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ペール・グリーン 1/3

若葉色の三角形の物体が金属音を立てて落ちた。


「落ちましたよ」


裕太君がギターピックに細い紐の付いた形のアクセサリーを拾って渡すと奈子さんは、はにかみながらありがとうと言った。


「こちらこそありがとうございました。またよろしくお願いします」

「あ、ちょっと待って」

「はい」

「いつものノートの赤なんだけど、たくさん売れてて、次回までに足りなくなるかもしれません。近くに来たときでかまいませんので40冊お願いできませんか」

「わかりました。明後日でよろしければお持ちします」

「ありがとう」

「こちらこそありがとうございます」


口頭での追加発注。山口店長のFAX注文はいつも抜けがあり、この店では現場のこうした追加がとても多い。もちろんご注文に文句などあるはずないので笑顔で受け取るだけだ。奈子さんも慣れないうちは申しわけなさそうにしていたが、今はもうなんでもないことのように言ってくる。

店長に初めて紹介されたとき浜奈子と名乗ったので、思わず静岡のご出身ですかと聞いてしまった。どうしてわかったの、母が静岡なのと真顔で言うのを聞いて冗談だと思った。そんなことを思い出した。



それから次の配送先に向かったかというと、実はまだ店の駐車場にいるのである。助手席の IBM ThinkPad 345C を左手だけで開いて復帰させて、左手だけで今の注文をメモする。一瞬の早業。午前中の配送はこれで終わり。店長の許可は得ているので車の中で簡単に昼食をすませるつもりだった。エンジンをかけていないので車内は寒い。


裕太君はMDウォークマン MZ-R30 に秋葉原で1,000円で買った折りたたみ式スピーカーを取り付けて再生し始める。MDの内容はマイケル・ジャクソンのヒストリーからの抜粋で You Are Not Alone から曲が開始する。山下さんから借りたCDを IBM Aptiva J3C のCDプレイヤーで再生して手作業でMD化したものだ。

そしてビニールバッグからぬるい缶コーヒーと三色パンを取り出した。


Stranger in Moscow が始まる頃に車の窓がこんこんと叩かれた。窓の外には長い髪と赤いエプロンの小柄な人物。奈子さんだった。


「近藤さん、近藤さん。これ店長から差し入れです」

「ありがとうございます。店長さんが来てるんですか。それならご挨拶したほうがいいですね」

「いえ、もう行っちゃったんですよー。食べてくださいね」


そう言いながら彼女は井村屋のあんまんの入った熱い袋を押し付けてきた。もっと早ければ冷たいパンなんて食べなかったのに。



「山下さん、CDをお返しします」

「マイケル・ジャクソンはどうでしたか。どれも聴きやすいのに意外な感情表現があったでしょう」

「そんな感じですね」


正直よくわからなかった。前に貸してくれたエンヤのほうが好みだったな。また借りてMDに入れておきたい。


山下さんも自宅ではAptivaユーザーだ。会社で支給されているのがThinkPadだから自然とそうなる。彼はオーディオをSANSUIで揃えていたのにCDだけはパソコンに変更した。本格的なデッキのほうが音は良いのではないだろうか。


「最近はインターネットでも音楽が聴けるんですよ」

「そうなんですか」

「昨夜は海外のサイトで "Every_breath_you_take.mid" というファイルを見つけまして。再生したら知ってる曲なんですよ。なんだと思いますか」

「いや、ちょっとわからない」

「ポリスの見つめていたい、なんです。もちろん原曲そのままではないです。パソコンで再生できる楽譜のようなそんなファイルがたくさんあったんです」


ポリスの曲。そんなのがネットにあるんだ。


「機会があったら聴いてみますよ。MIDでしたっけ」

「MIDIです」



数日後の早朝、裕太君は事務所の棚の古雑誌を漁っていた。月刊アスキーの裏技コラムに使えそうな情報があったはずなのだ。きっかけは杉浦文房具店でのささいな雑談だった。


「それでね、応援しているバンドの初渋公なんだけど、今回はぴあでしか売らないんだって。今までは現場での前売りで並べば買えたのに」


チケットぴあ。裕太君はほとんど名前しか知らないが、情報誌と連動したチケット予約サービスだ。


「じゃあ電話してチケットを買うんですね」

「そんなに簡単じゃないのよ。知らないの、つながるまで何度もかけるんだよ。仕事もあるのに一日中電話することになったら困るじゃない」

「そんなに大変なんだ。じゃあ俺も電話してみようか」

「誰がかけても無理なものは無理。でもやってくれるならこれどうぞ」


奈子さんがその場で書いたメモには公演日、予約開始日、会場、入場料金、そしてPコードが書かれていた。


「ふーん。じゃあ試してみる。買えたらいっしょに行こうか」

「近藤さんがこんな音楽を聴くの。いいよ。取れたら行ってあげる」


本当に無理だと思っているらしく軽い笑い声を上げている奈子さん。こういうときに使える裏技を見た記憶がある。あの雑誌を見つけられたら電話くらいなんとかなるんじゃないかな。


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