マイヤ参上!! 後編
マイヤを登場させたかったんだ
昼前の授業の終了を知らせる鐘が鳴ると、マイヤは宣言通り現れた。その姿は今朝借りたルミスちゃんの体操着を着用していて、長い金髪を一つに束ねている。おまえ早すぎんだろっ!
そしておそらく、屋外で運動をしていたのだろう。その体操着には所々に土汚れがついている。おまえはなんてことをしてくれたんだ!!
っていうか、よく見れば顔に泥んこまでつけてやがる。一体なにしたらそんなことなんのよ!?
しかし、マイヤにとってそんなことは些細なことのように見えた。
泥んこをつけた顔で満面の笑みを浮かべ、近寄ってくるマイヤ。その顔はまるでご主人様を見つけた犬のよう。見ようによっては、その揺れる金髪は、喜びを表すようにブンブンと振る犬の尻尾。
「リコー!! ただいまぁーっ!」
そして、俺の目の前まで近寄ってきたマイヤは腕を目一杯広げ、おもいっきり抱き着いてきた。その反動で俺は椅子ごと後ろに倒され――後ろの席におもいっきり頭を打った。
痛ったあぁぁっ!!
あまりの痛さに声が出ない。しかし、そんなことは些細なこととでも言うようにマイヤは俺をギューッと抱きしめ頬ずりしてくる。
後頭部の強打と万力のように締め上げで悶絶しながらも、俺は耐えた。そんな中、俺はあることを思い出した。それは――こいつが泥んこまみれだったということ。
汚ったねえっ!? くっさ!? ……くはねーな……いや、でもきったねえっ!?
――いや、まてよ? 今はこんな状態だが、元はルミスちゃんのもの。今回は不本意ながらマイヤが着ているが、これはまさか――今俺とルミスちゃんが抱き合っている状態なのではないか? 貴女の汚れならウェルカムです。寧ろ、俺を汚して欲しい。
な、な、な、何ということでしょう。まだお互いのことをほとんど知らないというのに、貴女の温もりを知ってしまった。覚えてしまって――乱れてしまった。これはもう結婚を前提にお付き合い――
「――リコルさん?」
――悪寒がした。
俺は恐る恐る声の方向へ振り向くと、そこには笑みを浮かべながら俺とマイヤを見下すルミスちゃんがいた。お、おかしいなあぁ。笑っているはずなんだけど、いつもの笑った顔じゃないんだよなぁ……はっ!?
これはまさか。見抜かれている!? 俺の考えが、下劣で邪な考えが見抜かれている!?
す、すみません……けどっ! そんなお姿もお美しい。そんな貴女に俺産の純白で作られたドレスをプレゼ――
「リコルさん?」
はい。すみません。調子乗りました。
俺は今も、絶対零度の館を思い出させるような冷たい目をしたルミスちゃんの青色の瞳に、俺も負けじと白濁の――じゃなくて。目を交差させ、助けを求めた。
「その、何だ……で、出来れば、助けて欲しい……」
「……もう。ほら、マイちん。リコルさんに迷惑かけてるよ」
「リコは迷惑がってないもん」
「またそういうこと言って。いいから離れなさい」
「やだっ!」
「言うこと聞かないとリコルさんに嫌われちゃうよ?」
「そんなことないもんっ!!」
マイヤを引き剥がすのを手伝ってくれているルミスちゃん。最初は優しく揺さぶり、言い聞かせるようにマイヤを諭していたが、途中から無理やり引き剥がそうとしていた。
マイヤの後ろから、俺とマイヤの密着をこじ開けるように手を入れてくるルミスちゃん。
な、な、な……何とぉぉおっ! ルミスちゃんの手が、指が入ってきてますっ! 胸元でもぞもぞ動いています!! 俺も御返しとして指を入れて差し上げたい。もぞもぞ這わせたいいぃぃぃっ!!
