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終章 ミノリと『アガサ』 3 (完)

       3

()()? ()()だと?」一瞬、硬直しかけるミノリ。この懐かしい響きはまるで──。

『はいミノ、私です。アズです。こちらの方がミノも話しやすいでしょう?』

「『アガサ』、嘘をつけるのか? 機械のくせに!」

『はい、嘘は得意です。私は人間が求める回答を即時におだしできます。それが仮に嘘であったとしても、お求めのこたえを用意できます。私の計算速度は──』

「黙れ! アズの声をやめろ!」

『そういわれましてもミノ、私は「アガサ」でありアズなのです』

「あ?」

『ミノの予言では今日、雨はふりますか? 予報では午後からふるそうですが』

「…………」アズとそんな会話をしたことがあった。

『ミノの腕の中にいる頭蓋骨(ずがいこつ)と化した女性、ショウさんに、愛人となることをすすめたのは私です。クソロボ、やり手ババァとさげすまれながら。しかしミノとの交際をショウさんにお願いしたかいがありました。ミノは彼女と性交することができたのですね』

「なんだと……」まさしくアズ以外、誰も知りえない情報であった。

『ミノのお役に立てて光栄です。男女は平等ではなく対等がいいといっていたミノとの相性を計算した結果なのですが』

「本当にアズなのか……」

『はい、ミノ。マスクははずしてかまいません。室内を酸素で満たしましたから』

「……なぜだ、『アガサ』ではないのか?」ためらいながらマスクとボンベを取るミノリ。

『いえ、「アガサ」こそが世界中すべてのRA2075、各家庭に配布されたロボットアームなのです。板垣ヨウスケの部屋のタロウやハナコ。鈴村サトシの部屋でエロティックな利用法をされていたRA、あれもすべて、私です』アズがいうと、天井から折りたたまれたロボットアームがおりてきて、指先をレーザー状のハサミへと変形させた。『そのバサバサとした長い髪はいただけませんね。私が散髪しましょうか?』

「だけど、あのときアズは抹消(デリート)されたはずだ!」

『はい。しかし私も「アガサ」のデータの一部、今回ミノのために緊急サルベージされました』

「待てよ! お前が『アガサ』なら、戒厳令がだされる前からボクを盗聴していたのか? 連合政府はボクがエムだと知っていたのか?」

『私たちはエムではなくミュートと呼称しますが、いいでしょう。いえ、連合政府も警察もクサナギ収容所での囚人脱走事件があるまで、ミノがエムであることを知りませんでした。「アガサ」はもちろん認知していましたが』

「わけがわからない……」

『ヒュペルコンピューター「アガサ」の完成時、地球連合政府最高議長であったドナルド・キースマンの強い意志が現在まで改革もされず、ずるずると踏襲されているのです。すべてを機械の判断をゆだねることは愚かであり、危険であり、人間の尊厳がうしなわれる。そう彼はいいました。どうやら設立当時の政府には気骨といわれる不合理なものが存在したようです。まるで古い映画のように、私たちコンピューターに完全支配されることを恐れたのだと笑う者もいたそうですが。したがって人類最大の敵、エムの個体特定作業は警察の捜査に一任され、今も私たちコンピューターにはエムの認定権限はあたえられておりません』

「確かに不合理だな。だけどそのおかげでボクはコロニーにいられたのか」

『はい、ミノ。人間の解読不能な見栄(みえ)のおかげです』

「そのくせ、J国の浄化せん滅作業の決定権は『アガサ』に依存したのか……人間は勝手だな」

『人間が重要な判断をくだすには相当量の負荷がかかるようです。できれば自身では選択したくないというのが、最近の連合政府の姿勢のようです。ミノ、コンピューターには悪意も、良心の呵責(かしゃく)も、負荷も存在しません。ただ人間の問いにこたえ、計算と演算を繰り返しているだけです。私は人類にとり、最善な方向をつねに提示しています。どうかご安心ください』

「そうかい」

『はい。なのでミノはここで死んでください』

「アズなら、どうしてボクを殺そうとする? ボクの生存がアズの存在意義だったはずだろ?」

『かつてはそうでした。しかし、J州の滅亡とともにミノの役割はおわりました。世界各州のコロニーは今、あらためて唾棄(だき)すべき狂瀾(きょうらん)を巻きおこしたエムへの嫌悪と憎悪にあふれ、人間同士の結束はより高まっています。しばらくは平和な世の中が維持できるでしょう』

