真の王
「え?」愛華が聞き返そうとしたとき、凄まじい重圧が愛華を襲う。
その重圧は涼音が凝視した方向から流れてくる。
何かがその場所に存在し始めている。
猫と兎のような影を愛華は見た。
その瞬間、重圧の質が変化する。
「か、身体が動かない。」愛華は身構えようとするが、意思がその行動を阻止する。
二匹の獣人が実体化する。
その重圧はまるで10tの岩を身体に乗せられたように感じる。
「す、涼音。」と呟きながら愛華は涼音を見る。
涼音は重圧をまったく感じていないように見えた。
涼音が愛華の状態に気付く。
すっと涼音が愛華の前に出てぶつぶつと呪文のようなものを唱える。
「護壁!」
「保護」よりも硬固な防護壁が二人の前に現れた。
愛華に強風のように襲い掛かっていた重圧が一瞬で消える。
嘘のように身体が軽くなった。
しかし、涼音が呟く。
「愛華、心をしっかり持って!」
「え?」
「自分を護って!」
実体化した二匹の獣人が言語を発した。
「控えよ!」猫獣人が言う。
「守の王の御前である。」兎獣人が続ける。
「来るよ!」涼音が言った。
其の刹那二匹の獣人の中央のやや後方に凄まじい存在感が現れる。
「はぅ!」愛華は耐え切れずにひざまずく。
涼音が防護壁を展開してくれているのは認識出来た。
それでもこの重圧。
涼音がいなかったら私は耐えられない。
愛華がそう思ったとき、中央の存在感が実体化した。
「!!!!」
言葉では言い表せない重圧。
「こ、これがレベルの違い。」愛華が思い知る。
先程涼音が封印した「獣人」と同じ様な姿をした、しかしまったく存在感が違う「獣人」が神々しく立っていた。
愛華は跪きながらも気力を振り絞り、自分の意思を保つことに専念した。
すると「久しぶりだね。守の王。」と涼音の言葉が聞こえた。
愛華は幻聴が聞こえたのかと思い、涼音の方を見た。
涼音は三体が現れた場所を凝視しながら森の礼儀により臨戦態勢になっていた。
「おぉ、その声はいつぞやの僧侶か、久しいな!」守の王と呼ばれた獣人が答える。
「開眼しないことを許せよ。」言葉通りその三つの眼は硬く閉じられていた。
もちろん、他の2個体の眼も閉じられていた。
愛華はその言葉を聴き安堵した。
森の中で相対する種が対峙した時、眼を開いて相手を見る事は、その相手に対しての敵意であると認識される。
今、守の王と呼ばれた獣人やその従者が眼を開けたら、それは命のやり取りを行なうことを意味する。
愛華は今の自分の力量と、目の前の敵のそれを比較し、違いすぎるレベル差を認識していた。
しかし。
「あはは、可笑しい!」
涼音がまるで相手を挑発するように両手を無造作に広げながら言う。
「この状況で眼を開けたら、即。開戦じゃない!。」
「ドクン」
心臓が破裂しそうになり、愛華はまともに顔が上げられなかった。
気力を保ちながら愛華が涼音に言う。
「す、涼音、私は戦いには参加できそうもない。」
しかし涼音はあっけらかんと答えた。
「大丈夫、解ってる。」
「?」
「何を言ってるの?」愛華は理解できない。
「この守の王はさっきのとは違うから。」
「?」
「こんな場所で戦いをしない分別はあるから。」愛華の問いに涼音が小声で答える。
もちろん涼音も目は開いていない。
だが所詮は違う種であることを涼音は理解している。
いつ、どのような事になっても対応できるように、涼音は臨戦態勢を解いてはいない。
そして更に、涼音の身体からも目の前の守の王達に匹敵する重圧が流れ出る。
「だめだ。」
涼音の気が合わさって愛華はもう堪えることが出来なかった。
「で、こんな浅い森に正式な従者を引き連れて何をしにきたの?」涼音が一分の隙も見せずに問う。
守の王と呼ばれた獣人は穏やかに話し始める。
「わが眷族の下級戦士が森の律分を冒してこのような浅い場所で「存在」し、あろうことか森の和を侵していると聞き、仕置きをするために出向いたが・・・徒労だったようだ。」
涼音の手にある封魔石を感じながら守の王が苦笑しながら答える。
「おっと、敵討ち?」涼音が更に問う。
「くはははは、いや、失敬、失敬。」守の王が答える。
「我が行なうべき仕置きを貴兄が代行してくれたのに、それを感謝こそすれ、恨みや復讐心など微塵も持つ道理は無いと思うが、どうか?」
「おぉ、この懐の深さ、この物言い。本当の守の王ってこうだよね。」涼音が考える。
「このような浅き場所に存在した不届き者に対する、我に変わっての汝の仕置き、大義であった。」守の王が言う。「礼を言おう。」
「いえいえ、どーいたしまして。。」涼音が棒読みで答える。
例外はあるとはいえ、「人」と「妖魔(それも高位レベル)」の間には狩る者と狩られる者としての関係か、力による師従関係が一般的である。
いかに崇高な精神の持ち主である「守の王」といえ、「人」に心から感謝をするとは到底考えられなかった涼音は淡々と受け答えをした。
「とりあえずの礼はさせてもらった。」
そんな涼音の心を読み取ったのか、「守の王」は答える。
「今この場はお互いのため引かせてもらおう。」
そう言うと猫と兎の従者共々守の王と呼ばれた存在が希薄になる。
「我の本来の場所で合間見えたときは、本気でお相手仕る。」涼音の耳元でその言葉がささやかれると同時に彼らの存在が消えた。
その瞬間、強風のように感じていた重圧も消えうせた。
「はぅ。」
愛華が腰から崩れ落ちた。
気力の限界だった。
いままで背負わされていた何十トンもの荷物が急に取り払われた感覚と言えば良いのか?
病気で寝込んでいた後に、眼が覚めたら回復したような爽快感と虚脱感と言えば良いのか?
とにかく、命が助かったことだけは理解できた。
涼音も深呼吸をすると臨戦態勢だけは解いた。
「あはは、愛華のレベル上がってるよ!」
涼音が愛華を見て言う。
愛華の侍レベルが20になっていた。
戦闘は無かったが、ほぼラスボスクラスの敵と対峙し、敵が逃げた格好になったので経験値になったらしい。
戦えば瞬殺だった状況を考えると幸運以外の何者でもない。
愛華が深いため息をついた時、涼音が森の奥を見て反応した。
「敵?」
ナーバスになっている愛華もそれにつられて反応する。
しかし涼音の行動は素早かった。一瞬で愛華の視界から消える。
森の所々で人の影のようなものを感じる。
愛華は腰の刀の柄を握るがそれ以上の行動は出来なかった。
「?」
愛華が涼音の姿を認識したときはすべてが終わっていた。
涼音はそのひと時で数十匹の「振え狐」を捕獲していた。
「えへへ、ジョブコンプリート!」涼音は満面の笑みを浮かべて呟いた。