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マリオネット

意識を取り戻したレイトが叫ぶ

「ウィッチがナイトメア使ったのはいつだ?」

戦術教官は苦々しげに

「…戦闘開始から5分後だ」


パージしようとしていたレインが

言葉だけを返す

「どういう事だ?説明しろ」

レイトは認めたくない、それを告げる

「…白い〈ナイト〉がウィッチのワイヤードールを引きずってた」

「多分、餌に使うつもりだ」


そうこれは、餌なのだ

〈ルーク〉を倒しパージできる状況で

それを行わせないための釣り餌だと、正しく理解している


最後の一体がほぼ損壊してないのを見るに

手酷くやられたのは、〈パラレル〉のどっちかだろう


外敵は言葉を介さないが

それは言わずとも、明確に告げているのだ

「仲間を見捨ててて、逃げるのか?」

「今ならまだ助けられるぞ?」と


ナイトメアを使っていれば、セーフティパージは負荷値が低く作動しない、思考ができなければセルフパージは出来ない

どちらも不可能なのだ

目が覚めるのは、リミットオーバー後


そして、そこまでに致命的な損壊が加えられていれば

耐え難い苦痛とともに、ブレインは死ぬ


だからこそ、ダメージを最小限に抑えていたのだ

……他の獲物を呼び出すために


奴を倒せば、救える

そう錯覚させて無慈悲に奪うのだ

その意志を、その命を


仲間を見捨てて逃げたなんて十字架を背負いたくなければ

差し出すのはその命だ

奴に真っ向から立ち向かって

倒すことが出来た戦闘記録をレイトは知らない


そして、自分の命が惜しければ

奪われるのは、戦場に立つ意思


何も守れないなんて、臆病者だなんて

そんなふうに自分を責め立て続ける、一生消えない痛みを植え付けられて、悪夢に苛まれながら生きていく


皆の返答が返ってくる

「「フールズ、ウィッチちゃん救援しに行きまーす」」

「ハングマン、同じく救援に向う」

「ハーミット、以下同文だ、残念ながらお前の分のワイヤードールは残ってねぇから、指を咥えてそこで見てろよ」


レイトは拳を握りしめ、歯を食いしばる

たとえ罠だとしても、絶望的な戦いだとしても

その選択を責めることは出来ない


臆病者なんて、罵られ続ける彼ら

だが、それでもなお戦い続けるのは

痛みしかないそこに立ち続けるのは


彼らが誰よりも勇敢で

誰よりも仲間を救いたいと願っているからだ


多分、レイトなんかよりもずっと多くの守りたい物があってそしてその分だけ、手のひらから零れ落ちていったソレ


そのすべてを諦められず、なおも足掻き続ける


それを愚かだと、笑う資格はない

そんなことは出来ないと言う資格は無いのだ


死に向かう戦いの悲痛さを感じさせないようにレインが軽口を叩く

「おい、ファントム」

「白の〈ナイト〉倒せたらその勲章寄越せよ?」


ネルとモルは震える声を押し殺し

「いーな」

「いーなっ」

「「じゃあ私達が貰っちゃおう」」


クレイヴがゆっくりと言葉を紡ぐ

「亡霊なんかいても居なくても変わらんだろうよ」

「…だから自分を責めるな」


それは、不器用ながらも、忌々しく思っていながらも

乗機を失って戦えない、レイトへの気遣いなのだろう


レイトは、戦術教官に告げる

「ゴミならなんかあんだろ?」

「何がついてなくても構わないから」

その目はひどく冷たく彼を見る

その眼差しから逃げるように戦術教官は下を向き

「…いや、あそこにはもうワイヤードールは残っていない」


「何でもいいってんだよ」

「足がなかろうが、手が無かろうが」

「武器が無かろうがどうでもいいから出せよ」

銃を突きつけるレイト

その目は仄暗く、本気で殺そうとしている


戦術教官は怯えながら、震えながらなお

強い言葉でレイトに言う

「何でもいいなんて、それは自殺だ」

「私は認められん」


レイトは苛立ち怒声を浴びせる

「非国民の俺なんかどうでもいいだろうが!」

「同じ国民の仲間が死にかけてんだぞ!?」

それは、多分レイトの本心だった


自分なんか、どうでもいいのだ

無価値な自分が、何かを救えるならそれでいい


「…彼女はナイトメアを飲む前に言った」

「皆を止めて欲しいと」


その言葉にレイトは驚く

彼女がそれを言ったことではなく

戦術教官がそれをすぐに口にしなかった事にだ


震える歯を食いしばり戦術教官は叫ぶ


「戦う術があるなら、それは戦いだ」

「いかに勝ちの目が無かろうとも、それを続ける意義がある」

「自らの命を賭して戦う意味がある」


「それすら分からない馬鹿を戦場に戻すわけには行かない」