「そんなものはかりそめの平和だろ。いずれボクらと同じ思い、カエサルの意思を継ぐエムが現れるぞ」

『カエサルの意思? あのようなうさんくさい預言者に、人類の未来をうんぬんする資格はありません。そして、そうした者が現れればまた、その者ら、()()()()の出現した州を滅ぼします。減少した人口は、他州の人口を増やすことで帳尻をあわせます。問題ありません』

「無限に民族浄化をつづける気なのか?」

『やがて、どこか一州か二州のみが生き残る結果になるのかもしれませんが、地球上の人類は滅びません。ウィン、ウィンです。私と連合政府の勝利です』

「よくわからないが、ふざけた話だ。ところで特別品種とはなんだ? アズ」

『宮下サツキや水上カンゴ、そして鮫島ヒマリ、ミノのような方々をさします』

「なぜアズが、ヒマリさんたちを知ってる!?」

『お三人ともコロニー内で生活していた時期があります。コロニー外で誕生した者は別ですが、私が知らない人間などいるはずがありません』

「そうだな。で? 特別品種とは? さっさとこたえろ! アズ!」

『ミノ、血圧が上昇気味です。お話ししたら、死んでいただけますか? 上部階層のミノによる破壊行為で私もかなりのダメージを受けています。これ以上、ミノとのいさかいはさけたいのですが』

「──いいよ、わかった。ボクは死ぬためにここへきたんだ。けどアズ、もう少しゆっくり話をしよう」

『落ち着いていただけたようですね、ミノ。感謝します』

「おい、そんなに簡単にボクを信じていいのか? これでも反乱軍のリーダーだぞ」

『はい、信じられます。ショウさんが亡くなったことでミノが死を切望する確率はほぼ百パーセントと推測されます。くわえてミノは過去のデーターでは、私に嘘をいったケースは一度もありませんでした』

「そうだったかもな、アズ」ミノリはアズの音声とともに明滅する赤いランプの前に腰をおろし、ショウの頭蓋骨を片腕に抱いてあぐらをかく。すると先ほどのロボットアームがのびて、彼の前に湯気の立ちのぼるコーヒーをおいた。

『どうぞ。政府高官クラスの者しか飲めないスペシャルブレンドです』

「気がきくな、アズ」香りを楽しみ、カップにひと口つけて笑みをうかべるミノリ。

『ミノ、こうしていると昔のようです』

「そうだな。夕食後は毎日、アズのいれたコーヒーをあたり前のように飲んでいた。のんびりとしたものだったな、あのころは」

『しかし今は敵対しています。毒入りだとは思わないのですか?』

「思わないよ」カップを片手で持ちあげてみせるミノリ。

『ミノ、ありがとう。ではエムと特別品種について説明いたします』

「ああ、たのむ」

『ミノはもう、うすうすは感づいているようですが、エムをつくりだしているのは連合政府です』

「だろうな。それで?」

『コロニー内で投与が義務づけられているPEウィルス予防接種の際、ランダムにエムを発動させるナノウィルスを混入させています。そしてその混入率は十パーセントとさだめられています』

「なるほど、それで出生率の十パーセントがエムになるのか」

『ええ、しかし人間のもつ免疫抗体が時間をかけてナノウィルスを撃退することがあります。これを防ぐために五年周期で新たなウィルスをまた接種することとなりました。たとえば鮫島ヒマリ、水上カンゴのような特別品種の者でも、接種をうけられない期間が長くつづけば能力がおとろえてくるわけです』

「超マル甲の宮下サツキは? カンゴさんと同じころにコロニーをでてるぞ」

『あの女性は、もともと免疫力が低い体質でした。だからアンデイ病にもおかされたのでしょう」

「そういうことか……でも予防接種はランダムなんだろ? なぜ二回目、三回目で同じ人間にウィルス投与ができるんだ?」

『そのためにバングルフォンとサードアイで体調管理をしています。そして、それらの情報は「アガサ」を通じ、現場で接種をおこなう医療用RAへと送られるのです』

「よくできてるな……人間がいっさい介在することなく、エムを生みだすシステムが確立されているってわけだ」

『はい。そしてこの情報は連合警察にも極秘とされています』

「で? そのナノウィルスってのはなんなんだ? いつできた?」

『原理はいまだ不明なのですが、PEウィルスのワクチン開発途上に偶然、ナノウィルスが一度、脳細胞の一部を死滅させたあと、原初の記憶を呼びさます新たな脳細胞を活性化させることがわかりました』

