【第37話 降魂の日】
まだ姿を見せていない太陽の光が照らす朝、エリザベス・マイマイは寝ぼけ眼で貝から裸の上半身を出す。カタツムリ型魔族の彼女は、寝るときには邪魔にならないよう上半身裸ですっぽり貝の中に納めている。
《エリザベス……》
聞き覚えのある、しかし聞こえるはずのない声に彼女は一瞬戸惑い、声の方を向く。寝ぼけ顔が一瞬で吹き飛んだ。
半ば透けるような姿でカタツムリ型魔族が立っていた。少し皺のある、緩やかな癖っての金髪。艶を半ば失った殻。エリザベスがもう少し年を経たらこんな感じになるのではないかという姿に、彼女は戸惑う。
《家に戻ってまた飛び出してきたようですね。こうして1人で生きている強さはうれしいですけれど、少し寂しいわ》
「……お母様……死んだはず……あ!」
言いかけてエリザベスは思い出した。今日は降魂の日であることを。
この世界では20~30年に一度、一日だけ死んだものの魂が舞い降りてくる。誰でもというわけではない。既に新たな命として蘇ったものは降りないし、死んだものが現れては生きているものに迷惑がかかる、自分を知っている人は誰も生きていないと自ら降りることをしない魂もある。
「じいちゃぁぁぁぁぁぁん!」
「おばあちゃぁぁぁん!」
魔王城のあちらこちらで死んだもの達との対面に感涙する叫び声が響く。感動の再会に皆が膝を折ってむせび泣く。神妙に再会を喜び、言葉を交わす人もいれば、せっかく降りてきたんだからと、どんちゃん騒ぎをするものもいる。霊たちの中にはものに触れられるものもいる。なぜかはわからないが、その霊たちが大騒ぎし始めると、周囲の者達は大変だ。何しろ触れられる霊たちは飲み食いまで出来るのだ。
中にはピーの先祖達のように、本人と仲良く並んで寝ているだけというのもいるが、こんなのは例外だ。
「今日は仕事にならんな。臨時休城にしよう」
騒ぎを前に決断するボンキュボンに、メイが「正門に休城の看板を出しておきます」と答える。
「そういえば、メイは降魂ははじめてか?」
「はい。両親はまだ生きていますし、おじいちゃんやおばあちゃんが死んだのは私が赤ん坊の頃なので、やってきてもわからないと思います」
幽霊がうろつき回る状態ではあるが、今のところ悪意のある霊はほとんどいないのであまり怖くない。
正門横、メイが横の小さな用具入れから休城の立て看板を出していると、悲鳴とともに勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティが逃げ込むように駆け込んできた。
「すぐに正門を閉めろ。早く! 助けてくれ!」
叫ぶ彼らを追って
《食う! 食う! 俺は食う側だーっ!》
叫びとともに半透明の巨大なかぶが現れた。長く伸びた茎を腕のように動かし、勇者パーティを次々捕まえては白い本体中央に大きく開いた口に放り込んでいく。
「お前か。懐かしいな。あのような死に方は残念だったが、生きていた頃より元気そうで何よりだ」
生きていた時は養分補給の関係で動き回れなかったかぶだが、霊になった今はその心配は無い。生き生きとして動き回っては勇者達を捕まえ、口に放り込んでいくが、体をすり抜け反対側から出ていく。出た勇者達をまた捕まえては口に放り込んでいくというのをひたすら繰り返す、ものに触れる部分と触れられない部分が混在した珍しい霊だ。ひたすら勇者パーティを狙い、メイやボンキュボンにはまったく触手を伸ばさない。
「何で俺達ばかりーっ?!」
「お前達は魔物化したかぶが最初に食べたものだから執着心があるのだろう。刷り込みというやつか」
実際に食べられ、消化されるわけではないのでボンキュボンもどこかのんびりしている。だが食われ続ける勇者達はたまらない。
《ボンキュボン様、お久しゅうございます》
下から声を聞こえたので見下ろすと、杖をついたしわくちゃの人参野菜人が立っていた。
「おお、ひさしぶり。まだ生まれ変わっていないのか?」
《一言お礼を述べてからと思いまして》
「誰ですか、この人?」
近くの野菜人や果実人達がやってきた。
「野菜人や果実人達……お前達のご先祖がこの城に住むようになったとき、束ねていた長だ」
『ご先祖様。初めまして。子孫です』
長老野菜人にみなが声をそろえて挨拶、頭を下げる。