「――迷惑ですよね? リコルさん?」
――再び悪寒がした。
マイヤの背後から覗かれた双眸。それに睨まれた俺は、まるで背中に氷でも入れられたのでは、と錯覚するほど寒く感じた。おかげで俺の熱く悶々とした気持ちも身体も縮んで行く。
少し冷静さを取り戻した。ルミスちゃんのおかげで身体に自由が少し戻ってきた。
俺はその身体でマイヤの肩を引き離すように抱いた後、言った。
「マイヤ。まず着替えてこい。そしたら、また来ていいから」
「……分かった。でもっ! 私が戻ってくるまでまた居なくなるなよ? 今度はちゃんと待ってろよ? 絶対だぞっ!」
「分かった、分かったから早く着替えてこい」
そう言うとマイヤは大人しく離れ、机や椅子をめちゃくちゃに吹き飛ばしながら猛ダッシュで教室を後にした。おまえはもっと落ち着きをだな。
俺は一先ず去って行った嵐のような出来事に、ふぅー、とため息を吐いていると、隣からジトッとした目を送っているルミスちゃんが呆れたように言った。
「へえ~、リコルさんはマイちんみたいのがタイプなんだ?」
「――え?」
「あんなにデレデレして。たしかに~、マイちんは、落ち着きがないのと少し素行が悪いけど、可愛いしね! それにスタイルも良いし~? そ、その……む、むね、も……」
――え? ええぇぇええっ!?
貴女は何を言っているの? 貴女は何を勘違いしてくれてるの?
マイヤは何とんでもない勘違いをルミスちゃんにさせてくれてんのよおぉぉっ!?
何がラッキーアイテムだ。全然ラッキーじゃないじゃない。寧ろアンラッキーじゃないか。占いなんて信じない。俺は心の中で再度固く誓った。
そんなことより。
今はルミスちゃんの誤解を解く方が先だ。
しかし、何て言う? マイヤの着ていた貴女の体操着に興奮していました――余計に悪化するわっ!
じゃあ、これか。貴女の体操着の温もりが――いやいやいや、駄目でしょ。駄目駄目でしょ。
わかった! もうこれだっ。貴女と合体したい――バカじゃねーの? 直球過ぎんだろっ!! だから俺は童貞なんだよ、腐れイカ野郎――やかましいわっ!
いや、でも、待てよ――。
そうだよ、直球でいいんだよ。変に気取って良いこと言わなくていいんだよ。
俺は好きです、落ち着きがあって気品な貴女が。俺は好きです、おしとやかで控えめな貴女のおむねも。
俺は貴女の――全部が好きです。
良し、これだ。
俺はルミスちゃんの目を見据えて、溢れんばかりのこの想いを伝えるため、真剣な表情で告げた。
「マイヤとはルミスちゃんが言ってるような関係じゃないよ」
「――え? な、なまえ……。ふ、ふんっ。どうだか……」
「あー、その、あれだ。マイヤは妹みたいな感じだし、それはマイヤも一緒だと思う。多分俺だけじゃなくて、ガンちゃんにもあんな感じに接すると思うぞ」
「ふ~ん……。分かった、そういうことにしておいてあげる」
訝しげな表情で渋々って感じだが、誤解を解くことは成功だ。だが、問題はこの後。さあっ! 行くぞっ。
俺はこの勢いのまま想いを告げようとしたら、ルミスちゃんが何時もの素敵な笑顔で言った。
「じゃあ、この話はお終い。そういえば、リコルさん大丈夫? すごい汚れちゃってるよ?」
「え? ああ、大丈夫。寧ろ――いや何でもない」
「? へんなの」
あっぶねぇぇええっ!
何うっかり口走ってんだ俺っ! おかげでルミスちゃんがまた不思議そうにしてるではないか。出すのは家帰ってからだ、それまで溜めとけ俺。
「でもそのままじゃいけないし――はい、これ使って」
ブレザーのポケットからハンカチを取りだして、俺に渡してくるルミスちゃん。
ハ、ハンカチ……だと……
俺はそれを受け取って、放心してしまった。
今まで彼女の中に入っていた薄ピンク色のハンカチ。それはまるで彼女の××××(自主規制)ではないか。
そしてそれを俺は手で触れている――
これはハンカチですか? いいえ、違います。
では何ですか? これが、これこそが伝説の秘宝です。伝説であって、永遠のおかずです。
それを何に使いますか? 決まっています
うひょおおぉぉぉいっ!!
