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国境線にて  作者: 劉之介
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2. 便箋、比喩

 ある日、僕の家に一枚の封筒が届いた。それは何の前触れもなく、そして突然のことだった。僕は郵便受けから封筒を取り出した。封筒は真っ白で汚れが一つもなく、それでいて宛名や住所はどこにも書かれていなかった。明らかに不審な手紙だったが、どうしてか僕にはその封筒が単なる悪戯のために入れられたのだとは思えなかった。理由を訊かれれば返答に困ってしまうが、それでも僕は好意的な心を持ってその封筒を受け入れた。

 封筒の中には便箋が一枚入っていた。二つ折りにされた便箋を開くと、数十本の罫線が重なるように引かれていた。文字はその間に書かれており、走り書きにも見えるがどことなく品が感じられるような印象を受けた。文字の形から僕は髪の長い女性をイメージした。

 僕は便箋を左手に持ち、虫の解剖実験をするときのようなあの好奇心をつまみにして書かれている文章を読んだ。僕の予想に反して難しい言葉や漢字は意外にも使われていなかった。書かれていたことは次の通りである。



 拝啓 

(宛名がないことについては誠に申し訳なく、深くお詫び申し上げます。文面について不快な思いをなさった場合、この手紙は破棄してください)

 初めてお便り差し上げますこと,はなはだ失礼とは存じますが、今回はどうしてもお伝えしたいことがあり、筆を執った次第です。

 さて、そのどうしても伝えたいことというのは、貴方様の今後の未来についてです。率直に申し上げますと、もうすぐで成人を迎える貴方様には雨雲のような危険が迫っております。雨雲は非常に深刻で避けがたいものであり、それを迎えうつには万全な心構えが必要です。

注:これはあくまで比喩的なものです。実際に雨雲が現れるわけではありません。

 貴方様は現在様々な迷いを抱えていらっしゃいます。それは一括りに言えば、幸運と不幸の連続が幾重にも折り重なっている状況、と言っていいのかもしれません。貴方様はその「永遠に繰り返される波」に恐怖を感じておられるようです。

 このままの状態が続けば大変なことになります。現在の生活に耐えられていない以上、この先貴方様を待ち受けるであろう大きな試練を乗り切ることは恐らく難儀なことです。秒読み開始時間は貴方様の想像よりもずっと早く、間近に迫っております。それまでにはどうか、障壁のような強い信念と、荒野の地を舞う砂嵐のような大きな意志をお持ちになってください。

 壁の向こうの景色から。いつか逢える日を願っています。

                                                敬具



 僕は便箋を机上に置いた。首をかしげ、しばらく文面の意味を考えてみる。そしてもう一度便箋を手に取り、再び読み返す。読み終わったら今度は机上には置かず、すぐにまた最初から読み返した。

 その動作を七回ほど繰り返したところで、僕はとうとう諦め、便箋を折った。ゆっくりと封筒に戻し、そのまま寝室へと向かった。急に眠りがやってきたのだ。もちろんそれはこの便箋のせいである。

 布団の中の暗い世界で目を閉じた。しかし三十分経っても僕は眠りにつくことができなかった。眠気はあるのにどうしてだろう。どうやら先ほどの便箋が僕の頭の中で大きな巣をつくっているらしかった。僕はその侵略活動に対して無理に抵抗したりはせず、素直に受け入れた。

 雨雲のような危険。それはいったい何なのだろう。この手紙の筆者はその雨雲を比喩表現の一種として使用した。つまり僕の将来にはこの先、恐ろしいことが待っていると言いたいのだろう。その「恐ろしいこと」が何かは分からないが、わざわざこうして伝えてくるということは、やはりその「恐ろしいこと」というのは並々ならぬものに違いない。では、それを避けるためにはどうすればいいのか。筆者はそれについて障壁のような強い信念と、荒野の地を舞う砂嵐のような大きな意志を持つべきだと書いた。表現が抽象的なこともあって、僕の頭ではなかなか理解ができない。そもそも元々の原因すら分かっていないのだ。最初から不明なのにそれについての解決策など理解できるわけがない。

 僕は今度こそ眠りにつこうと思った。便箋が作った蜘蛛の巣を手で軽く掃い、僕は目を閉じた。真昼でも僕の眠気はちゃんと働いてくれた。

 そのまま、遠くへ……


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