禁断の匣
そのマリオネットに同調した瞬間に襲い来たのは
世界を覆い尽くす白い光と
各部に感じる強烈な違和感だった
「…コイツ、屍肉食いか?」
それは、スクラップから使えるパーツを移植された
所謂、継ぎ接ぎのワイヤードールの総称だ
レイト自身、何回か当たった事のあるそれだが
そのどれよりも、状態は思わしくない
何体を継ぎ接ぎしたのだろう?
そして何よりも、動かないのだ
一ミリたりとも指すら動かず
それはまるで、〈アンリミテッド〉使用後の様だった
「ブート用のosが違う?」
可能性は有るだろう
絶えずハウンドドッグはバージョンアップを続けている
このマリオネットがセーフモードでしか認証されないように
動かす為のプロセスが間違ってる可能性は有る
「コード〈ペインコール〉」
Process error〈プロセスエラー〉
無機質な文字だけがの隅に表示される
違う、動かない
焦りに突き動かされるようそれを叫ぶ
「コード〈アンリミテッド〉」
そこに表示されたのはエラーではなく
一文の問いかけ
What do you wish?〈君は何を望む?〉
レイトはその言葉に強く答える
「…みんなを救いたい」
そこに映った言葉は
code:Pandora〈コード:パンドラ〉
――パンドラ
それは、開けてはならない禁断
目も覆いたくなる厄災が詰め込まれた匣を開いた愚か者の名前
レイトは、ゆっくりとそれを口にする
「…アンリミテッドコード〈パンドラ〉」
瞬間にまるで自分の身体を奪われたような感覚
レイトのその口が紡ぐのは、知らない言葉
「…バックドア〈イーグル09〉」
「システムリブート、モードデバッグ」
「起動プロセス1から31までを省略」
「セーフティーOFF」
システムからビジー音が鳴る
「…ダメか」
「エミュレート、ver2.06」
「ワイヤワードシステムオープン」
「フィールドバック、オーバークロック」
「スタンドアローンにて起動」
「上記プロセスをコード登録」
「コード〈亡霊〉」
「フールズ、カバーしろ」
レインは叫びを上げる
それに応えるよりも速く、〈ナイト〉との間に割り込む
ネルとモル
「「もう入ってるってば」」
二人の〈ロリポップ〉が唸りを上げて白いナイトの〈グラムスピア〉を受け止め、削れるような音を立て火花が散らす
だが、その質量に耐え切れずに、二人のワイヤードールがはじけ飛ぶ
その瞬間を見逃さずレインが
APFSDS弾を装填した、対物ライフル〈ヴァジュラ〉
そのトリガーを引く
着弾までの、コンマ数秒
〈アンダーテイル〉が撃たれた弾丸を叩き落とした
〈ヴァジュラ〉のカードリッジを抜き取りリロードし、着弾してないのを見て、レインは敵のデタラメさに嫌気が差す
「この距離で〈ヴァジュラ〉が見えるとか、どうなってんだよ」
弾丸の初速は1500m/秒
有効射程は1000mをゆうに超え、装甲を貫通する15.8mm弾
携行可能な物理ライフルの中で、最速かつ最強のそれを
スコープすら必要のない至近距離で撃ちこんだのにも関わらず
まるで、ハエでも叩き落すかのような動作で撃ち落とされ
傷ひとつ付ける事すら出来ない
お返しとばかりに〈アンダーテイル〉の不可視の斬撃の構え
それでも予備動作さえ見てしまえば斬撃は躱せる
そう思って、跳んだ瞬間、肩に突き刺さるブレード付きの尻尾
……フェイント?
