボンで止め、白いワンピースに身を包んだ少女が応える。


「向かうは帝都ロマヌだ! 教授に仕事もらいに行くぞ!」


 フィーニアの手を取り馬車に乗り込む。


「ロマヌ行き定期便、発車しまーす」


 御者が発車のベルを鳴らし、馬車は北へ向けてゆっくりと動き始めた。

以上で『二人で結んだ命と令』完結となります。

初投稿作品の為、読みづらかったり拙い内容だったりした点が

多々有ったかと思いますが、ご愛読下さり誠にありがとうございました。

次回作を発表した際にはまたお読み頂けるとうれしいです。

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