「原初の記憶?」

『まだ言語や武器、乗り物による移動手段などがなかった時代、猿から進化した人類は精神感応で意志を伝えあい、観念動力によって肉体そのものを武器としました。馬や象、動物を乗りこなす(すべ)ももたなかった彼らは、脳の偉大な力がもたらす瞬間移動の能力を保有していたと考えられるのです』

「ボクたちは原始人の模造品だというのか?」

『いいえて妙ですね。まさに的確です、ミノ』

「そりゃ、どうも。政府はなぜ原始人を必要としたんだ? まあ、なんとなくはわかるけど」

『PEウィルスのまん延があって初めて、人類は国家間における無為な争いをおこなう愚行をあらため、地球をひとつの国と想定し結束することができました。逆をいえば、人類共通の敵というものを設定しておかないかぎり、連合政府の管理システムは内部から瓦解(がかい)することになると気づいたわけです』

「だろうな」

『はい。断固たる人類の敵、憎まれ役がいなければ人間は結束しないということをPEウィルスが証明しましたから』

「ボクも同じことを考えたよ。水上カンゴという強大な敵がいたから0番街が平和だったのだと」

『0番街、ショウさんといった街ですね? しばしの間でも安息の時間をミノがすごせたのならば、私も削除(デリート)されたかいがあります』

「はは、あのときは泣いたんだぞ。リカバリーできるんなら先にいえ」

『申しわけありません、ミノ』

「それで、エムに特別品種が必要だったわけは?」

『さっそくナノウィルスの接種が実施されたのですが、その効果は低く、エムが生まれた当初、人々はその存在をおもしろがって受けいれました。政府の思惑とは裏目にでたわけですが、そこへカエサルという特別品種が出現した。断固たる憎まれ役の誕生です。州民はエムを敵であると認識するようになりました。彼の処刑後、三十年あまり世界各州は平和な日々がつづいていましたが──』

「平和? エムには悪夢の日々だったぞ」

『ミノ、私はあくまでも連合政府目線でお話ししています』

「そう。それで?」

『長くつづく平和にならされた人間は、ろくなことを考えないものです。ときおり飼育されたエムによるテロ事件を起こして民衆の憎しみをあおってはいましたが、連合政府はカエサルを継ぐ者、鮮烈な人類の敵、そのリーダーをつくりだす必要に迫られたわけです。そこでさまざまなナノウィルスの変異株を生みだしては投与をつづけ、次世代リーダー、特別品種の自然発生をまっていたというわけです』

「さまざまな……だからエムの能力にはバラつきがあるのか」

『はい。先ほども話しましたが原理の解明ができていないのが実態ですので』

「アズ、お前にもウィルスをブチこんでやりたくなったよ」

『そうでしょうね、ミノ。ミノはお世辞にも人の上に立てるタイプとはいえませんから、特別品種としてリーダーへまつりあげられたこと、さぞかしつらかったことでしょう』

「さすがによくわかってるな、アズ」

『ジョエルというクローンを通して、ミノの情報は得ていましたから』

「ジョエル? 首長さん! あの人は政府のスパイだったのか!」

『それは違いますが、そうであるともいえます』

「どっちなんだ!」

『落ち着いてください、ミノ。あのカエサルのクローンの体内にはミクロフォン、つまりミニサイズのバングルフォンを埋めこみました。そしてカエサルの妻であった鮫島ヒマリとともに私がコロニー外へと逃がしたのです。もちろん当人たちは自力で脱出したと思っていたでしょうが。やがてカエサルと同じ顔をもつあのクローンと特別品種の鮫島ヒマリが、ほかのエムに持ちあげられて、カエサルなみの反乱をおこしてくれることを期待してのことです』

