ヤギの石像から出てきた宝石
「おい、こっちも崩すぞ!気をつけろ!」
体格の良い作業員の怒鳴り声が、ドリルやショベルカーの無機質な音に混じって現場に響く。
ガガガッガガララアッ
小学校6年生の糸間樹希は学校からの課題である父親の職場レポートを提出するために土木作業員の父に連れられ、郊外にある神社の古びたヤギの石像の取り壊しの現場に来ていた。
父は従業員数名を抱える小さな建設会社の社長である。仕事の関係で地質学者の母と結婚し、樹希を授かったのちに独立したのであった。
少し離れた神社の境内にある階段の最上段に座って作業を見届けていた樹希は前々からその石像に不気味さを感じていた。高さは土台を含めれば三メートルはゆうに超えるだろうか。捻じれ曲がった長く大きな角が威圧的であり、やけに生々しいヤギの顔に、膝を折りしゃがみ上半身をあげたそのいで立ちは四足歩行の動物とは到底思えない、それが一種の生理的嫌悪感を引き起こさせたのだ。とは言っても今となってはその不気味な顔もなんてことのない瓦礫となり果てている。
「あーあ、早く帰りたいなぁ。」
季節は九月半ばとはいえまだ残暑の日が続いていた。ただ無機質に動く重機が石の塊を壊す撤去作業を数十分と見せられては退屈で仕方なかった、せっかくの土曜日で学校が休みなのに、こうして日中が潰れてしまっていることもなんとなく面白くない。
ようやく上部のヤギ本体が壊されたその時、瓦礫と一緒に何やら小さくルビー色に光るものが転がり落ちるのを見た。
「ん?今、何か赤く光ったような?」
手持ち無沙汰だったことも相まって、樹希は不意に目に飛び込んできたルビー色の何なのかが気になって仕方なくなった。作業員の大人たちは気づいていないようである。父の号令が掛かった。
「ようし、一旦休憩にしよう」
作業責任者でもある樹希の父の合図で皆、脇に敷いたブルーシートにしばしの休息を取りに行った。
「樹希、お前もこっちに来て冷たい麦茶でも飲みな」
父はそう促すが、如何せん知らない大人たちの輪の中に進んで混ざろうとは思えなかった。
「僕はいいよ……」
樹希は立ち上がった。
「そうか。あと少しで終わって帰れるからな。あまり危ないことはするなよ」
父にそう告げられもう少しの辛抱かとため息をつき、石像の瓦礫の方へ向かった。ルビー色の何かは樹希の手のひらに収まる三センチ程度の大きさで、長方形に角をわずかに切り落としたような整えられた形状、ルビー色に光るそれは宝石そのものに思える。となれば価値があるものなのではとより好奇心を掻き立てられた。
「綺麗だし、良い物拾っちゃったかなぁ」
「おーい、樹希」
後ろから父の声が聞こえ、ビクッとしつつ急いで宝石を短パンのポケットにしまい振り向いた。
「な、なに?」
「父さんな、いま電話があってこの後また別の現場へ向かうことになったんだ。お金渡すから一人でバスで帰れないか」
そこは樹希の自宅からは車で十五分くらいの隣町である。友人たちとバスで何度か遊びに来ていたので、帰る分には問題なかった。むしろ、神社の作業が終わるのを待たずに帰れることをありがたいとさえ思った。
「バス停もわかるし一人で帰れるよ」
そそくさと帰り支度し階段を降りようとした時、大人たちの「例の現場は来週末でしたね」「ありゃぁ、大変だ」と気が滅入っているような話声が聞こえてきた。
「大人って大変なんだなぁ」
と気楽な小学生の身分に少し安心感を覚え神社を後にした。
――自宅の最寄りのバスで降りると時刻は午後三時を回っていた。商店街を通ると行き交う人々で活気に満ちていた。ふと電気屋の前を通ると店頭ディスプレイに新作ゲーム機の〈ゲームプラス・スクエア〉のプロモーション映像が流れている。クラスでも入手した友達が何人かいることは知っていた。
「僕も欲しいけどクリスマスまで買ってもらえそうにないなぁ」
もう来年には中学生だという自覚もあり、親に無理にねだるのも気が引けていた。我慢しなければと思いつつも映像はかなり面白そうなものでついため息がでてしまう。
そう思った時、しゃがれてるのか変声機を通してるかのような大人男性の声が風に乗って聞こえてきた。
「〈それ〉が欲しい。お前の望みか?」
え?樹希は辺りを見回した。誰かの声がタイミングよく聞こえてきたのだろうと思った。特に気にも留めず、電気屋を後にし自宅を目指して歩き始めた。駄目押しで耳に入った問いに答えるようにぼやいた。
「ああ、そうだね。〈ゲームプラス・スクエア〉欲しいけどさっ」
次は背後に確かな気配を感じた。
「ならば叶えよう」
体がビクついた。はっきりと声も聞こえる。樹希は額に冷や汗を一筋かきながら恐る恐る後ろを振り向いた。信じられなかった。気配の正体は黒いヤギ頭の人、いや人型の何かと例えるべきか。二本足で立ち、頭には立派な日本の角、白目をむいた目。まるで先ほど壊された神社のヤギの石像ではないか。




