死神と呼ばれたエルフ
ランディル地方西方。
深い霧と古木に包まれた山奥に、地図にも記されない小さなエルフの村があった。
そこで、一人の少女が生まれた。
エルリン・ファリル。
長く美しい金髪、左右で色の異なる澄んだ瞳を持つ少女は、幼い頃から村の誰よりも活発で、森を駆け回ることが好きだった。
しかし、その平穏は長く続かなかった。
ある夜。
魔物の群れが村を襲撃した。
燃え上がる家々、悲鳴、折れた大樹。
エルリンの両親は幼い娘を抱え、最後まで魔物と戦った。
「生きなさい、エルリン」
その言葉を最後に、二人は命を落とした。
村は多くの犠牲を払いながらも存続し、生き残った者たちは孤児となったエルリンを皆で育てた。
彼女は村中の家で食事をし、村中の大人から剣と知恵を学び、妖精たちと語りながら成長していった。
だが、ランディル地方は安息とは無縁だった。
人族、エルフ族、ドワーフ族。
どの種族も魔物との終わりなき戦争に疲弊し、生き残るだけで精一杯だった。
「いつか、このまま全部滅びる」
そんな言葉を子供でさえ口にする時代だった。
二十歳の誕生日。
エルリンは村の広場で静かに荷物をまとめた。
長老が問いかける。
「本当に行くのか」
彼女は大きなロングソードを肩に担ぎ、迷いなく答えた。
「私がランディルの希望になる。」
エルフには珍しい巨大な剣。
軽装のソフトレザーアーマー。
そして、美しいオッドアイ。
村人たちは彼女を見送り、その背中が森へ消えるまで誰も言葉を発しなかった。
エルリンが向かった先は、ランドール地方中央に位置するシュトラーダ王国。
彼女は王国傭兵団へ入隊し、その剣技と斥候能力の高さから期待の新人として迎えられた。
しかし、現実は理想とは違った。
初陣。
五人編成の斥候部隊は、魔物軍の動向を探る任務を受ける。
森を進む彼らは、逆に魔物軍の斥候部隊から奇襲を受けた。
矢が飛び、悲鳴が響く。
仲間は一人、また一人と倒れていった。
エルリンは必死に戦い、傷だらけになりながら王国へ帰還した。
生き残ったのは、彼女だけだった。
だが待っていたのは労いではない。
「仲間を見捨てた臆病者!」
「自分だけ逃げ帰った裏切り者!」
浴びせられる罵声。
彼女は何も言い返さず、ただ静かに剣を磨いていた。
数日後。
二度目の出撃命令が下る。
驚くことに、隊長に任命されたのはエルリンだった。
しかし与えられた部隊は問題だらけだった。
命令違反の常習犯。
酒癖の悪い乱暴者。
規律を守らない粗忽者。
誰一人として彼女を隊長と認めようとしなかった。
任務中。
魔物軍へ接近するため森を進む途中、一人の傭兵がエルリンの胸ぐらを掴んだ。
「エルフ風情が命令するな」
周囲の仲間も笑い、彼女を取り囲む。
暴力は次第に激しさを増していった。
その瞬間。
エルリンは長剣を抜いた。
一閃。
刃は男の胸を貫き、その命を奪った。
隊は完全に統制を失った。
怒号。
混乱。
そして魔物軍の襲撃。
斥候任務は失敗し、部隊は壊滅した。
生き残ったのはエルリンと、負傷した一人だけだった。
二度の任務。
二度の壊滅。
そして、生き残るのはいつも彼女だけ。
いつしか兵士たちは囁くようになる。
「エルリンと組めば死ぬ」
「死を呼ぶエルフだ」
「──死神エルリン」
その異名は、戦場から戦場へと広まっていった。
だが誰も知らない。
彼女が夜になると一人、失われた仲間たちの名を小さく呟き、妖精へ祈りを捧げていることを。
「私がもっと強ければ……」
その言葉を胸に秘めながら、死神と呼ばれたエルフは再び剣を握る。
ランディル地方に希望をもたらすという、幼い日に誓った約束だけは、決して捨てていなかった。