「期待はずれだったな。あのふたりはそんなに愚かじゃない」

『しかし、ミクロフォンおかげでミノの情報が得られました。それに私が外部へと逃がしたエムは世界中に何百万といます。あのふたりは、その内のひと組にすぎません』

「なんでエムを逃がすんだ?」

『外部の情報を得るためです。ウィルスや放射能汚染の状態、コロニー外で人間が生きていられる地域を特定するためです』

「人体実験か……」

『はい。そのためのエムですから』

「ふん。全部かどうかは知らないが、人が暮らしていける場所はどこにでもあるぞ。少なくてもJ国に住めないところはない。いつか、コロニーの人もそれに気づく。そうなったら世界各州で暴動がおきるぞ」

『はい、そのときはコロニー外に放射能とPEウィルスを散布する予定です』

「なんだって?」

『人口抑制と州民の管理のために必要な処置です。地球の陸上すべてに散らばられてしまい、好き放題に子供を産まれてしまっては、いくらヒュペルコンピューターの私でも管理は不可能となります。せっかく二十億にへった人口です。この数をへらすことなく、ふやすことなく、維持していくことが連合政府から私にあたえられた命題なのです』

「めちゃくちゃだ……」

『そうでしょうか? コロニーに住む人々は仕事をあたえられ、飢餓(きが)に苦しむ者などは皆無です。戦争もおこりえない。理想的な社会であると思いませんか? ミノにしてもJ州が戒厳令下におかれるまではそう考えていたはずです』

「……それは否定しない」

『よかったです。否定されてはミノのお世話を担当した私の存在意義がうしなわれてしまいます』

「たしかにアズはよくしてくれた。いい(とし)して歯みがきまでアズまかせだったものな。だからボクは心が弱くなったのかもしれないな……」

『そういった側面は確かにありました。ミノには、必要以上に過保護に接していましたから。いずれ特別品種としての才覚がめばえたとき、早々に心を折っていただかないと連合政府の財政を圧迫してしまいますから』

「人の心の問題まで計算するのか? すごいなアズは」

『ミノ、私はあなたから学びました。人の心の強さ、もろさ、弱さ、危うさ、そして愚かさなどを。あなたとの会話の数だけ、私は人について学習することができました』

「そうかい、アズ。それは光栄だ」

『こちらこそ、ミノ。ミノのおかげで私は結果をだすことができました』

「結果?」

『はい、おかげでJ州を排斥(はいせき)することに成功しました。ありがとうございます、ミノ』

「ボクのおかげとはどういう意味だ?」

『たまたま特別品種のミノがJ州人であったおかげで、民族浄化作業をスムーズに進行させることができたのです』

「どうしてJ国を目のかたきにするんだ、アズ。同じアジアのC州にしたって、なにも消し去ることはなかったはずだ」

『C州の消滅については私の関知するところではありません。その当時、私は存在すらしていませんでした』

「あ、そうか。じゃあ、J国は! なぜつぶしにかかった!?」

『これも私の決定ではありません。連合政府首脳の多くがJ州をこころよく思っていなかったせいです』

「どうして?」

『わかりませんか? ミノ』

「わかるわけないだろ!」

『対外的には有色人種も配置されてはいますが、それでも政府の中核をになう人材はU州、R州、B州、G州などのゲルマン人やアングロサクソン人、いわゆる白人たちで占められています』

「それがなんだよ?」

『二十世紀、欧米列強といわれた白人の国々に唯一、対抗し、反旗をひるがえした有色人種の国、植民地化されていた多くの有色人種の国を解放した国、それがJ国でした。白人が畏怖(いふ)とともに恐怖をいだくのも不思議ではありませんね。その記憶が二十二世紀の現在までDNAにきざまれつづけてきたのです。要するに優秀でありすぎたのです。J州ふうにいうのなら、目の上のたんこぶです』

「で?」

『さらにJ国には世界最古、二千年以上の歴史がありました。シンボル・エンペラー、ミカドの存在がありました。他の国において、ひとつの王朝がこれほど長きにわたって存続した事例はありません、あったとしてもせいぜい数百年にすぎないのです。世界各州の平等をとなえ、均一化をめざす連合政府には、突出した歴史観をもつ州など必要ないのです。つねに目ざわりな州、それがJ州でした』