いいんですかっ!? いいんすよねっ!?
か、歓喜ですっ! やっぱり俺達はそういう運命だったのですね!!
女の子がどうでもいい男にそんな大事なものを渡すなんてことがありますか? ありませんっ! あり得ませんっ!!
今日のラッキーアイテムは何ですか? 金髪です。いいえ、マイヤです、あいつがこの出会いを運んできたのです。流石マイヤ、俺はお前の兄のような存在で誇りに思う。占い……いいものだ……
俺はドキドキしながら受け取ったハンカチを使い――顔の汚れを――拭き取った。
ああ……
心が洗われていく気がした。邪な思いが消えていくような。真っ暗な闇の中に光が広がっていくような。成仏というのはこういう感じなのだろうか。
顔から始まり、服に付いた汚れを落としていく。しかし、服の汚れなんてサッと払う程度でしか行っていない。汚すなんて畏れ多い。今は我慢だ、我慢。
それ全てが終わり、俺はルミスちゃんを見据えて、あの言葉を切り出した。
「ありがとう、これは洗って返すから」
正に伝家の宝刀の一撃。
きれいに畳み折って、俺はズボンのポッケに入れようとした。このまま真空パックで包装したい。
その様子を見たルミスちゃんは、慌てたように口を開いた。
「そ、そんなことまでしなくて大丈夫、だよ」
手を差し伸べながら、返してのポーズをするルミスちゃん。効いていない、だと……。
だがしかし。まだだ、まだ終わらんよ。
「それはダメだっ! それじゃあ、俺の気が治まらない」
俺は彼女にまくしたてるように感情をぶつけた。まるで無理やりにでも叩き斬るように。またの名をゴリ押しです。
そうした結果――願望丸出しにしてしまった。俺のバカアァァァァッ!!
「えっ? じ、じゃあ、お願いしようかな」
「わ、悪い……。ああ。ま、任せてくれ」
ま、まさか気付いていない? いや違う。これは、気付いた上で、敢えて俺を泳がしている……?
「そういえば。お昼休みはいつもどうしてるの?」
「え? あ、いつもは一人で食ってるよ」
「ふ~ん。じゃあ、今日は私達と一緒に食べよ、ね?」
「――いいのか?」
「もちろんっ!」
――――フフフフ、ハハハハッ! ゴホッ、ゴフッ
何かもうあれこれ考えてんのがバカらしくなってきた。
希望的観測なんかより、憶測で語る欲望より――今は目の前に最上の幸運があるのだから。いや~、マイヤには頭が上がんねーな。よっ! ラッキーアイテムッ!
「リコー!! ただいまぁーっ!」
着替え終わったマイヤがさっきよりの数倍元気よく戻ってきた。あーあ、せっかく直したのに。しかし、今はそんなことは些細なこと。俺はさっきの数倍の勢いで抱き着いて……いや、最早突撃してきたとしか言い様がないマイヤを受け止め、痛みに耐えながらもくしゃくしゃと頭を撫でた。
俺の腹辺りで顔を埋めていたマイヤは、驚いた顔をして俺の顔を見てきた。俺はそんなこいつの目を見ながら微笑みを返して、言った。
「ありがとマイヤ」
「ん、何が?」
「いや、何でもない。さ、飯にしようぜ」
「? へんなリコ」
「――マイちん、リコルさん。こっちにどうぞ」
ルミスちゃんに促され、俺とマイヤとルミスちゃん、そしてルミスちゃんの友達のユーちゃんとルッちゃんと一緒にお昼時間を過ごした。
まあ――この時間、マイヤがまた何度も抱き着いてきて、また一波乱があったのは言わずもがな。
そしたら、一体なあにこれは?