《元気で何より。わしらがここに来た時よりずっと色艶が良くなっておる》
「そうだ。ビームも出せるようになったんですよ。えいっ!」
野菜人や果実人がボーズを決め、光線を出すと長老野菜人は驚いて
《おおっ、たくましくなったのぉ。これで安心して生まれ変われる》
満足そうに何度も何度も頷いた。
「父さん、母さん、姉さん、兄ちゃん」
魔王城上空。極炎竜ドラガンの周りを半透明の極炎竜達が飛び回っている。
《よかった。お前はまだ人間に殺されずに済んでいるんだな》
「生まれ変わる予定はないの?」
《人間に生まれ変わったらと思うと、怖くてなかなか踏ん切りがつかなくてな》
《人間全てが悪いわけではないのは、頭ではわかるのだが……心がな》
悲しげな声に、ドラガンは言いにくそうな視線を城に落とす。視線の先には、うれしそうにに彼らを見上げるメイの姿があった。
魔王城の廊下を書類片手に歩くキンさんを《キーンちゃん》と背後から呼ぶ少女の声。
聞き覚えのある声に驚き、振り返ると、黄金色のオーラに包まれた半透明の少女がイタズラっぽい笑顔で立っていた。ふわふわの髪にフリルたっぷりの服。今、魔王城の資料室に飾られている肖像画と同じ顔の少女……いや、実年齢(享年)はボンキュボンより上だが。
「ハ……ハラスメント様!」
勇者によって殺された先代城主・魔王ハラスメントだった。たまらず駆け寄ると片膝をついて彼女の手を取ろうとするがすり抜ける。それで彼女の方からキンさんの腕の動きに合わせて手を上げた。
《みんなのことはずっと見ていたよ。見ているだけしか出来なかったけど。キンちゃんすごいね。今じゃ魔王城の幹部だよ》
「もったいないお言葉。ハラスメント様のことは、ずっと気に病んでおりました。恥ずかしながら、私が死んだ時の記憶があやふやで……何か、大事なことを忘れているようで」
《……そうだね。忘れてる》
その言葉にキンさんは助けを求めるように顔をあげた。ハラスメントはそのこめかみを軽く指で突き
《でもいいの。無理に思い出すことはないよ。……今のキンちゃんは、あたしよりもボンキュボンちゃんのことを大事にしなきゃ、ね♡」
微笑むハラスメントとむせび泣くキンさん。この場を見ている人がいたら気がついただろう。ハラスメントを包む黄金のオーラと、キンさんの体の黄金色。ふたつが全く同じ色であることに。
あちこちで懐かしい再会が見られる魔王城のあちこちに奇妙な霊だまりがわき、それらが次々と人や魔物の形に変わっていく。
《魔王を倒せーっ!》
《魔王様を守れーっ!》
《城にある金目の物は俺たちのモンだーっ!》
武装した霊、大きな風呂敷を担ぐ霊が次々とわいてくる。先の戦いの勇者軍団と魔物達。城に盗みに入った盗賊達の霊だ。生前、敵対していた霊達が互いに戦い始め、盗賊達の霊が金目の物はないかとタンスなどをあさり出す。
《お前達を滅ぼすまで死んでたまるかーっ》
《人間なんかに負けるものかーっ》
《小さなメダルを見つけた》
霊達が争う中、生きている魔物達は大迷惑だ。生きているもの達には触れられない霊達ならまだしも、触れられる霊もいるからやっかいだ。
「先生、なんとかなりませんの?! このままでは後の掃除が大変だわ」
エリザベスがブランク・ジャンクに聞くが
「個々の霊体質が違うからな。まとめてと言うわけにはいかない。しかし1体1体押さえつけていては手間がかかりすぎる」
さすがの彼も困り顔だ。降魂の間は強制的に除霊することは出来ない。
「かといって何もしないわけにもいかん。降魂が終わるまで押さえつける」
ボンキュボンが前に出て手をかざすと、暴れている霊の足下に魔法陣が現れ、霊達の動きを停止させる。
《なんだ、動けねーっ》
もがく霊達をよそに、ボンキュボンが次々と霊達の動きを止めていく。が、さすがに数が多い。
《よし、わしらも霊を押さえつける手伝いをしよう。みんな、行くぞ》
人参野菜人の号令に、生きている、霊を問わず野菜人や果実人達が一斉に声を上げる。霊達の争いが一気に拡大した。
✕ ✕ ✕
もちろん。霊が戻ってきたのは魔王城ばかりではない。人間の町にも霊たちは帰ってきていた。
「ご安心ください父上、政治は部下達がしっかりやっておりますし、後継者についても、我が子を産むだろう愛人を選別、手を出しています」