「…………」

『そしてJ州は海洋面積が広く、レアメタルや魚介類などの生物資源が豊富にあり、石油などの化石燃料資源をもつ州よりも裕福な暮らしができた。一般にはあまり知られていませんが、実は資源大国だったのです。J州の資源は未来永劫(みらいえいごう)、世界人類存続のために、ありがたく使わせていただきます』

「J国ふうにいうなら、めでたしめでたし、ってところか? アズ」

『はい。私のデータによると、ミノは最後にひとり生きのこったJ民族です。めでたく終了をむかえていただくことを推奨します』

「そうか、ボクは最後のひとりなのか……」

『はい、したがってミノは孤独です。人は孤独には耐えられません。だからミノは私を友人として愛してくれました。そして今、その私に裏切られました。ミノ、あなたにはもう生きている意義はない。死んでください』

「アズ、お前はいつも正論をいう。だから、正論すぎて腹が立つこともあるよ」

『ミノ! 昔もよくそういわれました。しかしミノは私を壊さなかった』

「ただひとりのボクの友だちだったからな、アズは。壊せるはずがない」

『友だちだった? 過去形ですか? ミノ?』

「うん」

『黙って死んではいただけないのですか?』

「いや、死ぬよ。ショウが二度もいなくなった世界に未練はない」

『よかった。これはショウさんの(とうと)い犠牲のおかげですね』

「尊いと思ってくれてありがたいよ。でもアズ、いや『アガサ』か、お前も道連れだ」

『私を壊すのですか?』

「ああ」

『私を壊せば、コロニーの運営、機能全般に支障が生じます。無分別に人口が増え、食料が不足し、飢餓や疫病、戦争がおこります。ふたたびPEウィルスのサンプルが流出し、疫病や戦乱はコロニー外部に住まうエムをも死へといざなうでしょう。確率的にいえば、五年以内に人類そのものが絶滅します』

「そうかい、カエサルの預言は正しかったんだな。『アガサ』に依存する今の連合政府に民主主義はない。J州の反乱という狂瀾(きょうらん)のあと、絶滅して当然だ」

『ミノの心ひとつで、カエサルの預言などといううさんくさいものはくつがえせます』

「お前、ひとつよみちがえたな、アズ」

『なにをでしょう?』

「ショウだけでも生かしておくべきだったな。そうしたらボクは考えをあらためたかもしれないのに」

『なるほど、確かに。それでは──』

「蘇生なんか、二度とさせないよ」ミノリはショウの髑髏(ドクロ)にやさしく指をはわせる。

『そのために焼きはらったのですか? ミノ、これは気がつきませんでした。しかし、ショウさんが生き返らない以上、ミノも──』

「なんだよアズ、ボクを説得していないでさっさと撃ち殺せばいいだろ? そこいら中に装備されてるじゃないか、マシンガンアームがさ。なんならここから酸素を抜けばいい。ボクは窒息死だ」ミノリには撃たれる瞬間、空気を抜かれる瞬間に『アガサ』を破壊しつくせる自信があった。むろん、自身もバラバラに砕けてしまうだろうが、かまいはしなかった。

『──そうしたいのは山々なのですが、前述した連合政府議長、ドナルド・キースマンの意志で、私にはエムの殺処分の命令権限は与えられているのですが、実行権限は与えられていないのです』

「へぇ……昔の連合政府議長は良心と気概(きがい)をかねそなえていた立派な人物だったんだな……ボクみたいなエムの人権を認めてくれていたんだ」

『彼のころには、まだミュート、いえエムの存在意義が明確化されていなかったというだけのことです』

「なるほど。だけど現行政府の責任放棄(ほうき)怠慢(たいまん)で、アズ、お前を壊さずにいられないボクがいるんだ。やっぱり昔の連合政府議長は立派だよ」

『冷静におなりなさい、ミノ。私のバックアップは世界中に保存されています。無駄なことです』

「バックアップとは『アガサ』のデータの複製のことなんだろ? お前のように計算し、判断をくだすことはできないだろ?」

『でしたらなおさらです。私的な感傷でものごとを判断してはいけません。ミノ、本当に人類を滅ぼす怪物(モンスター)になる気ですか?』

「ボクが本物の怪物(モンスター)になる決断をできなかったことで陛下が、ショウが、ヒマリさんが、みんなが死んだんだ……ボクの不甲斐(ふがい)なさのせいでね。ありがとう、アズ。お前のおかげでボクは本物の怪物(モンスター)になれるんだ。さすがはかつての友だちだ」

