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水滸綺伝  作者: 一條茈
第十四回 赤髪鬼、泥酔して廟に伏し 晁天王、東渓村にて義を結ぶ
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(七)

 呉用は生来、騒がしいことが嫌いで家にこもって書に通じ、机上で計略を練っては満足している顔色の悪い書生――であると、少なからず思われているらしい。

 おそらくこの東渓村に住む者で、呉用が荒くれ男が刀を交えるところに飛んで入る姿を見たことがある者はほとんどいないだろうし、ましてや銅鎖を構えることなど思いもよらないだろう。

 「晁蓋殿、あなたがお見えにならなければ、大変なことになるところでした」

 だが、どたどたと騒がしい足音を立て、土煙さえあげる勢いで駆けつけてきたこの村の保正は、落ち着き払った慇懃な呉用の口調に対してぼさぼさの太い眉をわずかに上げただけで、顔色ひとつ変えず、呉用を心配することもない。

 「いや、しかし、さすがあなたの甥御殿だけはある素晴らしい腕前でしたよ。そこの生垣の向こうから見ていましたが、朴刀の名手の雷都頭でさえ手を焼いて、受けるだけでも精いっぱいという様子。私が止めるのがあと少し遅かったら、ともすると雷都頭は命がなかったかもしれませんね」

 「ほう、そこまでとは……」

 興味深げに赤毛の大男を見つめる晁蓋の顔に、嬉しそうな色が満ちる。

 「ところで晁蓋殿、こちらの方は、いったいどなたです?」

 さりげなく発した呉用の言葉に、赤毛の男のいかつい肩がびくりと跳ねる。

 晁蓋とは昨日今日の仲ではない。彼が晁家の一人息子で、一番近しい彼の従弟の子供とて三人姉妹であることくらい、呉用は知っていた。

 「いい、案ずるな。これは俺の古い友人なんだ」

 分厚い手で男の肩をたたいた晁蓋は、まるでいたずらが見つかった子どものように、ばつ悪げに微笑んだ。

 「実は、呉用先生に話があってな、うちへ来てもらおうと使いを出そうとした矢先、この男がいなくなったことに気付いたんだ。見れば、槍架の朴刀もなくなっているじゃないか。これはと思っていたところに、牛飼いわらべがやってきて、すごい形相の大男が刀を手に南の方へと走って行ったというんで、慌てて後を追ってきたというわけだ。先生が止めてくれて本当に良かった。さ、大事にも至らなかったことだし、一緒に家へ来てくれないか。相談したいことがあるんだ」

 彼と知り合ってからこれまでに、こんな風に改まって相談があると言われて、何も起こらなかったことはない。

 おまけに、赤毛の男の腕前を見たときの、あの期待に満ちた眼差し――

 (これは、大きな話になりそうだ)

 手の中の銅鎖を指先で撫でると、呉用はひとつ、頷いた。

 「わかりました。今日は塾がある日なので、家の方に言づけてから向かいます。少しお待ちを」

 「すまんな」

 なんとも得心がいかない顔で黙りこくる赤毛の男を横目に、どこか浮かれた様子の晁蓋が答えるのを聞きながら、呉用は生垣の向こう、私塾を開くために借り上げている邸宅に引き返す。

 「ご主人、ご面倒をおかけしますが、今日は塾はお休みにします。もし子供たちが来たら、一日だけ休みにすると、そう伝えてください」

 邸宅の主人は、呉用が手に持った銅鎖を見て一瞬ぎょっとした様子だったが、わかりましたとだけ答え、さっそく子供たちに向けた張り紙を書き始める。

 呉用は己の書斎に銅鎖をしまい、鍵をかけ、上着を羽織ると、再び晁蓋たちのもとに戻り、髭を撫でつけた。

 「さあ、参りましょう。今度はいったいどんな荒事をしでかそうとしていらっしゃるのか、ゆっくり聞かせてください」


 相変わらずこざっぱりとして色気のない晁蓋の屋敷の奥の間に通されると、呉用はいつもの癖ですぐに椅子に腰かけようとしたのを、はっと思いとどまった。

 道中、一言も発せずに胡乱げな眼差しで呉用を盗み見ていた赤毛の男が何者かは知らないが、一応、彼は晁蓋の客人らしい。客人の前で、主をないがしろにするのは品がなかろう。

 「さて……もう人目はありませんよ。あなたの甥だなんて、いるわけがない。この男は何者ですか?」

 「はは、そうかりかりするな、呉用よ。まあ、二人とも座ってくれ」 

 頭の中まで武術一辺倒らしいこの好漢にも、一応、時と場合を考えて話し方を選ぶという芸当はできなくはないようで、すっかり周りを気にしなくてよくなったとたんに、先生などという仰々しい敬称は、きれいさっぱり消え去った。