痛みに呻きながらも、もうこれでハエ叩きは無くなったと
〈ヴァジュラ〉を構え、トリガーに指を掛ける
それをあざ笑うかのごとく
引きずったワイヤードールを盾にする〈ナイト〉
それを見たレインの頭は真っ白になり
肩を貫通した痛みすら忘れ、叫びを上げる
「糞野郎が!」
その叫びを無視するように、
眼前に突き出される〈グラムスピア〉がワイヤードールを貫く寸前に、クレイヴがその間に割って入り
パイルバンカー付きの盾〈イージス〉でそれを防ぐが
勢いを殺し切れず、盾ごと吹き飛ばされる
――それは、もはや戦闘とは呼べない
ただ嬲られるだけの、一方的な虐殺だった
ネルとモルが叫ぶ
「「リミットオーバーまで60秒しかない!!」」
その声に、唯一失うまいとしていた闘争心すら
折れてしまいそうになる
勝ち目が無いのは、皆分かっていたが
それはあまりにも残酷な宣告だった
レインは唇を噛む
――このままでは、皆死ぬ
誰一人、何一つ救えないまま、ただ無駄に死ぬ
それだけは許されない
レインは震える声で告げる
「…お前ら、パージしろ」
その声に応えるものはなく、それでもなお言葉を続ける
「こっから先はただの意地だ、戦いじゃない」
そんな捨て台詞に、ネルとモルは笑い
「「レイン、イチカのこと好きだもんねー」」
グレイヴがげんなりしたように、レインに聞く
「…マジかよ、ハーミット」
「お前、ナイト気取りでここに来たのかよ」
「本物アッチに居るぜ?」
そんな二人の軽口に、レインは
折れかけていたそれを取り戻し笑い
「うっせーな、囚われの眠り姫だぜ?」
「ヒーローにはうってつけのストーリーだろうが」
――彼女が待つのは、俺じゃないだろうが
それでも、良い
何も無いと言うくせに、俺が欲しい物を全部持つアイツは
ここには居ないのなら、俺がそうなるしかない
何時もは忌々しいオンボロのワイヤードールだが
今日ばかりはそれで良かった
全力で戦ってなお、負けた言い訳には丁度良いだろう
「…コード〈ペインコール〉」
頭を焼く怨嗟の声、身を焼くような痛み
それを堪えながら、敵を見据える
……まるで地獄の様なそこで、平気な顔をして戦うアイツは
それを受け入れて嗤うアイツはやっぱり「亡霊」が相応しい
肩に突き刺さった〈アンダーテイル〉をありったけの力で引き千切り、それを捨てる
「さぁ、最終決戦と洒落こもうぜ?」
それに応える様に〈ナイト〉は盾にしたワイヤードールを投げ捨て、槍を構える
―― 騎士道精神のつもりか?
〈ヴァジュラ〉を構えてスラスターを全開にしそれに突っ込む
見るまでもない戦いの幕が降りる、刹那
そこに居る皆が目にしたのは銀色の閃光だった
〈ナイト〉の〈アンダーテイル〉が突如として現れた光を捉えようと音速の壁を超えるが、それは僅かに届かず
閃光たる操り人形が手に持つ二対の剣が
それを八つ裂きにする
手にした〈グラムスピア〉が辺りを薙ぎ払うが
それはまるで舞う羽のように、それを躱し
甲冑の隙間を刃で突き刺し、抜きとり
返す刃でその頭を切り離す
レインは愕然とする
「なんだよ…アレは」
〈ペインコール〉で同調率を上げた目ですら
フレームレートが足りないのか
それを捉えることは叶わなかった
次の瞬間セーフティーパージの警告音で
自らのワイヤードールの動力部に、それが握っていたはずの剣が突き刺さっていることに気がつく
「…意味わかんねぇ」
そう呟くのが精一杯で
視界がブラックアウトし始める
その閃光はそこにある全てを奪いながら
なおも舞い続け
…レインの意識はそこで途絶えた
悪夢の終わりを告げるリミットオーバー
それが、悪夢というのならこのあとに残る光景こそが
厄災と忌むべきなのだろうか?
――動くもののなくなった筈の戦場に
唯一残された足のないワイヤードール
それにゆっくりと近付く銀色のマリオネットは
おもむろにワイヤードールのフェイスプレートをはぎ取る
嘆くような声音でマリオネットは呟く
「…自分たちが使った玩具すら片付けられないのかしら?」
「躾がなって無い子供達ね」
其処には、無機質なカメラもマイクもない
ただあるのは、口枷が付いた少女の顔
それに阻まれ
喋ることも、悲鳴を上げることも出来ず
――だから、ワイヤードールには口が無い
その目は恐怖と絶望に染まっていて
抉れた足からはおびただしい血が滴っていて
その足はもう無いはずなのに、痛みを覚えるようで
――ノイズを、幻肢痛ファントムペインを垂れ流す
銀色のその手は口枷を外し
その瞬間から木霊する絶叫は、悲鳴は
すべてを呪うような言葉は
――〈ペインコール〉の時に聞く、怨嗟の声そのもので
〈アリス〉は、叫び続けるその口に錠剤を押し込む
ワイヤードールたる少女はそれを飲み下した瞬間
苦痛に歪んでいた顔は、眠るような表情に変わり
すべてを忘れたように穏やかで
――それを使いながら、戦うことは出来ない
〈アリス〉はフェイスガードを外し
銀色の髪が風に舞う
「ねぇ、これが現実よ?」
そして、居るはずのない亡霊に問うのだ
「あなたの守りたい皆ってだれ?」
「あなたの言う救いってなに?」
「その中にこの子たちは居るの?」
その問に答える声は無く
〈アリス〉は独り残されたそこで嗤う
「…良い子はもう寝る時間ね」
「幸せな夢を抱いて眠りなさい」
「悲しい操り人形さん」
そう言ったきり、糸を切ったように動かなくなった〈アリス〉
厄災が入ったその箱の中には
最後に希望が残されていた筈で
だがこの光景のどこに、それがあるのだろうか?




