再会
懐かしい人と出会うこと。
それはいいこともあれば
悪いこともある
けど大抵は、いいことだよね?
繁華街は、休日のせいもあって、とてもにぎわっていた。
午前十時。
帰る時間を考えて二時には出るから、あと四時間ある。
「少し歩くか」
「うん」
街の中心をあたしと氷室さんが並んで歩く。
親子までは年が離れていないけど、見た目より若く見える氷室さんと、化粧と服のおかけで大人っぽく見えるあたしは、もしかしたらカップルに見えているかもしれない。
すれ違う人たちは、手を繋いだり愛の言葉を交わしたりしている。
そんな光景がちょっと羨ましかった。
服を見て回って、これから寒くなるからコートでも……。
もっぱら冬服を中心に見てまわって、女性服の扱うお店ばかりを何件か回ったけれど氷室さんは居心地が悪そうだった。
それでも、あの人のルックスや顔立ちからあんまり違和感がなくて、すれ違う女性は何人も振り返っていた。
一通りの買い物が済んだところで、二時間ほどの緊急の仕事が入ったと言い、氷室さんはあとで迎えに来ると職場へ向かった。
あたしは二時間をどうやって過ごそうかと、買ったぱかりの服を抱えたまま考えていた。
最初に向かったのは薬局だった。
包帯を買ったついでに、化粧品のコーナーも覗いてみる。
初めて踏み込んだ化粧品のエリアは、あたしには何だか場違いな気がして、めまいを感じた。
店を出てしばらく歩く。
喫茶店で時間を潰そうかなと考えていたら――
「すいません。あの……」
不意に声をかけられた。
振り返る。声をかけてきたのは、あたしと同年代……よりちょっとだけ上の、男の人だった。
でもどこかで会ったことがあるような気がする。
「どこかでお会いしたことが?」
あたしがそう切り出すと、男の人はあっ。と大きく頷いて「やっぱり?」と続けてきた。
「香坂綾さん、じゃないですか?」
「神崎卓巳さん?」
二人の言葉が重なった。
男の人――神崎さんは、にっこりと微笑んで、大きく頷いた。
あたしも、こくん。と頷いた。
「今時間、あるかな」
「ええ、少しなら」
立ち話もなんだから。そういうことで、あたしたちは近くのスターバックスコーヒーに入った。
ちょうど端の席が空いている。コーヒーを注文して、二人がけのテーブル席に座った。
「久しぶりだね。何年……五年ぶりくらいかな」
「そうね。同窓会以来、かもね」
神崎さんは、あたしと同じく両親を幼い頃に無くし、同じ孤児院で育った仲だった。
年はあたしより二つ上。つい先月、二十歳になったらしい。
「今日は仕事が休みでさ、この辺りも滅多に来ないんだけど、雑貨を買いにきたら、あれ? って思って」
「神崎さんも、お元気そうで何よりね」
「昔みたいに卓巳兄ちゃんでいいよ」
「そういうわけには……。お互い、もう大人ですしね」
あたしはニコリと笑ったつもりだったけど、神崎さんは寂しそうに笑った。
「そうだよな、お互いにもう大人だ。子供の頃ってそんなこと全然気にしなくてもよかったのに、大人ってのはちょっと面倒だよね」
ポケットからタバコを出して、あたしに「タバコ、いいかな?」と確認した。
「どうぞ」
あたしが言うと、彼は「失礼」と一言断って、火をつけた。
子供の頃から知っている人が、タバコを吸う姿は、もう子供じゃないんだということを実感させられる。
「綾ちゃんは今、社会人だっけ?」
「高校生よ。来月で十八歳、来年卒業予定」
「予定ってなに? 単位が足りないとか?」
「出席日数ね」
「あはは、学校をサボっていたのかい?」
「そんなとこかなっ」
あたしは勤めて明るく振舞った。事故にあったこと、恋人を無くしたことは、あえて話すことじゃない。
「今は神崎さんは、何の仕事をしているの?」
「ぼくかい? グラフィックデザイナーってやつだよ。
商品のパッケージ写真とかあるだろう? あれをデザインする仕事さ」
「へえー。凄いわね」
「綾ちゃんはすっかり大人っぽくなったなあ。化粧もするようになったんだ? とてもキレイだ。服装もとてもオシャレだよ」
「ありがとう」
あたしはお礼を言う。
城戸さんと野上さんのことが頭に浮かぶ。
自分でしたわけじゃないのだけど、二人のことを褒めてもらっているみたいで嬉しかった。
「綾ちゃんはもう、彼氏が居るのかな?」
そう聞かれて言葉に詰まって、あたしはコーヒーを飲む真似をして間をつないだ。
中身は空っぽだったけど、フタがあるおかげで神崎さんには気づかれなかった。
「今はいないわ」
「……そしたら」
何かを言おうと神崎さんが顔を上げたけど、先にあたしの言葉が続いた。
「けど、忘れられない大切な人がいるの」
腰を浮かせて前かがみになっていた神崎さんは「……そっか」とつぶやいて椅子に座った。
手元にあるコーヒーを一気に飲み干していたけど、中身が空っぽなのは分かっていた。
それから少しの間、押し黙っていたあたしと神崎さんだったけど――
どちらがともなく語りだした孤児院の頃の話。