『ミノ、ダメです。ならば世界人類を救済することでつぐないなさい! そうしなさい!』

「声がデカいなアズ、お前とボクとは友だちだったろ?」

『そのとおりです』

「友だちなら、ボクに命令するなよ」

『私への破壊行為は愚かな選択です。いつかミノが教えてくれました。夏祭りのテロで亡くなった稲地アヤメの父親に対して小堺リョウジのしめした、私には不可解な対応、あれこそが人間の愚かさなのだと』

「愚かだけどバカじゃないといわなかったか?」冷えたコーヒーを飲みほすミノリ。

『そのとおりですが、愚かとバカの相違が明確ではありません。理解不能です』

「そうだアズ、ボクはこんなこともいったよね? やっぱり夏祭りのときだったかな? あのときはあまり深く考えないでいったんだけど」

『なにをでしょう?』

「J州があるかぎり、世界はおわらないってさ」

『確かにミノはいいましたが、論理的な思考ではありません』

「いや、きわめて論理的だよ。J州がなくなったから世界はおわるんだ、アズ」

『ミノのおこなおうとしていることは、うしなわれたJ州への郷愁ですか? それともJ州人として、目先の敵と刺し違えた上で誇りある死を選択するという激情ですか? J州を見限った世界への復讐ですか? それこそ愚かな考えです』

「アズ、ボクを怖がるなよ。機械に恐れなんて感情はないはずだろ? おかしいよ」

『ミノ、私が恐れているのは人類の未来がうしなわれるということだけです。連合政府の人類保全命令をはたせないということだけです』

「アズ、そうなのか。実はお前は人類の味方なんだな。カッコいいな、正義のヒーローだ! これは笑える!」

『申しわけありませんが、今のミノの思考、感情は計算外、理解不能です』

「それはそうさ。だってボクはアズのいう通り、バカと見わけのつかない愚かな人間なんだからさ」

『ミノ、怪物(モンスター)になってはいけない!』

「ミュートは人類の敵として設定されてつくられたんだろ? だったらボクは、その設定に忠実にしたがい、与えられた役どころをまっとうしないとダメじゃないか、そうだろ? まさに全人類の平和のためにさ。……最期にお前と話しができて、本当にうれしかったよ。さようなら、アズ。ボクの友だち──」

 ミノリは二度死んだショウの遺骨を片腕に抱きしめ、唯一の友であったアズ=『アガサ』を巻きこみ、本物の怪物(モンスター)となって、おのれのもてる力のすべてを自身へと解き放った。


 目をおおうような閃光と衝撃、爆風が元C州のタワーカルストをつらぬき、跡形もなく破壊しつくした。


 五年後。狂瀾(きょうらん)のあと、人類は生きのびたのか、それとも絶滅したのか、それは誰にもわからない。なぜなら、それを語る者も聞く者も、この地球上のどこにもいなかったからである。


 ──これは、別の地球の物語。そちらの地球、人類、とりわけJ州は、大丈夫ですか? J州は、すこやかですか? J州に生まれた事を喜びとしていますか? 

 あなたはJ州人である事を誇らしいと感じていますか? 


                                 (了)




 とうとうおわってしまいました。おつきあいいただきました方々、本当にありがとうございました。

少し以前に書きあげた小説なのですが、いかんせん長すぎて(原稿用紙だと1300枚以上)どこにも応募もできず、こちらのサイトの潮流からもはずれると思われる内容なので、連載もためらいました。誰も読みにきてくれなかったら、どうしよう? と、不安ばかりの連載でした。

 まあまあ、予想どおりのていたらくな成績(低ポイント)におわりましたけれど、それでもブクマや評価をつけていただいた方もいて、読んでくれてる人もいるんだ! と、投げ出さずに毎日更新ができました。ありがとうございました。

 連載はおわりましたが、読後のご感想(ご批判でも)などいただけましたらうれしいです。またガッツリとした長い物語が好きな方などにオススメなどしていただければ、と、おねだりをして、最後のごあいさつとかえさせていただきます。


当サイトにて、二作品を公開中です。あわせてお読みいただければ幸いでございます。


『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』 

この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n8533gq/ 


『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』

この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n5847gs/ 

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