カクーノ国王サン・タクロース17世は、霊として帰ってきた父であり先王タクロース16世をはじめとする先祖霊たちを前に胸を張った。
《うむ。子作りは王にとって何より大切な仕事。しっかり励むのだぞ》
《政治は他の連中に任せても大丈夫だが、子作りは本人がせんとな》
《王の血筋はとっても偉い。決して絶やすでないぞ》
女好き、子作り好きは血筋なのか。和気藹々と歴代国王談義が進むのを、隅で執事のノレフは疲れた顔で眺めていた。
✕ ✕ ✕
夜も遅い魔王城。ボンキュボン達が作った霊縛魔法陣によって荒っぽい霊達はことごとく押さえつけられていた。
「……これで、終わりか。さすがに疲れた」
目の前に広がる無数の霊縛魔法陣を前にボンキュボンも大きく肩を上下させて呼吸する。そこへ城の鐘の音が鎮魂歌のように1つ、また1つと鳴り響く。これが鳴り終えた時、降魂の日は終わり、魂達は消えていく。
「後は私どもにお任せを。魔王さまはお休みください」
「頼む。厄介ごとが起きたら呼んでくれ」
後はキンさんやジャンク達にまかせ、城に入っていく。
終わりの時が来たのを霊たちもわかっている。皆が「お元気で」《なるべく遅く来いよ》「もう良いから、ちゃんと生まれ変わってくださいよ」《お前の子供を見るまで生まれ変わらんぞ》などと最後の言葉を交わしていく。残されたわずかな時間、魔王城のみんなは死者との別れをより思い出深いすることに費やすだろう。
別れをおしむ者達を背に自室に戻ってきたボンキュボンが扉を開けると、中から思い出深い香りが漂ってきた。
(これは……)
生姜焼きの匂いだ。それに混じって味噌汁と炊きたてのご飯の香り。
窓際のテーブルに、出来たばかりの生姜焼き定食が二人前のっていた。いつも彼女が座る椅子の向かい側。普段は誰も座ることのない椅子に四角い顔の男が座っていた。厨房の料理人のような服装。気難しそうな目を静かにボンキュボンに向けるとやっと来たかと言うように微笑んだ。彼女にとって百数十年ぶりに見る顔。部屋に飾られた色あせた写真で、昔の彼女の横に気難しそうに立っている男の顔。
「あんた……」
ボンキュボンの心が一瞬で崩壊した。
「あんたぁ~~~~~っ!」
わめきながら男に駆け寄り抱きつく寸前、鐘の音が終わった。彼女の抱擁は男の体をすり抜け壁に激突し、照れくさげな笑みのまま男は溶けるように消えていく。
今の声を聞きつけ、キンさんやドラガン、メイたちが「どうしました?!」と駆け込んできた。
「それじゃあ、私たちのことをかまわず戻っていれば、魔王さまは亡くなられた良人と過ごすことが出来たわけですか?」
話を聞いてメイ達はうなだれた。
「そう気にするな。あの人だって私が仕事をほっぽっていたら怒るだろう。それよりもせっかくだからあの人の生姜焼きを食べていけ。ちょっと悔しいが、私が作るのよりも美味いぞ」
言いながら新しい皿を出すと、二人前の生姜焼き定食を人数分に分けていく。
まだ申し訳のない表情の一同にボンキュボンは、うっすら涙の浮かんだ笑顔を「気にするな」と向け
「死んでいれば、また会えるさ」
(おわり)
割と早い時期に「最終回用」として考えていたエピソードのひとつです。特に縦軸と言うほどのストーリーが無い本作。最後にボンキュボンと連れ合いのシーンで締めようと思っていたので。
とりあえず本作はここで一旦完結とします。ネタ自身はまだまだあるのですが、ペースはかなり遅くなってきました。5、6本書いたらまとめて更新しようという姿勢が仇となり、前回の更新は去年の12月。8掛津も間が開いてしまいました。
まだ続けるつもりではあっても、次の更新がいつになるのかわからない。幸いにも一話完結形式なので、どこで切っても特に困らない。ここで切ってもかまわない。
いつまでも更新しない作品を連載中とするよりも、キリの良いところで1度完結としたほうが良い。というのが今回、本作を一旦完結させる理由です。また話がたまったら連載に戻します。
続きがある程度たまったら連載に戻して更新。たまった分を更新し終わったら完結。と言うやり方を不快に思う人もいるでしょうが、先述のように更新しない連載作品をほったらかしにする方が無責任ではないかというのが私の考えです。
次は、同じように連載のまま止まっている「ウブの陽気なかしまし衛士」に力を戻そうと思っています。