あたしたちは、当時を振り返りながら、軽く笑い合いながら――思い出を語り合っていた。
話もひと段落ついた辺りで、神崎さんがふふっ。と笑った。
「正直安心した。ぼくと綾ちゃんと共通の話題といえば、あの孤児院の話だ。しかし君にとってはあまり思い出したくない話かと思って、するのをためらっていたんだ」
「思い出したくないなんて思ったことはないわ。幼い頃に両親を無くしたあたしの居場所は、あの孤児院だけ。神崎さんも同じでしょ?」
「そうだね。ぼくらはあの孤児院で育ってから、こうして出会うことができた」
「出会いがあったから、再会もある。人の縁って不思議ね」
「綾ちゃんの育ての香坂夫妻は…」
「……」
あたしは首を小さく横に振った。
神崎さんは俯いたまま、小さく「ごめん」といった。
それでも神崎さんは、あたしに合わせるつもりで、最近の流行の曲だとか服のことだとか、昨日やっていたテレビ番組だとかお笑い番組のことなどを話してくれた。
あたしには正直、どれもサッパリ分からなかったけれど必死に共通の話題を探そうとしてくれている姿勢が、ちょっと嬉しかった。
本当に、楽しかった。
時間を忘れるくらいに。
鐘の音が鳴り響いた――ような気がした。
携帯電話が鳴っている。
氷室さんからだ。時計を見ると、そろそろ一時を回ろうとしていた。
すぐに電話を取ると、そろそろ帰るぞとのこと。時間もあまりない。
「うん。分かったわ。すぐに行くね」
電話を切って「ごめん、行かなきゃ」と立ち上がると、神崎さんはあたしの手に自分の手を重ねてきた。
「また会えるかな」
うつむいていた顔を上げて、あたしに訊いた。
「どうしたの神崎さんっ、ここお店の中だしっ」
ビックリしてパニックになっていると、神崎さんはもう一度あたしの顔を見た。
「ずっと…君のことが好きだった」
突然の告白。
あたしが言葉に詰まっていると、神崎さんは言葉を続ける。
「この辺りを歩いていれば、いつか君に、会えるような気がしていた。はは、今ってそんなこと言うと、ストーカーだとか言われるかもしれないけど、別に住所を突き止めようとか、今はどこで何をしているのかとか必死に調べたわけじゃないさ。
ただ偶然にも再会できたらいいなって思っていた」
それは分かっていた。神崎さんは、ううん、卓巳兄ちゃんは昔っから奥手で、そのくせ分かりやすかった。
「うん……でも、ごめんなさい。あたしには、忘れられない人がいるから」
「ぼくじゃ、そいつのことは超えられないかな?」
「そうね、超えられない。だってもうこの世にはいないから」
真っ直ぐあたしを見ていた卓巳兄ちゃんは、視線を落とした。
「……そっか。そりゃ、超えることはできないな」
少しの間、視線を落としていた卓巳兄ちゃんは――今度は真っ直ぐにあたしの目を見つめた。
「日本を発つ前に、ハッキリとした答えが聞けてよかった。実は俺、今の会社で大きなプロジェクトを任されることになってて、その返事を明日、出すことになっていたんだ。海外に飛んで出世まっしぐらコースか、出世の道は閉ざされるが日本に残って香坂綾を探す生活を続けるか。
おかげで決心がついたよ」
卓巳兄ちゃんは、ぐっ。と唇を結んで天井を見上げた。
溢れそうになっている涙がこぼれないように。
「……居なくなっちゃうんだ」
「3年か5年かは分からないけど。だから今日は、綾ちゃんに会えたことが偶然というより――奇跡を感じた。ほんと……会えてよかった」
反り返るほどに上を向いていた卓巳兄ちゃんの目から、溢れ出た涙が頬を伝ってきた。
「あたしも、会えてよかった」
嘘偽りない本心からの言葉。
卓巳兄ちゃんは、涙でぐしゃぐしゃになっている顔を隠しもせず、涙を拭いもせずに右手を差し出した。
「また、会えるかな?」
分かっている。それは最後の、別れの言葉。
「うん、必ず。また会いましょうね」
あたしは強くその手を握りしめた。
きっと逆の立場だったら、社交辞令でも真に受けたい言葉。
自然に手が離れ、あたしは振り返らずに店内を後にした。
卓巳兄ちゃんは、あたしの背中をずっと見送ってくれていた。
最後に何か、一言声をかけるべきだったのかどうかは分からない。
だけどここで振り返らないことが、精一杯のあたしに出来ることだった。
スターバックスコーヒーの店員さんは、みんな、優しい顔で見送ってくれていた。
中にはあたしたちのやりとり見て、泣いている人もいてくれた。
ありがとう。卓巳兄ちゃん。
そして、さようなら。
――……
待ち合わせの場所につくと、氷室さんは眉をしかめた。
「どうした? そんなに目腫らして。メイクも半分落ちてるぞ」
氷室さんはあたしを車に乗せると、すぐに発進してくれた。
「……ちょっと泣ける映画を観ちゃって」
ぽつりとつぶやくと、氷室さんは少し考えていた。
「そんなに泣ける映画やってたのか?」
「うん。とっても……」
あたしは流れる景色を眺めながら、そう答えていた。