 「この男は、東潞州に生まれ江湖を渡り歩いている好漢で、姓は劉、名は唐と言う。なんでも、ものすごい大金が手に入る話があるというんで、俺を訪ねてきてくれたのだが、昨夜は酔っ払って霊官廟で寝てしまったところを、職務に忠実な雷都頭殿に不幸にも見つかってしまってな。だが、捕まって引っ立てられる道中、偶然にも雷横がここに立ち寄ったので、俺の甥っ子だということにして、難を逃れさせたというわけだ」

 「なるほど、道理でただ者ではない様子。⋯⋯もしや、赤髪鬼の二つ名をお持ちでは?」

 「呉先生、あんた、俺を知ってるのか?」

 それまで居心地悪そうに晁蓋の隣に座っていた劉唐の顔に、驚いたような笑顔が浮かぶ。強面だが、笑うと案外若々しいところを見れば、年のころはまだ三十にも届いていないだろう。

 「呉用、知り合いか?」

 「私はあなたのような強者ではありませんが、多少は江湖の事情に通じているんです。それにしても、凄腕で恐れられる赤髪鬼が金の話とは、どういうことですか?」

 「呉先生、これはただの金もうけの話じゃないんだ」

 己の名を知られていることに機嫌をよくした劉唐は、下男が運んでくれた茶を一気に飲み込むと、前のめりに顔を突き出し、ぎらりと瞳を光らせた。

 「北京大名府の梁中書が、十万貫の金銀財宝を買い漁って、舅の蔡京に誕生祝いとして送るらしい。だが、この十万貫の財宝は、民を苦しめ搾り取った不義の財……だからこれを、奪いたい」

 決して大きくはないその声は、呉用の頭の中に、鐘の音のように響き渡った。

 耳の中で、ごうと鳴ったのは、血潮だったろうか。

 確かにこれは、金儲けだ――それも、一世一代の。

 「しかも、その財宝を運ぶ隊列は、どうやらこの近くを通るらしいんだが、呉用、聞いてくれ、この話、思えば昨夜、俺が見た夢とぴったり合うんだよ」

 「夢、ですか?」

 不自然に脈が跳ねまわっているのを晁蓋に悟られないよう、呉用は懐から扇子を取り出し、口元を隠した。

 「ああ、昨夜は妙な夢を見た。北斗七星が、うちの屋根の上にまっすぐ落ちてくる夢だった。しかも、柄杓の柄にあたる部分の星の一つが、白い光を放って、どこかへ飛んで行ったんだ。なあ、星が家に落ちてきて、白い光に照らされるなんて、これは吉兆に違いない、そうだろう? それでお前に、この夢と劉唐の話のことを相談しようと思っていたんだ。お前はこの夢を、どう見る?」

 星のように目を輝かせる大男の心の中ではもう、この大勝負に挑むことは決まり切っているらしい。そしてその大勝負に、呉用が必要になることも。

 「……あなたの様子がただ事ではなかったので、大方、大事がおこったのだろうと見当はつけていましたが、それにしてもこんな大胆な話が持ち込まれていようとは」

 一度咳ばらいをし、髭をなで、深く息を吸う。

 「大胆だが、なんとも痛快なこの話、もうあなたは聞かなかったことにはできないのでしょうね。ただ、この大事を成すには、人が多すぎても少なすぎてもよくない。もちろん、この家にごろついている食客たちは、一人も役に立たないでしょう。かといって、私と晁蓋殿と劉唐の三人だけではとても手に負えぬ荷の重さ……」

 ゆっくりと翻した扇子が巻き起こす微風で、猛る血潮は鎮まるだろうか。

 「……好漢が必要です。七人、あるいは八人」

 「なるほど、夢の中の北斗七星は、その数を示していたというわけか」

 「あなたがご覧になった夢は、普通の夢ではありません。北斗七星が現れたとなれば……きっと北の方から、助けが現れるでしょう」

 ゆったりと椅子の背に体を沈め、呉用は瞼を閉じた。だが、頭の中では焦燥に焼け付くほどに目まぐるしく、この大事へと挑む策が巡り、

 「北……なるほど、見つけた」

 少なくともあと三人の好漢を集められる、その手掛かりに思い当たった呉用は、音がする勢いで瞳を見開いた。

 「この大事を任せるに足る好漢を、私が仲間にいたしましょう」 


<第十四回 了>

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