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水滸綺伝  作者: 一條茈
第十三回 急先鋒、東郭門に功を競い 青面獣、北京に武もて闘う
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(一)

 練兵場に、いくつもの軍旗が翻る。

 兵が撥を振り下ろし、腹に太鼓の音が響く。

 槍の技には――いや、槍だけではない。武芸十八般、どの技においても、楊志には確たる自信があった。

 楊家の血。楊家の武芸。楊家の誇り。

 すべてを受け継いだ己は、誰にも負けはしない。

 「待たれよ!」

 だが、楊志と周謹が大きく息を吸い込み、互いに槍を構えた刹那、その緊迫を破った者がいる。

 「なんだ聞達、今まさに始まるという時に!」

 高揚する心に水を差され不満げな梁中書に、しかし、兵馬都監はひるむことなく演武庁へと駆け寄った。

 「閣下、無粋を承知で申し上げます。両者の腕比べ、この楊志とやらの実力のほどはわかりませぬが、風体を見るになかなかの豪傑ぶり。なんの恨みもない味方の豪傑同士の手合わせに、賊を斬り敵の命を奪うための武器を持ち出しては、よくても大怪我、悪くすれば落命さえありえましょう。そうなっては、我が軍にとって大きな痛手ではございませんか」

 「むう、確かに……」

 「そこで、私に案がございます。まずはどちらも槍の穂先を外し、柄の先を布でくるみ、それに石灰をまぶしたうえで馬に乗るのです。そして両者とも黒の上着を纏い、槍の柄で突きあい、白い点が付いた数が多いほうが負けとするのはいかがでしょう」

 「なるほど、それは妙案。ではさっそく、そのように支度をするのだ」

 血気にはやる楊志と周謹が口を挟む間もなく、左右に控えていた兵たちがあっという間に手際よく二人の槍を細工して、布でくるんだ槍先にたっぷりと石灰を塗りこめる。

 「さあ、こちらを羽織ってください」

 そしてどこからともなく運ばれてきた黒い上着を着せかけられたのではもはや、こんな甘えたことをしていては腕比べにもならぬ、という言葉は飲み込むしかなかった。

 「これで支度は整った。それでは改めて、試合を始めるがよい」

 梁中書の合図とともに再び太鼓が打ち鳴らされ、こうとなっては周謹を石灰まみれにしてやろうと、楊志は槍を構えて思いきり馬に鞭を打つ。

 「はッ、貴様なぞ頭からつま先まで、真っ白にしてやるわ!」

 大音声をあげながら突っ込んでくる周謹の馬の、その鼻息さえ感じるほど間近に迫るのをぎりぎりまで待ち、すい、と馬首を返す。

 「おい、逃げる気か! 待てい!」

 意表を突かれた周謹の、馬上の体勢にわずかに隙ができる。

 (今――)

 短く裂帛の気合を吐き出した楊志の槍先が数えるのも面倒になるほど周謹の身体を突き、もうもうと白い石灰の粉が立ち込める。

 「な、何を……!」

 すっかり後れを取った周謹が必死に楊志の槍先を躱しながら自分の槍を繰り出すが、時すでに遅し。

 (手の内が丸見えだ)

 まるでそこだけ時の流れが違うかのように、周謹の槍先がはっきりと見える。

 そのひとつひとつを躱しながら馬の腹を蹴り、周謹のまわりをぐるりと駆けながらさらに何合も槍を打ち込む。

 「くそぉ……!」

 それでも最後に意地を見せた周謹が半ばやみくもに振り回した槍が、ごつりと低い音を立てて楊志の槍とぶつかり彼の手から弾き飛ばされるその時に、避けきれなかった楊志の左肩にかすかな石灰の痕がついた。

 「そ、そこまで! そこまで!」

 慌てた聞達の声で再び太鼓が打たれ、楊志は手首を抑えて呻く周謹から離れると、梁中書の顔をじろりと伺った。

 「おお、これはなんと見事な……!」

 満面に喜色を浮かべて、楊志のほぼ無傷といっていい姿に手を叩いていた梁中書はしかし、一転して氷のような眼差しで周謹を一瞥する。

 周謹の黒い上着は、豆腐のごとく、見るも無残に真白く汚れていた。

 「そなたをこの職に任じた前任者は、人を見る目がなかったようだ。このような腕しか持たぬようでは、とても戦を勝ち抜くことはできないではないか。まったく、そんなことで副牌軍の任が務まると思っているのか! さっそく楊志をこの者と替えよ」

 すると、声さえ出せずに圧倒的な楊志の勝利を見守っていた将兵たちが一気にざわめき、その隊列の中からもう一人の兵馬都監である李成が進み出た。

 「閣下、どうかお待ちください! 周謹は槍については未熟者ですが、弓術と馬術にかけては確かな腕を持っています。今ここで周謹を簡単にその地位から降ろしてしまっては、隊の士気にも関わります。どうか今度は、周謹と楊志に弓で腕比べをさせてくださいませんか」

 李成の言葉に、うつむいて体を震わせていた周謹が顔をあげる。だが、梁中書は周謹ではなく、楊志のほうに目配せをした。

 (断る理由など、ない)

 かすかに楊志が頷いたのを見た梁中書は、「なるほど、それはもっともなことだ」と返すと、さっそく兵たちに弓の試合の準備を命じる。

 「閣下」

 運ばれてきた弓を手に取り、再び馬の背に飛び乗った楊志は、離れたところで鼻息荒く弓の具合を確かめている周謹の姿を眺めながら、梁中書に問うた。

 「矢は、一度放たれれば情も容赦もありません。万一のことがあれば、彼は深手を負うことになるが、いかがいたしましょう」

 「ふん、武人たるもの、一度武器を手に取れば手傷も怪我もあるものか。お前の手並みを見せるだけでよい。たとえ射殺したとて、誰がお前を罪に問う?」

 「……承知」

 このようなただの腕比べで本気で射殺すつもりもないが、これで、手加減の必要はなくなった。


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