3. 雨雲、不快
僕は瞼を開いた。拳で殴られたような強い光が、僕の意識を強引に現実へと引き戻した。最初、僕は自分が荒野にいることをすっかり忘れていた。それくらい、疲れていたのだ。僕は立ち上がりながら自分自身にそう言いきかせた。
あの眠りから…… 僕が布団に潜り込んだのを最後に…… 僕の知っている景色はどこかへ消えてしまった。代わりに現れたのは無人の荒野と、残酷に吹き荒れる砂嵐。そして、不気味なほど規則正しく並べられた木板の壁、それだけだった。
頭が完全に覚醒するのを待って、僕は再び歩き出した。今流れているこの時間が果たして現実のものなのか、実はまだ夢の中なのか。残念ながら僕にはそれを知るための術はなかった。でもそれを知ったところで今さらどうということはないだろう。この旅が著しく変化するとは思えないし、そもそも今はそれを解明する時ではないと思う。僕にはもっと重要な問題――― この壁が何のために建てられているのか。僕はなぜここにいるのか。その答えを見つけない限り、僕はもとの世界には戻れない。あくまでも勝手な推測だが、とりあえず僕はその持論を信じて進んでみようと決めた。目標を定めれば士気なんてものは自然と高まってくるものだ。たとえその目標が間違っているものだとしても。
僕は歩きながら、三度あの便箋のことについて考えていた。あの単純だが難解な文章をどうひも解いていけばいいのか。僕は覚えている範囲だけでいいから、その文面とこれからも格闘していこうと決意した。僕が封筒を手にしたあの日、あの日から僕の生活の中で常識的に機能していた軸は突如崩壊を始めてしまった。僕がここにいることと、宛名のない封筒が届いたことが偶然立て続けに起こったとは考えにくい。国境線と封筒には何かしらの関連性がある。僕はそう考えた。もしかしたらあの便箋は、僕をこの荒野に連れていくための入場チケットではないのだろうか。僕が知らず知らずに抱えている、見えない闇を取り除くために。誰かが(もしくは便箋の筆者が)ここに僕を連れてきたのではないだろうか。
僕は頭が痛くなった。目に見えない恐怖に心から怯えている。考えすぎたせいだろうか。でも、考えずにはいられない。現状を知りたい。事態の原因を調べたい。僕の未来を妨げる雨雲の正体を確かめたい。どうしても考えずにはいられなくなってしまうのだ。僕は歩くのを止めた。道を進むことが俄に馬鹿らしく感じてきたのだ。僕はその場に座り込んだ。誰かに頭頂を平手でおさえつけられているような不快感が僕を取り囲んだ。その不快感は空気となって僕の中に侵入し、肺の中で黒い息を吐いた。身体中の内臓が僕に危険信号を出す。でも今の僕にできることなどない。僕はただ途方に暮れているだけだ。口を阿呆らしく開けて、何かを欲しがるような顔で訴え続けるだけだ。黒い息が肺を飛び出し、全身を蝕んでいく。でも僕は何も出来ない。
結局、そこから何も進むことなく夜を迎えた。辺りが真っ暗になっても、僕は目を閉じることはなかった。視界に映る景色など、今はどうでもいい。僕の意識は長い時間、僕の中にいた。