「そんな蛮勇を〈イーグル〉だと認めない!」

レイトはそれをやっと理解する


彼も、救いたいと願ってここにいるのだ

何もできない自分を悔いているのだ


だから銃を向けられても

なお出撃を拒絶する、それこそが彼の戦い


無為に命を散らせないために

それが誰かを救うことだと信じてそこに立っている


レイトは銃を下げる

それは確かに逃避だった

戦えない機体で戦場に立つ事

それは、自己満足の自殺に過ぎない


「…すまなかった」

「戦える機体は残ってないんだな…」

その目を見て戦術教官は

震える肩を抱き、苦しみを堪えるように告げる

()()()()()()()は、残ってない」

レイトはその言い回しに、ひどい違和感を感じる

まるで、それでなければ戦えるような言葉

戦術教官は、しっかりレイトの目を見て言葉を続ける

その声はもう震えてはおらず

その感情は読み取れない

「…君は、マリオネットを知っているか?」


レイトは頷きを返す

マリオネット、それはワイヤードールの前身たる機工人形

無線で操作されるそれは〈ルーク〉の登場とともに時代遅れになり、有線接続であるワイヤードールに取って代わられる事になる

…とは言ってもそれを操った事は無い

ただその名前を、授業で軽く触れただけだ


〈ルーク〉を倒せない、マリオネットは意義を持たない


ハウンドドックにゴミと判断され廃棄されたはずのそれら

だが、今回ばかりはそれでも戦える


「動くかどうかは分からんが、既に準備させている」

「それを後悔するかもしれない」

「…それでも君は戦うかね?」


レイトは真っ直ぐ彼を見て頷く

「…救えるものがあるなら」

「その力が有るなら俺は戦う」


再び、コンソールにジャックをつなぎ

ハウンドドックにアクセスする

…そこに使える物は存在しない


戦術教官はレイトに声を掛ける

「当時のハウンドドッグにはセーフティーが付いてない」


レイトはその言葉に面食らい、そして苦笑いをする

「どっちにしたって、俺しか乗れない」

「俺が乗らないって言ったらどうするつもりだったんですか?」


戦術教官はそれに言葉を返さず、苦々しい顔で

「そこに希望は無いかもしれない」

「だけど、生きて帰ってこい」


そして厳かにそれを告げる

「その身は死せず、その心は戦場になく、ただ考え続け、目を背ける事なかれ」

「それが〈イーグル〉たる証明」


教官が口にしたそれは、イーグルの勲章とともに贈られる言葉だ

それだけを言い残し、敬礼をする戦術教官


その言葉に、ほんの少しだけレイトの心に火が灯る

戦う意義はまだ見いだせず

そこにある感情は仮初だが

それでも、震えも迷いもなくそれを告げる


「システムリブート、セーフモード」

コンソールの情報が更新され

使用可能の表記が付いた機体が一つ

それを見たレイトは呟く

「…コイツ、ネームドだったのか?」

機体には識別コードが付いていて

「T-126-13-3665」

たとえば、それはこんなふうに無機質な数字の羅列だが


一部のエース級が駆る機体には本人が付けたペットネームが

表示されることもある

それが「ネームド」


コンソールに表示されているのは

「Alice〈アリス〉」


その名付けの主を失い

存在の意義すらも失い

朽ち果てるだけのソレは、レイトと同じく亡霊のようで


どんな状態かも解らないそれに、セーフティー無しで入るのは

普通、ありえない選択だったが

レイトは吸い寄せられるようにそれに触れる

「リンクオン」

ブラックアウトする意識の底で

―優しい声が聞こえた気がした



――彼の意識が完全に途切れたのを見て

戦術教官、ハルトマンは一人呟く

「俺もやきが回ったかな…」


それでも彼に見てしまったのだ

かつて、戦場を舞った〈イーグル〉その姿を


彼は禁忌を口にした

多分、もう少ししたら犬どもがやってくる


それを知りながら、その顔は穏やかにレイト達を見るが

操り人形たる彼らはまだ夢の中だ


かつての隊長の言葉を呟く

「死ぬより辛いその現実を受け止めろ」

「その言葉の意味を噛みしめて、それでも生きろ」


胸ポケットから古びた勲章と脳の書かれた部隊章を

レイトのポケットに入れる

「あとは任せた、〈イーグル〉」


遠くから足音が聞こえてくる

死神たちの足音だ


彼は、独りその扉を出る

彼女が再び舞うのを、見れないのは心苦しいが

それでも、ここにいる訳にはいかない


―未だ戦い続ける、彼らの意識を削がないために


その日以来、彼を見た者は居ない


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